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たなばたのはこぶね  作者: 比奈田美也


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#10

 金曜の夜、崇宏は天野からの電話を受け、部屋で器材一式をまとめていた。

 写真展がそろそろ迫っていて、少なくとも今月中には写真の準備をしなければならないという。

 前回の失敗をふまえ、崇宏は球体の枠組み自体を縮小させ、デジカメを使った固定撮影という手法を提案した。


 どうがんばっても崇宏が手に入るのは全紙と言われる大判の写真現像が限界で、それ以上となるとプリントの専門店に依頼することになる。これは金銭的にも高校生・大学生が負担するには少し高すぎる。

 サークルでも予算が組み込まれていたが、ざっと計算しただけでオーバーしていることがわかり天野は肩を落としたのだった。


 そこで崇宏は家に置いてある父親のデジタル一眼レフを貸してもらえないか交渉することにした。写真家である父はカメラ収集癖があるのか使いもしないものをたくさん所持している。事前に物色していた崇宏は、リモートリレーズと双眼鏡、広角レンズ、カメラなど必要になりそうなものをどんどん手元のバッグに収めながら父へ電話をかけた。


『おまえがデジタルなんて珍しいな』

「うん、ちょっと知り合いの手伝いで星撮ってくるんだー。ところで今はどこ?」

『地球にはいる。心配すんな。ああ、赤道儀も持っていけ』

「いいの!?」

『追尾もできるぜ!』

「やったね、おとーさま! 愛してる! 瑠依ちゃんの次に!」

『健闘を祈るぞ、バカ息子!』


 幾分、駄目な親子の会話が終わると、崇宏はホクホクしながら父親のコレクション部屋に戻り、赤道儀を持ち上げる。充電器とノートパソコンも拝借し、すべての荷物をまとめると数ヶ月旅行できそうな量になった。

 崇宏が唯一、父親からカメラの技術で学んだのは、この赤道儀くらいだろう。あとは邪魔だ集中できないから消えろと罵声を浴びながらこっそり盗んだくらいだ。

 だいたいの準備が終わり部屋でだらだらしていると、外で車が停まる音が聞こえた。カメラ入りのバッグを持ち上げ、階段を降りたところでチャイムが鳴る。外に出て崇宏は驚いた。


「あれ。天野さん、車変えたの?」

「そうなんだ。やっぱり時代は4駆だよね」

「天野さんって、もしかしてお金持ち?」

「俺じゃなくて家がね」

「へぇ……」

「ところで、今日は瑠依ちゃん一緒じゃないの?」


 天野は不満げに崇宏の背後に視線を送る。やはりこの男も瑠依を狙っていたとは、と崇宏は自然睨みつける。

 気にする様子もない天野は小さくため息をついて崇宏を車に乗るよう促した。

 今日はもう少し足を延ばし、山と田畑しかないような広い場所へ行くことになっていた。場所に心当たりでもあるのかと思っていたが、どうやら天野は、田舎へ行けばいいという感覚しか持ち合わせていなかったようだ。

 本当に大丈夫だろうかと、崇宏は少し不安を感じる。今までに何度か天野とは顔を合わせているが、ずっと知的で紳士的いうイメージだった。どうやらそれは見せかけだけだったらしい。


「瑠依ちゃん、彼氏いるの?」

「もうすぐできますよー」

「え、そうなの!? どこの男だそれは」

「天野さんの中で俺ってなんなんでしょうね?」

「崇宏くんは崇宏くんだろー」


 おかしそうに笑う天野だが、崇宏的にはお前がおかしいというレベルだ。崇宏と天野が会うとき必ず瑠依がいたのだから、通常ならば彼氏=崇宏と考えないのだろうか。もしかすると、それほどまでに瑠依と自分は釣り合わないということなのだろうかと崇宏は一瞬で機嫌が悪くなる。


「俺の瑠依に手を出したら、この新車、破壊しますよー」

「車くらいはいいけど。保険入ってるし。えー……瑠依ちゃん、かわいかったんだけどな、おとなしくて」


 ああ。と崇宏は思う。この男は、本当の瑠依を知らない。であれば、なんの脅威にもならない。いくらかホッとした崇宏は、どこに向かっているのかわからない道の先をただぼんやりと見つめていた。


