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【8/6書籍発売】追放された悪役令嬢は【錬金スキル】で華麗なるチート生活を満喫する  作者: 朝月アサ


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45 婿試験






「――アンリエッタ、チェス盤を借りるぞ」


 父が、母の形見のチェスセットを見て言う。

 声は穏やかだが、有無を言わせぬ威厳を帯びていた。


 アンリエッタは目を瞬きし、それから、すぅっと息を吸って応じた。


「ええ……どうぞ。大切なものですから、扱いにはお気をつけて」


 母の形見のチェスセット。

 繊細な彫刻と銀の縁取りが施された盤と駒は、アンリエッタにとってもかけがえのない宝物だ。


 幾度も父と対局し、最近ではダリオンとも時間を過ごした思い出が、静かに刻まれている。


「チェスの経験はあるのか?」


 父が、盤の向こうからダリオンに問いかける。口調は穏やかだが、目は見定めるように鋭い。


「ルールは知っています」


 淡々と、しかし控えめな声。

 アンリエッタは思わず喉を鳴らした。


(出た! 初心者詐欺!)


 それを信じて痛い目を見たのはついこの間のことだ。


「……アンリエッタ様とも何度か対局させていただきました」

「ふむ……」


 父はわずかに顎を引く。

 ――娘と遊ぶ程度、という印象を与えたらしい。

 だがそれは、大いなる誤解である。


「それでは……始めようか」


 父が手を伸ばす。白の駒――キングサイドのポーンを一手、前へ。

 初手として王道中の王道。


 対するダリオンは、静かに頷き、無言で自らの駒へ指を滑らせる。

 ――ダリオンは、黒だった。


 そうして静かな知略戦が始まった。

 父は一手一手が重く、守りと攻めが練られている。


 すぐにわかる。これは本気の父だと。

 本気で、ダリオンを試そうとしている。


(お父様、攻める……いや、守った!? あっ、ダリオンは……その駒を動かすの!? えっ、そうくるの!?)


 ダリオンの指し方はあまりにも静かで、そして美しい。

 どちらが強いのか、アンリエッタには判断できない。あまりにもレベルが高すぎる。


(あのお父様に、ここまで渡り合うなんて……このままだと……)


 ――本当に、ダリオンが勝つかもしれない。


「ダリオン、本気出さない方がいいわ……父は気に入った人間を放さないの。本当に婿にされるわよ」


 ダリオンは盤面を見つめたまま、ほんの少し微笑んだ。


「そうか」


 言って、また一手進める。


(ちょっと、「そうか」ってそれ、どういう意味?! ――ああっ、ナイトを……あんな位置に……!)


 そうしていつのまにか、黒のナイトとクイーンによる見えない檻が、白のキングを完全に囲っていた。

 黒のクイーンがチェックし、白のキングが逃げる。


 ――その瞬間、黒のナイトが静かに跳ねた。


 ダリオンは一切表情を変えず、静かに盤を見つめている。

 やがて――


「……詰みだ。見事だな」


 父が、敗北を認めた。


(勝っちゃった……)


 勝ってしまった。ダリオンが、父に。

 ということは、つまり――


「うむ……貴様を婿候補として認めよう。だが、まだ正式に認めたわけではないぞ!」

「……ありがとうございます」


 ダリオンは静かに礼をする。


(どうしてそんな堂々としているのよ! 本当に婿になる気なの!? わたくし、心の準備が――いえ、そもそもわたくし、王国に帰るつもりは……)


 ――なかった。

 一切なかった。


 けれども。


 身分を捨て、冒険者となっても。

 家名を捨てても、魂は捨てられなかった。

 自分はどうしても、アグスティア公爵家の娘なのだ。


 この知識も、この血肉も、アグスティア家のために、そして民のために育てられた。

 それを否定することは、自分自身を否定することになるのだから。


「――アンリエッタ。私は領地に帰るつもりだが、お前はどうする?」


 問われ、アンリエッタは返答に詰まる。


 帰ることが『正しい』ことだ。

 父は息を吐き、そっと瞼を下した。


「……生きているのなら、無理にでも連れ帰るつもりだったが……いまは、その気はない。無理に連れ戻したところで、また逃げるのは目に見えている」

「…………」


 ――さすがにそんな子どもっぽいことはしないと言いたかったが、言い切れない。

 いるべき場所に戻ったところで、気が変われば飛び出していく自分が容易に想像できる。


「――話は変わるが……公爵領に冒険者ギルドを設置してある。そろそろ動き始めるだろう」

「領地にですか?」

「うむ。王国各地にもだが、領内にもモンスターが現れることが増えた。公爵家の騎士団で対処しているが、冒険者の力も借りたいと考えている。他の諸侯も同じ考えだろう。いずれは各都市に冒険者ギルドが建つだろう」

「…………」


 ――レグルス王国は、いままでモンスター被害とは無縁だった。

 それは女神教と聖女の加護であるとも信じられていたが。


(……そうなると、女神教の影響力も地に落ちるわね)


 ――聖女の地位も。


「ティルグ共和国の首都に訪れた際にも、冒険者ギルドに協力要請を出した。そしてこの街の冒険者ギルドにも寄ったところ……お前の話を聞いたのだ。冒険者アンリエッタ……まさかとは思ったが……本当に、お前だったとはな」


 ――ああ、やっぱり。冒険者ギルドでそのままの名前で登録したから、見つかってしまった。


「ええ……」

「――アンリエッタ。お前たちに依頼しよう。アグスティア公爵領の防衛を強化せよ」


 領地の防衛なんて、冒険者に頼むようなことではない。だが断りにくい。


「責任を果たせるよう努めます」


 答えたのは、ダリオンだった。


「ダリオン……」


 アンリエッタは、複雑な気持ちで彼を見つめる。


(……もう家の一員みたいな顔をして!)


 もちろん、受けないという選択肢はないのだが、どうしてさも当然のように受けてしまうのか。

 そして父はその返答にいたく満足したようで、目を細めて頷いている。


(なんてこと……)


 あっという間に父の信頼を得て、婿試験を突破し、公爵領の依頼まで――

 父のダリオンを見る目は、もはや冒険者に対するものではない。


「それでは、任せたぞ。仔細は領地で話す」

「お父様……王都には戻られるのですか?」

「いや、お前が『死んで』以降、あの場所からは離れている」


 つまりもう、王都は、王家は、国家の中心ではない。

 女神教と聖女の影響力も薄れ、中央集権が崩壊の兆しを見せている。

 中央が崩れれば、地方が動く。モンスターの出現も合わさり、これからは地方の貴族たちが力を持っていく。

 いまは緩やかな動きでも、この変化は権力者たちにとって、決して見過ごしておけるものではないだろう。


 ――そうして、父は帰っていった。連れてきた騎士たちと共に。





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