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【8/6書籍発売】追放された悪役令嬢は【錬金スキル】で華麗なるチート生活を満喫する  作者: 朝月アサ


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50 公爵令嬢の帰還





 天空の城を後にしてからは、移動もスムーズだった。

 無事レグルス王国の王都近郊まで移動してから、街中で補給をして、アグスティア公爵領に向かう。


 何度も馬車で移動した街道の遥か上空を、懐かしい気持ちで飛んだ。

 田園風景の上を飛んでいると、やがて遠くに城の姿が見えてくる。


「そろそろね」


 アグスティア公爵領の中央都市の近くに来てからは、空飛ぶ絨毯から降りて徒歩で移動する。


 門では冒険者カードで身分確認をしてもらう。


 そしてアンリエッタはまっすぐに城に向かった。


 城門の前では、槍を携えた門番たちが厳重に立ちはだかっていた。


「公爵様の依頼により、馳せ参じました」


 アンリエッタは進み出て、簡潔に名乗った。


 門番たちは訝しげに顔を見合わせたが、その中の一人が彼女の顔をまじまじと見つめ、息を呑む。まるで、幽霊を見るような目で。


「あ、あなたは、もしや……」


 ――アンリエッタのことを覚えているらしい。

 ならば、隠す必要はない。


 アンリエッタは胸を張り、堂々と言った。


「執事長のルドルフを呼びなさい」


 門番はしばし絶句したのち、慌てて背を向け、城館へと駆けていく。


 ――父であるジグフリード・アグスティア公爵はまだこの地に帰ってきていない。

 つまり、令嬢アンリエッタが生きていたと知るものは、この地にはいない。いたとしてもごく一部だろう。


 門の内側で待っていると、しばらくして老執事が姿を現す。

 銀髪に整えられた口髭、深い皺の刻まれた顔。物静かな初老の男――ルドルフが。


「……っ、ま、まさか……」


 ルドルフはその場に跪き、頭を垂れ、肩を震わせながら涙ぐんだ。


「アンリエッタ、お嬢様……!? 本当に……ご無事だったのですか……!」


 アンリエッタはゆっくりと近づき、微笑を浮かべて応える。


「ええ、ただいま。ルドルフ。苦労を掛けたわね」

「お嬢様……もったいないお言葉です……」


 その時、城の中から若い女性が駆け出してくる。

 目が合って、アンリエッタはにこやかに笑った。


「――セラ。久しぶりね。元気にしていたかしら」


 セラは目を大きく見開き、まるで幻でも見ているかのようにアンリエッタを見つめた。


「お、お嬢様ああああああああっっ!!」


 叫ぶや否や、号泣しながら飛びついてくる。


「本当に……本当に、生きておられたのですね……!」

「ええ、こうして戻ってきたわ。心配をかけてしまって、ごめんなさいね」


 アンリエッタが静かに頭を撫でると、それが合図であったかのように、奥から次々と使用人たちが駆けてくる。

 彼らの瞳は驚きと戸惑い、そして喜びに彩られていた。


 ――亡き者とされた主君の娘が、いまここに帰還したのだ。


(わたくしの帰還……喜ばない人間がいるはずがないものね)


