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【8/6書籍発売】追放された悪役令嬢は【錬金スキル】で華麗なるチート生活を満喫する  作者: 朝月アサ


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43 父、襲来






 ふたりで生きる日々というのは、思っていたよりもずっと穏やかだった。


 庭の手入れをしたり、家の模様替えをしたり、キッチンやバスルームの設備を整えていったり、必要な小物をそろえていったり。

 冒険者ギルドで依頼を受けたり、アンリエッタが自分で作った猫化ポーションで猫になってしまったり――そんな騒動も含めて、確かに幸せな日々があった。


 ふたりで食卓を囲み、チェスを挟んで向かい合う夜。

 心が穏やかに満たされる、そんな生活だった。


 ――その日までは。


 同居生活を始めて少したったある日の昼下がり、リビングでくつろいでいたところ、ふと玄関のベルが鳴る。


「あら、お客様かしら?」


 ――客人なんて珍しい。

 出ようとすると、ダリオンがやってくる。


「――待て、私が出る」


 その手には剣。

 来客対応としては過激すぎる。ここが山奥や夜間ならともかく、ここは街中で、昼間なのに。


「過保護なのよあなたは。わたくしだって、お客様の対応ぐらいできるわ」

「相手は複数だ。武装もしているものもいる」

「ふふっ、もし敵なら返り討ちにしてやるわ」

「衛兵だったらどうする」

「それなら普通に対応するだけよ。わたくし、何も悪いことしていないもの」


 ――フォールネスの屋敷の件では、何一つ証拠は残していない。

 それに、衛兵に剣を持って対応する方が怪しい。


 アンリエッタはダリオンを適当にあしらって玄関に向かうが、ダリオンはごく当然のように後ろを歩く。このモードになったら何を言っても離れない。


 仕方なく玄関ドアを開けた瞬間――


「アンリエッタ! ようやく見つけたぞ!」

「お――お父様?!」


 そこにいたのは壮年の男性。軍人然とした佇まい。風格と支配力を全身から放つ、アンリエッタの父――ジグフリード・アグスティア公爵、その人だった。


 後ろに精鋭騎士を何人も引き連れて、堂々とした姿で玄関先に立っている。


(どうしてお父様がここに?!)


 国を出たときは父は不在だったので書き置きだけはしていった。だが、どこへ向かうかは決めていなかったので一切書いていない。

 なのにどうしていまここに父が。


 そしてアンリエッタは痛感した。


(やっぱり偽名を使っておけばよかった!)


 冒険者登録するとき、正直に名前を書いておかなければよかった。エッタとかリエッタとかならまだ、ここまで早くは――


 はっとして、アンリエッタは振り返る。


 ダリオンが、厳しい表情で立っていた。

 その視線が、父のアグスティア公爵へと向いているのを見て、アンリエッタは慌てて叫んだ。


「ダ、ダリオン――違うの!」


 何が違うのか自分でもわからないまま叫ぶ。

 しかしそれが父の逆鱗に触れた。


「何が違う! それで、この男は何者だ? まさか、この男と駆け落ちしたのか――?」

「ち、違うわ! 彼は森で拾ったの……」

「拾った……? 犬猫ではあるまいし……」


 呆れを通り越して絶句する父の前で、アンリエッタは目を泳がせながら、開き直って言い切った。


「い、いまは大切な人よ……夜もいっしょのベッドで寝たし……!」

「添い寝をしただけです」


 空気が凍った瞬間に、ダリオンがすかさず口挟んでくる。どうして言うのか。ふしだらな娘だと思われたら、そのまま勘当してもらえたかもしれないのに。


「な、ななな、何をっ……!! よくも我が娘に……!! 貴様は処刑だ! そこに立てぇぇぇぇ!!」


 父が剣に手をかけるのを見た瞬間、アンリエッタは反射的にダリオンの前へと踏み出した。


「お父様、やめて! ダリオンには何も言っていないのよ! わたくしが勝手に――!」


 自分の出自のことは、ダリオンには何も言っていない。

 アンリエッタが偶然彼を拾って、恩を着せて無理やり従僕にした。


「ダリオンは何も悪くないの。わたくしが無理やり――」

「アンリエッタ……下がってくれ」


 その一言で、場が静まり返る。

 前に出たダリオンは、父に向って頭を下げた。


「――私はダリオン・ヴァルフォード。元帝国騎士であり、いまは冒険者として身を立てています。アンリエッタ様には瀕死のところを助けていただき、そこからは護衛として共に旅をしてまいりました」


