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【8/6書籍発売】追放された悪役令嬢は【錬金スキル】で華麗なるチート生活を満喫する  作者: 朝月アサ


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39 新しい生活とチェスセット





 住む場所を、宿屋から新しく借りた屋敷に移し替える。

 アンリエッタは一番広い部屋を自分の寝室にして、ダリオンには隣の部屋を寝室にさせた。


 屋敷全体にお気に入りの家具を錬金術で作って設置してから、自室にお気に入りのものを置いていく。

錬金術師の部屋(アイテムボックス)』の中から、クマのぬいぐるみ『クマちゃん』を出してベッドに置く。普段着る服をクローゼットにかける。鏡台に化粧品やヘアブラシを置く。


 部屋を自分好みに整えていくのは、楽しい。


「さて、あとは何を置こうかしら」


 上機嫌で『錬金術師の部屋(アイテムボックス)』を見ていると、家を出る時に持ってきたチェスセットを発見する。


 ――母の形見のチェスセット。

 母はチェスが強くて、父とよくゲームしていたらしい。母はアンリエッタが幼い頃に亡くなったので、チェスは父から教わった。


(懐かしいわね……)


 チェスは貴族の社交でもよく使われる。子どもの頃から色んな相手とよく遊んだものだ。

 アンリエッタはチェスセットをそっとテーブルの上に置いて、最後に『携帯スライムハウス』から眷属にしたスライム――イムを外に出す。


 イムは嬉しそうにぴょん、ぴょんっと跳ねてから、じっとアンリエッタを見上げてくる。

 ――スライムには目も鼻も口もないが、イムに関しては顔が見える気がした。


「イム、今日からあなたのお仕事はこの家の掃除よ」


 命令すると、イムに刻まれているアンリエッタの所有印――バラの花の紋様をしたものがふわっと光る。


 食べていいもの、ダメなもの。

 食べられないもの、触ってはいけないもの。


 ――アンリエッタの知識や感性が、そのままイムの中に流れ込む。


 イムは再びぴょんっと跳ねて、ゆっくりと屋敷の中を移動し始めた。

 イムが通った後は、クリーニングしたみたいに綺麗になっていった。


 アンリエッタは部屋を出て、リビングに行く。

 何もなくて殺風景だったリビングも、アンリエッタがお気に入りの家具を再現したので、まるで公爵家のリビングのような落ち着く空間になっていた。


 あの場所よりは全然狭いけれども、使用人もいない、二人とスライム一匹の生活にはちょうどいい広さだ。


 窓際にはバラの花が一輪、瑞々しく咲いていた。


「――アンリエッタ、片づけは終わったのか?」


 花を眺めていると、それを贈ってくれた人が後ろから声をかけてくる。


「ええ、ダリオン。今日眠れるくらいには」


 振り返って答える。


「庭の方はどう?」

「随分と放置されていたようだ。ひとまず雑木を抜いた」

「ふぅん、お疲れ様」


 とっくに自分の部屋の片づけを終えたダリオンは、アンリエッタの片づけ中、庭の手入れに専念していた。

 服は葉や草の実で少し汚れていたが、まったく疲れている様子がない。


「あとは草を刈りながら掃除だ。何か、植えたいものはあるのか?」

「もちろん、バラよ」


 それが一番アンリエッタに似合うから。


「――わかった。考えておく。今日の食事はどうする? 外に食べにいくか?」

「それもいいけれど、キッチンの使い勝手も見ておきたいわ。もちろん手伝ってね。何か食べたいものはある?」

「君の作るものなら何でも」

「それ、答えになっていないのよ」


 何を作ろうか考えながらキッチンに向かい、『錬金術師の部屋(アイテムボックス)』の中身を確認する。


「カオスミノタウロスのお肉がいっぱい残っているわね。メインはローストビーフと赤ワインソースにしようかしら」


 材料を用意しながら、モンスター肉の納品の仕事も思い出す。


「そういえば、納品期日も近かったわね」

「ああ、差し支えなければ明日に行こう」


 明日の予定が決まり、メニューも決まる。


 魔物肉の旨味を生かしたローストビーフに、野菜たっぷりのスープと焼きたてのハーブパン。

 デザートには、ほんのりと甘く香ばしいハニーアップルのキャラメリゼも。


 材料を切るのはダリオンの役目で、アンリエッタは作る役だ。必要分の肉を切ってもらい、残りは『錬金術師の部屋(アイテムボックス)』に戻す。


(カオスミノタウロスの呪素分解には聖水が必要だけれど――)