 そんな中、老執事ルドルフが一歩前に出る。

 そして、アンリエッタの隣に控えているダリオンに目を向けた。


「……ところで、お嬢様……そちらの御仁は?」


 問われ、アンリエッタは微笑んだ。


「ダリオン・ヴァルフォード。わたくしの従者で……大切な人よ」


 一瞬、場が凍りついた。

 そして、ざわめきが起こる。


「そ、それはまた……どちらの家の御方ですか?」

「冒険者よ。どこの家のものでも、特定の組織の所属でもない……つまり、わたくしのものね」


 使用人たちのざわめきは、ますます大きくなった。


 どこの誰でもない冒険者を、公爵家の嫡子が連れている。大切な人だと言い切っているのだから、使用人たちも動揺するだろう。


 アンリエッタはくすりと笑った。


「ふふっ、ダリオンの実力は、実際に見てもらうのが一番早いわね」


 この男の規格外さは、実際に見てもらうのが一番だ。

 彼の真価は恵まれた体躯でも、顔立ちでも、雰囲気でもない。


 ――それにしてもこの男、まったく浮足立っている様子がない。むしろここにいるのが当然のような佇まいだ。


「手の空いている騎士たちを呼んできなさい。ダリオン、手合わせしてあげて。あなたの実力がよくわかる程度にね」

「――わかった」


 そうしてほどなく、騎士たちが集まってくる。全員が困惑していた。

 壮年の騎士長は特に。


「お嬢様、ご命令とあらば戦いますが……ですが、何故このような……」

「あら、我が家の騎士団ともあろう者が、手合わせひとつで騒ぐなんて」


 アンリエッタは唇をつり上げて、さらりと言う。


「わたくし、あなたたちの実力を見てみたいのよ――」


 そうして広い場所で騎士たちとダリオンが対峙する。

 最初に出てきたのは、まだ若い騎士だった。アンリエッタにいいところを見せようとしているのか、やたらこちらを気にしていた。


 対するダリオンは、いつも通り静かなものだ。相手が剣を抜いても、まだ鞘に収めたままだ。


「――始めて」


 アンリエッタの言葉で若い騎士が動き出した、次の瞬間――。


「…………ッ?!」


 剣が鳴った。若き騎士の手から剣が飛び、地面に突き刺さった。

 そして騎士も足がもつれて膝をつく。その間、わずか三秒。


 場が静まり返り、今度は経験豊富なベテラン騎士が前に出た。


 真剣な眼差し。長年鍛えた技と勘――しかし、踏み込んだ瞬間、金縛りにあったように動きが止まった。まるで、動く前からすべての動きを封じられているかのように。

 次の瞬間、ダリオンに足を払われ、音もなく倒れる。剣を振る間もなかった。


 再び沈黙が落ちる。


「さあ、次は誰――?」


 アンリエッタが声を上げると、騎士長自らが剣を抜いた。


 ――三戦目。今度はダリオンも最初から剣を構える。剣先を相手に向けたまま身体を斜めにして――おそらく、相手の距離感を鈍らせている。


 次の瞬間、刃と刃が交錯し、火花が散る。速く、重く、鋭い剣。

 だが、当たらない。


 しばらくして、騎士長が地に膝をつき、肩を震わせた。


「……完敗です」


 騎士長が敗北を認めた時、場は静まり返った。

 使用人たちは唖然とし、騎士たちは顔を見合わせ、ただ茫然と立ち尽くしている。


 そんな中、アンリエッタは一歩前に出た。


「――まだよ。ここにいる騎士全員でかかりなさい」


 空気が凍りつく。執事長ルドルフがおずおずと口を開いた。


「お、お嬢様……それはあまりにも……」

「わたくしの騎士たちは、この程度で満足するのかしら? わたくしは、実力が見たいのよ」


 騎士たちが背筋を伸ばすのを見て、アンリエッタは微笑んだ。

 昔は騎士があんなに怖かったのに、長年戦も経験しておらず、モンスターとも戦っていない彼らのことは、むしろ可愛く見える。


「ダリオン。全員を相手してあげて」

「……君が命じるなら」


 ダリオンの青い瞳が静かに細められた。


 次の瞬間、騎士たち十数名が一斉に武器を構え、円を描くようにダリオンを取り囲む。だが――。


 その誰もが、踏み出せない。

 視線ひとつで圧をかけられているのだ。


「どうしたの? あなたたちは、公爵家を守る騎士ではなかったの?」


 アンリエッタが檄を飛ばすと、騎士たちは吠えるように突撃した。

 刃が交差し、槍が閃き、怒号と風が渦巻く――


 だが、届かない。


 一人、また一人と地に伏していく。

 誰一人、ダリオンの身体に触れることすらできない。そして数分後には全員が剣を落とし、地に這いつくばっていた。


 ダリオンは息一つ乱れておらず、泥もついていない。


「――これで、彼を侮る者はいなくなったわね」


 アンリエッタは周囲の様子を見る。騎士たちは各々の武器を手にしながら、敗北の余韻を噛み締めていた。


「――忙しくなるわね、ダリオン」

「……どういう意味だろうか」


 眉をひそめるダリオンに、アンリエッタはにっこりと笑いかける。


「騎士団の指南役、お願いね。あなたにしか務まらないわ」


 周囲の空気が一瞬止まる。執事長のルドルフが額に汗を浮かべた。


「お、お嬢様――さすがに、これは……」

「わたくしたちは、アグスティア領の防衛強化をお父様に依頼されているの。騎士団の強化もその一環よ」


 本当なら部外者が騎士団を鍛え直すなんて、許されるはずがない。

 だがアンリエッタは公爵の娘。そして依頼を受けた冒険者でもある。


 誰に何を言われようと、依頼を完遂するだけだ。


「……君がそう言うなら、断る理由はない。だが、私のやり方は手厳しいぞ?」

「ふふっ、当然でしょうね。甘やかしても強くはならないもの。よろしく頼むわね、わたくしの騎士」

「心得た」


 アンリエッタは満足して微笑み、公爵家の騎士と使用人たちの姿を見ていった。


「――わたくしが生きて帰ってきたことはくれぐれも内密にね。命令よ」


 誰もが頭を垂れる中、アンリエッタはダリオンと並んで城の中へと歩み出した。






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