49 二人で見る景色
――それにしても、不思議な男だ。
アンリエッタは階段を上りながら、後ろを振り返らずに心の中で思った。
――ダリオンは、アンリエッタのことを、間違いなく怪しんでいるはずだ。
本当は何者なのか、何故ここまで空飛ぶ城に詳しいのか――
核心には、決して踏み込んでこようとしない。
少しだけ早足になったアンリエッタの歩調に、黙って合わせる騎士の気配が、背後から静かに寄り添っていた。
長い長い階段を登りきると、そこはもう、城の最上部だった。
重い扉が、ひとりでに音もなく開いていく。
その先に現れたのは――まるで、天の一角を切り取ったような神秘の空間。
高く透き通ったドーム天井からは、幾千の星が降るように輝き、床には雲海が逆さに映っている。空間そのものが、淡く脈打つ魔力の波に満ちていた。
そして、空間の中心――
白金の浮遊台座の上に、静かに浮かぶ巨大なマナ結晶。
それはまるで、星の核のようだった。
青と銀が混ざりあう輝きは、脈動とともに光を放ち、まるでこの城全体がその心臓に合わせて鼓動しているかのようだった。
「なんて素晴らしい輝きなのかしら……」
これだけのサイズのマナ結晶は滅多にない。
(そうそう。これを使って、このお城を作ったのよね)
ほぼ無尽蔵のマナーーこの城や数々の錬金物を作っても、いまだこの大きさがある。
「ふふんっ、ちょうどいいわ。有効活用させてもらうわよ」
アンリエッタはダリオンを見上げ、片目を閉じる。
「わたくしが見つけたのだから、わたくしのものよね?」
「……まあ、誰に依頼されたものでもないからな。空を移動するものならばどの国家にも属さないだろうしな」
「そうこなくちゃね。とりあえず、誰にも見つからないように隠さないと。また大騒ぎになっちゃうわ」
ここにはマナが豊富にある。
そう、巨大なマナ結晶が。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動【森羅万象】【圧縮元素展開】【熱律制御】【気流調整結晶化】
アンリエッタの手元に、蒸留水・風のエレメント・銀粉・雷光を封じたオーブが並ぶ。
(湿度供給、風力調整、熱エネルギー操作……雲の材料は十分)
マナを注ぎ込むごとに、装置の中核にある白金の心臓部が脈打ち始める。
(さて――仕上げよ)
そっと手を掲げると、空中に回路が展開される。魔法式の演算結果が一つに統合され、半球状の装置が完成する。
「――錬成、完了。雲の発生装置――名づけて『ウェザーウィザード』!」
すぅ……という音と共に、装置の中心から白く輝く霧が舞い上がる。霧は天井近くでふわりと浮かびながら、銀糸を織りなして美しい人工の雲となった。
これを中央のマナ結晶と連動させ、城全体を包み込む雲を育てる。
これで、地上から発見されることはほぼなくなるはずだ。
「……君は、本当に錬金術師なのか?」
後ろからぽつりと聞こえるダリオンの声に、アンリエッタはくすっと笑う。
「そうよ。大天才錬金術師様よ」
アンリエッタの肩に、やわらかく雲の粒が舞い落ちた。
「ふふっ、どうせならもっと高いところに行きましょう」
アンリエッタは奥にある、さらに上に続く階段の方へ向かう。
そして再び長い階段を上っていくと、城の最上部――風の通り抜ける開放された回廊から、外の景色が見渡せる。
雲海が銀色に輝き、まるで天界の一角のようだ。
足元の大気にすら星々が映り込んでいて、空も地も、宝石をばら撒いたかのような煌めきに包まれている。
月も近く、手を伸ばせば触れられそうなほどだ。
――かなり高度が高いため、本来ならば身を切るほどの寒さを感じるはずだが、この城はマナ結晶から生成される魔力障壁に覆われているため、風も寒さも穏やかになっている。
その風がそっと通り抜けるたび、アンリエッタの髪が揺れ、ローブがふわりと広がった。
「――一人だときっと、こんなに綺麗に見えていないわね」
隣にいる彼を、そっと見上げる。
まばゆい月明かりが、ダリオンの横顔を淡く照らし出していた。
「ねえ。わたくしのこと、不思議とか怪しいとか思わないの?」
問いかけに、ダリオンは一瞬だけ黙したのち、低く、確かに答えた。
「思っている。ずっと」
「ずっと?」
問い返すアンリエッタに向けられたのは、鋼のように揺るがぬ意志と、どこまでも深い眼差しだった。
「――ああ。だが、私にとって大切なのは、君の過去ではない。未来だ」
だからこそ、彼は深くは問わない。
真実を追い詰めることよりも、彼女の隣に立ち続けることを選んだのだ。
アンリエッタは胸に広がる温かさを噛みしめるように、そっと微笑んだ。
「あなたと、この空を見られてよかった」
――前世で、一人でこの景色を見たときは、心が震えた。だが、こんなに満ち足りるような喜びはなかった。
美しいものを分かち合える人がいる――そのことが、こんなにも幸せなことだと、ようやく知った。
「ねえ、これからも色んな景色を一緒に見てくれる?」
「――ああ、約束しよう。ずっと君の隣にいると」
そしてダリオンは、ほんの少しだけ身をかがめて、アンリエッタの手をとった。
唇が、その手に触れる。
――まるで、永遠を誓うように。