 肉に残っている呪素を錬金術で【分解】し、香辛料やすり潰したニンニクをまぶして下味をつける。


【錬金術の極意】

 ――サブスキル発動。【真空調合】【低温加熱】【時間加速】


 勝手に最適なスキルが発動し、いい感じに火が通る。


「はい、いい感じ。ダリオン、焼いておいて」


 ダリオンに焼き目と香ばしさを付けてもらっている間に、アンリエッタは材料の準備ができているスープの仕上げに入る。


 適当に煮込んで適当に味付けする。それだけで絶品スープができる。


 ローストビーフが焼けた後、アンリエッタは同じフライパンで赤ワインソースを作った。


 デザートのリンゴはさっとキャラメリゼしてはちみつをかける。


 調理開始から三十分後、食卓に今日の夕食が並ぶ。


「いただきます」


 並んで腰を下ろし、二人同時に手を合わせてから、まずはスープをひと口すする。


「……うん、美味い」

「ふふっ、本当ね。あなたの焼いてくれたローストビーフもいい焼き加減だわ」


 一人で作る料理はもちろんスキルのおかげで完璧だったけれども、ダリオンの手も借りた料理は、完璧を通り越して幸せそのものになっている。


 ずっとこんな時間を過ごしていきたいと思えるほど。


「ねえ、ダリオン。あなた、チェスはできる?」


 デザートを食べているとき、ふと気になって聞いてみる。


「……ルールは知っている」

「じゃあ、あとでちょっと付き合って」


 夕食後、ダリオンが片づけをしてくれている間にアンリエッタはリビングにチェスセットを用意した。


 向かい合って座り、アンリエッタはダリオンの方に白の駒セットを寄せた。


「さあ、勝負よダリオン。あなたが白でいいわよ」


 ルールを知っているぐらいなら、そこまで自信はないのだろう。

 アンリエッタは社交界でのチェスもほとんど勝つか引き分けてきた実力がある。先手を譲ってあげるのは当然のことだ。


 淡く笑みながら、駒を一つずつ並べていく。


 す、と伸びたダリオンの指が白のポーンを動かす。その手つきにアンリエッタの視線が吸い寄せられる。


(割と、様になってるわね……)


 一手一手が流れるように美しく、まるで剣術の型のような無駄のなさ。


 そして、盤面を見つめる彼の横顔――


 凛とした静けさをまとったその真剣な表情に、アンリエッタは思わず目を逸らしてしまう。


(ば、盤面に集中よ)


 戦局は序盤から安定していた。ダリオンは慎重に、だが着実に駒を進めてくる。どこか「守り」を重視した打ち筋に、アンリエッタは内心で呟いた。


(守りが得意なのかしら。でも、守っているばかりじゃ勝てないわよ)


 そう思っていたのに。


 いつの間にか、こちらの精鋭たちが盤上から消えていた。


 クイーンを囮にした進軍、騎士の位置取り、無駄なく連携するビショップとルーク――気づけばアンリエッタの陣地は崩れ、チェックメイト寸前。


「……うそ……」


 ぽつりと漏れた声。すでに逃げ場はなく、ダリオンのルークが、王を静かに追い詰めていた。


「――チェックメイト」


 静かな声で、ダリオンが勝利を告げる。


「も、もう一回! 今度はあなたが黒!」


 ――二戦目。


 再び盤上に並べられる白と黒の駒。今度はアンリエッタが先手――白を選んだ。


(先手なら、流れをつかめるはず……!)


 深く息を吸って、アンリエッタはポーンを進める。

 ダリオンは黒の駒を手堅く動かしてくる。やはり――守りが堅い。


(やっぱり、こっちの動きを見てから反応するのが得意なのね。でも、今度こそ――)


 アンリエッタは視線を落として、盤面を見つめる。自陣の騎士が中央に配置され、クイーンとビショップがラインを合わせている。決して悪くない布陣。


 けれど――妙な違和感が、じわりと背中に忍び寄ってくる。


 気づけば、先ほどの試合と同じように、アンリエッタの精鋭たちがひとつ、またひとつと姿を消していた。


 指した手が裏目に出て、計算が崩れ、守るはずの陣形が崩れていく。いつの間にか、ダリオンのビショップが中盤に入り込み、ルークが縦横無尽に駆けまわっている。


(うそ……そんな……)


 盤上の王が、静かに逃げ場を失っていく。


「――チェックメイトだ」


 アンリエッタは呆然と盤面を見つめた。自分の王の正面には、黒のルーク。左右も塞がれ、後退も不可能――どう足掻いても、逃げられない。


「……また、負けた……?」


 しかも有利な先手で。


 唇をきゅっと噛みしめ、アンリエッタは頬を赤らめる。


(これでも貴族の中じゃ負け知らずだったのに……)


 それでも彼は、ただ静かに、何事もなかったかのように駒を元の位置に戻し始める。勝っても騒がず、驕らず。


 ――ますます腹が立つ。


(どうして勝てないの? わたくしが弱くなった? それとも――)


 アンリエッタはじっとダリオンを見る。


「ダリオン、あなた、もしかして強い……?」

「どうだろうな」

「わたくしに連続で勝っておいて、涼しい顔!」


 もう本当に腹が立つ。


「絶対ルールを知っているだけじゃないじゃない」

「駒を触るのは久しぶりだ」

「チェス歴を教えなさい!」

「小さい頃は家庭教師から習っていた。騎士になってからも、対戦相手として呼ばれることはたまにあった」


 ――誰に?


 と聞こうとして、聞いてもわからないだろうと思って黙る。

 だが、妄想は止まらない。


(同僚? それとも上官から……? もしかして皇帝からとか……いえいえ、まさかね。……チェスが好きなマダムとか……? 令嬢から……?)


 ――そんなこと、聞けない。


 自分だって、王太子とよくチェスをしていたなんて言えないのだから。


(……殿下も、チェスはまあまあ強かったわね)


 正攻法とトリッキーさがうまく組み合っていて、よく自信満々に「チェックメイト!」と言われた。勝敗は半々くらいで、ほぼ引き分けだったけれど。


 なんとなく、もやもやする。


「ねえ、もう一戦だけ」

「いや、そろそろ就寝準備をしよう」

「じゃあ、お風呂あがったら!」


 負けたままでは終われない。


「ダメだ。身体を冷やす」

「ねえ、あなたの部屋でもう一戦だけ……」

「……君は、私を寝させるつもりがないのか?」

「だって負けたままなんて悔しいもの」

「……じゃあ、いまここで。あと一ゲームだけだ」

「わかったわ。手を抜いたら許さないわよ」


 アンリエッタの言葉に、ダリオンはわずかに笑んだ気がした。ほんの少しだけ、楽しそうに。





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