 事実を、淡々と。


 アンリエッタは思わずダリオンの袖を引いて、小声で訴えた。


「どうして全部正直に言うの?!」

「隠し立てすることは何もない」


 ダリオンは何一つやましいことはないという顔で答える。


「どうしてアンリエッタ様だなんて言うのよ」

「……君は、大切にされている存在だ。ご父君には礼節を尽くすべきだろう」


 その言葉で、アンリエッタは何も言い返せなくなった。


 そして同時に不思議に思う。

 どうしてこの男はこんなに落ち着いているのかと。


「……帝国騎士? 名乗りだけなら誰でもできよう。証拠はあるのか」

「追放された身故、証拠はありません」


 ダリオンはまるで恥じる様子もなく、まっすぐに応じた。


「ならば力を見せてみよ! 騎士を名乗るならばその剣で証明せよ!」

「承知しました。場所を移してもらっていいでしょうか」





 庭へ移動すると、三人の精鋭騎士たちが円陣を描いてダリオンを包囲した。

 小隊指揮官が前に出て――


「構え!」


 号令と共に一斉に剣を構え、ダリオンも剣を抜く。


 相手は鎧も付けて武装しているが、ダリオンは剣だけでそれに応じる。

 取り囲まれた状況で、最初の一撃が繰り出される。


 ダリオンは避けなかった。すっと剣を持ち上げ、刃を合わせて受け止める。


 金属音が鋭く響いた。


「くっ……っ!?」


 一合で後退する騎士。力負けではない。剣筋が異様なほど正確すぎたのだ。

 二人目、三人目と続けて飛び込んでくる。が、誰ひとりとして、彼の衣の裾すら掠められない。


 ダリオンの動きは最小限。だが、その剣先はすべての攻撃を読むように捌き、受け、制す。


 まるで舞だ。


 剣を抜いているというのに殺意が一切ない。怒りも驕りも。


(ダリオンって、こんなに強かったの……?)


 ダリオンが、剣を持っている相手に戦っている姿を初めて見た。


 ――次元が違う。


 公爵家の騎士は決して弱くない。

 なのにまるで生徒を相手にしている教官かのようだ。


「……ふむ。なるほど。確かに、騎士の才はあるようだ」


 父がどこか納得したように呟く。

 やがて騎士たちは武器を下げた。ダリオンもまた、静かに剣を納める。


「……これで、納得していただけましたか? 公爵閣下」


 一瞬の沈黙のあと、父は眉をひそめたまま問い返す。


「……貴様、私を知っているのか?」


 ――そうだ。父は名乗っていない。貴族であることも、爵位も。

 しかしダリオンは平然と続ける。


「その留め具の紋章、レグルス王国のアグスティア公爵家のものと記憶しております。帝国時代、各国の貴族紋章について学ぶ機会がありました」

「そうか……あの地には何度か訪れたものだ」


 アンリエッタは言葉を失っていた。


(……そんな勉強していたなんて、聞いたこともないのだけれど!)


 家名まで気づいているなんて。

 では、もしかして。


「アンリエッタが何者かも気づいておったのか?」


 ダリオンは静かに首を横に振る。


「……いいえ。高貴なご令嬢であることは、言動や身のこなしから察しておりましたが……彼女が、自らを語ることを望んでおられないように見えましたので、詮索はいたしませんでした」


 その言葉に、父の瞳がほんの一瞬、揺れる。


「貴様……娘を、軽んじてはいないのだな」

「はい。アンリエッタ様は、私の命の恩人であり、心から敬意を抱く女性です」


 まっすぐに父の目を見て、落ち着いた声で。

 そこにはただ誠意しかない。


(……そんなふうに、言ってくれるなんて……)


 胸が熱い。苦しいくらいにドキドキしている。


 父はため息を一つつき、アンリエッタの方を見た。


「……最初から話せ。お前の身に何があったのか」




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