 うと、としたところで崇宏はハッと顔を上げた。天野との会話があまりにもつまらないせいで、助手席なのに寝入っていた。

 ポケットに入れてあったスマホが鳴っていることに気づき、崇宏は通話ボタンを押す。

 途端、聞こえてきたのは。


『崇宏、今どこ?』

「瑠依! あのねー俺ねー天野さんと、えーと今どこかな……」

『どうして出かけること、おしえてくれなかったの?』

「え、瑠依、今どこ?」

『あんたの家だけど。なんで黙って出かけるの?』

「んと、瑠依ちゃん、なんで怒ってるの?」

『もういい。カメラと結婚しちゃえバカ!!』


 ブツリと通話が切れる。

 鼓膜に響いた音がゆっくりと脳に伝わり、言われた言葉の意味を咀嚼する。けれど、やはり怒られた理由がよくわからない。

 崇宏は慌てて瑠依に電話をかけ直したが、留守電にすらならなかった。メッセージも既読にならない。


「ふられた? ねえ、崇宏くん、今ふられた?」

「……天野さん、前向いて運転してもらえますか」

「瑠依ちゃん、当分彼氏いないよね? ラッキー」

「天野さんに瑠依は絶対無理だから」


 降りたい、と崇宏は真剣に思う。だが外を流れる景色は山。フロントガラスから空を見上げると若干陽が傾いてきている。大きくため息をつき、シートに深く身体を沈めたところで天野が笑った。


「冗談だよ? 瑠依ちゃん、取らないってば」

「もういい……」

「大変だよねー秋葉姉妹。崇宏くんは瑠依ちゃん歴何年?」

「……2ヶ月くらい」

「甘いあまい。俺なんて亜依歴4年だよ? しかもあいつ、その4年の間、一度も男、変わってないの」

「え。天野さんって亜依さんが!?」

「そうそう。いつ別れるのって聞いたら無言で拳。すごいよねー」

「それは亜依さんが正しい」


 天野が瑠依狙いではないことを理解した崇宏は、その後寝入ることはなかった。そして天野が語る数々の不幸な出来事に、崇宏は心底安心する。

 ――自分はまだマシだ。

 人の不幸は蜜の味。不謹慎だが、天野の不幸話は崇宏にとっておもしろく、自分はこうなるまいと強く思った。



 天野が選んだのは、うっそうと木が生い茂る県境の山のふもと。ぽつんと佇む家屋を見つけ、撮影許可を求めに訪問する。天野が交渉している間、車に残った崇宏は、もう何度目になるかわからない電話をかけていた。うっすらと暗くなりつつある車内でスマホのディスプレイの光が輝く。


『しつこい』

「やっと出た!!! もー瑠依ちゃん、とっても誤解だってば!」

『なにが誤解なの? あたし、今日あんたんち行くって言ってなかったっけ?』

「言って……マシタネ」

『出かけるならそう言えばいいでしょ? なんで隠れてコソコソするわけ?』

「……天野さんから撮影方法変えようって連絡もらって浮かれてましたすみません」

『……あたし、天の川が見たい。撮ってきて』

「え? あぁ、うん。この天気ならたぶん撮れると思う」

『いつ帰ってくるの?』

「地上物も撮りたいし、明日かな」

『じゃあ火曜日までに写真、用意してね』

「はい」


 なぜ月曜でなく火曜なのか問う前に、瑠依はがんばってね、と言って通話を切った。

 少しして天野が車に戻ってくる。心なしか顔が赤いように見える崇宏を怪訝な顔で覗き込む。


「どうかした?」

「瑠依がかわいくてどうしたらいいかわかりません」

「それは困ったね」


 エンジンをかけた天野は感情のこもらない声色でそう言うと民家の脇を抜け、山に沿って車を走らせる。

 しばらく走行し、山道に入る手前で車をとめた天野はホチキスでとじただけの資料を腑抜け状態の崇宏の膝にぽんっと放ち、ルームランプをつけた。


「パノラマならいける?」


 ようやく意識が戻った崇宏は、資料に目を通しながらも少し感心していた。

 頭脳はいまひとつの崇宏にはさっぱりわからない計算ではあるが、肉眼で角度30度範囲を撮影した場合のシャッター数や、プリントサイズの細かな表記、実際の写真展イメージ図が書かれている。

