66 チェス大会プレゼン
執事に父の居場所を確認し、城の中の公爵の書斎に突撃する。
「――お父様!」
書棚に囲まれた部屋の奥、執務机の向こうで書類に目を通していた父が、静かに顔を上げる。
「……何事だ」
「チェス大会を開催しましょう!」
父の手が止まり、空気が一瞬張りつめた。
「……お前は何を言っておるのだ?」
呆れを隠そうともしない問いに、アンリエッタは堂々と父の前へと進み出た。
「これも戦略です!」
「……一分間だけ聞こう」
「はい。チェスという知的競技大会をアグスティア家が開催することで、文化を重んじる名家であることを示せます。他家の貴族や騎士、文官が参加や見学に訪れれば、外交的な接点を増やす好機となるでしょう」
「…………」
「参加者や観客が流入し、宿屋や酒場、露店なども潤います。商人たちにも参加を呼びかけて、祭典として盛り上げるのです! もちろん優勝賞金は莫大に」
父の眉が、かすかに動く。
「……その発想は理解できる。だが、それをこの屋敷でやるというのか?」
「いえ、もっと大規模にやります。そして――この様子を王国全土に同時に見せるのです!」
父の目が細められる。
「……どうやって?」
「わたくしが開発した、『魔道中継器』によって!」
アンリエッタは自信たっぷりに言い切った。
いままでは『魔道中継器(仮)』だったが、もう正規の名前でいいや、と思い正式名称とする。
父は手にしていたペンをゆっくり置き、アンリエッタを見据えた。
「この装置を使えば、大会の様子を他の都市に同時にその様子を届けることができます。まるでその場にいるかのように!」
「……ふむ。お前の構想はわかった。だが、実現できる算段はあるのか?」
「もちろんです」
父の問いに、アンリエッタは迷いなく頷いた。
「それでは、デモンストレーションを行いますので少々お待ちください」
アンリエッタは父の前に『視覚入力装置メガリア』と『音声記録器ミミウス』を置き、巻物型投影装置――名付けてスクリーンを設置する。
そして隣の部屋に行き、こちらにも『メガリア』と『ミミウス』、そしてスクリーンを設置した。
錬金物を起動すると、父の部屋の様子がよく見える。
――アンリエッタは『メガリア』の前に立ち、朗らかに手を振った。
「こちら、別室のアンリエッタです。お父様、見えていますか?」
話しかけると、スクリーンに映る父が難しい顔を浮かべた。
「……音声も、映像も、確かに届いているな」
「そうでしょう? 中継器さえ設置すれば、王都の広場でも、港町の広場でも、どこでも同時に大会の様子を伝えられるのです!」
父はしばし沈黙し――ふっと、眉根を寄せた。
「……我が娘ながら、恐ろしいものを作る」
低く呟いた声には、驚嘆と、わずかな苦笑が混じっていた。
「錬金術とは……かくも現実を変える力か。いや、お前が異常なのか……」
「いえ、天才です」
アンリエッタはあっさり言い切った。
――父はおそらく、この装置の軍事利用を考えている。
その使い方も否定しないが、軍事的優位性のためには技術を隠しておく方向に行くかもしれない。
そんなことはつまらない。
新しい技術は、楽しいことのために使うべきだ。
(――戦争だなんて、身もふたもない言い方をすると、わたくしが『空飛ぶ絨毯』で暗躍するだけで、こちらの絶対的勝利は確実だもの)
上空から兵站爆撃、地形操作――アンリエッタの錬金術は何でもできる。
いざこの地が戦火に飲まれかけたら、アンリエッタはその前に鎮火する。
「――これで、わたくしたちの声と姿が王国全土に届きます。公爵家の名声も、世界中に轟くでしょう!」
そして敵対勢力も――この装置の実力を目の当りにしたら、アグスティアにケンカを売ろうだなんて思いもしなくなるだろう。
「さらに、大会の様子を映す合間にアグスティア領を冒険者にもアピールし、冒険者の流入を増やします。いかがでしょうか?」
「…………」
父はしばらく考え込んだ後――ぽつりと言った。
「……あの男は参加するのか?」
――もちろんダリオンのことだろう。
「いいえ。彼は目立つことが好きではないので。でもその強さはぜひ宣伝したいので、優勝者とだけ戦ってもらおうかと。アグスティア公爵領最強のチェス騎士として! 顔出しを嫌がったらフルフェイスの兜か、着ぐるみでもかぶらせます」
兜にフルプレート甲冑にマント。顔が見えないし誰かとわからないし魔王みたいで素敵だと思う。
もしくはアグスティアの公式マスコットと着ぐるみを作れば、子どもたちにも大人気になるかもしれない。――忠犬騎士ワンリオンくん、とか、ワンダーくん、とか、いっそワンダリオンくん、とか。
「優勝者には、優勝した時点で賞金と副賞。更に最強チェス騎士――あるいは忠犬騎士に勝ったら賞金を倍!――とかしたら盛り上がると思います」
勝っても負けても興行的には美味しい。
「……一つだけ、条件がある」
「……なんでしょう」
「優勝者への祝福は、お前が行うのだ」
――祝福。
それは、高貴な女性が勝者の頬に送るキス。
格式高い大会では、王女や高位貴族の令嬢がその役目を負う。
もちろん通常ならばアンリエッタが行うべきだ。
だが――アンリエッタは、死んでいるはずの公爵令嬢である。
それが、表彰式で出てくれば――
大混乱は間違いない。
しかもその様子が王国に同時に公開されるのだ。
「――お前は、アグスティア公爵家の開催するチェス大会の表彰式で、祝福の女神として表舞台に復活する。これ以上の舞台はあるまい」
「まあ、お父様ったら……」
それは、誰にも止められないアンリエッタ復活劇。
貴族たちが椅子から転げ落ちる未来が見える。
そしてもちろん、元婚約者の王太子レオナードの姿も。