 崇宏なりに数字を脳内でイメージしてみるが、わかるはずもない。ただ、以前見せてもらったミニチュア模型のイメージインパクトが強すぎて、どうにも気がのらなかった。

 ルームランプを消した天野さんがゆっくりと車を走らせる。


「ねー天野さん。俺ね、今日おとーさまにデジイチとリレーズ借りてきたんだよね。これがあれば前回よりずっといい写真が撮れる。で、赤道儀っていう天体専用の架台があって、それを使うと追尾できるの。んーと、わかりやすく言うと、星って日周運動だよね。この間撮影したとき、露出時間とシャッターの開放時間の調整くらいだったから星の輪郭がぶれたわけ、動いちゃうから。肉眼だとほとんど動いてないように見えるけど、写真だと写っちゃうんだよね、星が移動するところ。ほら、北極星を中心に波紋みたいな写真、よく見るでしょ。あれと同じ。半球体360度の写真展も赤道儀があればちゃんと成立する。保障する。やってみない?」


 崇宏の力説に天野は運転しながらしばし考える仕草をする。天野としても、もともとプラネタリウムを作りたいと呟いていた亜依の言葉から今回の企画が浮かんだそうで、できればその案でいきたいようだ。


「じゃあ、プラネタリウムの案でいけるのか?」

「いける。今回の遠征が無駄足にならないように良品のデジイチも借りてきたから、チェックしながら撮れるね。最近のプリンタって賢いからさ、ポスターサイズで出力すればいけそうじゃない? 枚数はその代わりすごいことになるけど」

「よし。じゃあ半球体の什器を作るようにさっそく指示を出しておく」

「ねえ、あれって誰が作ったの?」

「建築士の卵たち」

「ホント、つくづくすごい人材がそろったサークルだよねぇ」

「だろー。崇宏くんもうちの大学に入るといいよ。楽しいぞー」

「んー。でも俺は瑠依と一緒がいいからやめとく」


 カメラと瑠依に関してはとても積極的だが、そのほかのことは大抵どうでもいい崇宏は、バッグの中からデジタル一眼レフを取り出しフロントガラス越しに空へファインダーを向ける。もう少し陽が落ちればあたりは真っ暗になりそうだ。障害物がない空はずっと遠く続いていて、期待が膨らむ。


 天野は先ほどの民家で教えてもらったポイントで車を停めた。

 ライトを消すとほとんど見えないであろう山中。

 車から降りたふたりは器材をすべて降ろし、セットに入る。


 崇宏は使ったことがあるだけあって、無駄のない動きで次々と設置していく。ファインダーを覗くその表情は本当にうれしそうだ。

 いよいよ陽が落ち、辺りが漆黒の闇に包まれたころ。崇宏は赤道儀にセットしたカメラのピントを合わせ、リレーズを押した。テストショットだと思った天野はディスプレイを覗き込んだ。


「あれ? 天の川だけ?」

「うん。これは瑠依におみやげ」


 満足げに微笑み、ふたたびファインダーを覗き込む。天気は快晴。星たちは力いっぱい輝きを放っている。


「よし。じゃあこっちは俺が撮るから、天野さんはモニタのチェック、よろしくね」

「オッケー。頼むね」


 崇宏は高揚した気分を抑えることができなかった。真剣に写真について語れたり一緒に撮影したりできることがこれほどまで楽しいことだったのか。

 瑠依との撮影も楽しいが、専門的な話はなにもしない。ただひたすら撮りたいものを撮って笑い合うだけで十分だった。

 けれど。

 ちらりとうしろを見ると、天野は真剣な面持ちでモニタを見ている。天野にとっては自分のサークルだから企画を成功させたいのだろう。崇宏は部外者であるが、このイベントを成功させたい気持ちは同じだ。

 何度もディスプレイをチェックしながら撮り続け、地平線の向こうに太陽の光が上がってきたころを見計らって、地上物の撮影に移る。最後の1枚を撮り終えたのはすっかり明るくなってからだった。


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