40 モンスター肉納品
翌日は、朝から快晴だった。
アンリエッタはダリオンと共に、依頼を受けたモンスター肉を届けるべく、郊外に建つ貴族の別荘を訪れていた。
(ちょっと眠いわ……)
――昨日、結局三連敗して、なかなか眠れなかった。
だが、依頼人の前で寝ぼけた顔を見せるわけにはいかない。
気合いを入れて門前に立つ。
警備兵に依頼の件できた冒険者と名乗ると、広い玄関ホールに案内される。
豪奢な装飾が施された空間には、依頼主の家族とおぼしき青年が姿を現した。
「依頼を受けた冒険者、アンリエッタです。依頼品の納品に来ました」
アンリエッタが丁寧に頭を下げながら声をかけると、青年は肩をすくめてため息をついた。
「――やれやれ、父の食道楽には本当に困ったものだな……」
その物言いに、アンリエッタは微笑みを浮かべた。
「ふふっ、とても素敵なご趣味だと思いますわ。それでは、こちらと、こちらと、こちらを――」
どん、どん、どどんと『錬金術師の部屋』から大型モンスターの新鮮な肉を出していく。使いかけのものもあれば、解体前のものもある。
この前のスタンピードで入手したものがほとんどだが、アイテムボックスの中は時間が流れないので新鮮そのものだ。
「一番のおすすめはこちらのカオスミノタウロスです。牛肉と似ていてとろける味わいですよ」
昨日のローストビーフもとても美味しかった。
「各モンスターの調理説明はいたします?」
「いや、いい」
モンスター肉の解体と調理にはいろいろ注意点があるのだが、説明の必要はないらしい。調理に慣れているのか。
「納品に納得いただいたのでしたら、こちらにサインをお願いします」
用紙とペンを差し出すと、青年は一瞬ためらうようにアンリエッタを見つめた。
「いかがいたしました?」
「いや、君とは、以前どこかで会ったような……」
「まあ……」
よくある口説き文句のように聞こえるが、隣国の貴族と、レグルス王国のアグスティア公爵の令嬢だった自分。
どこかの祭典で会っていたとしてもおかしくない。
だが、アンリエッタは彼を覚えていない。
多分言葉を交わしたこともない。
(まあ、わたくしの美しさは、忘れられるようなものではないものね)
完璧な美貌。完璧なスタイル。赤い髪に、金の瞳。整いすぎて近寄りがたいとすら言われた顔立ちに、気品と艶を宿す声。
「……まるで女神セイレーネー。冒険者にしておくのはもったいない」
美しいと褒められるのは慣れている。女神のようと評されたことも、一度や二度ではない。
だが。
冒険者にしておくのが、もったいない?
その言葉の失礼さに、彼は気づいていないのだろう。
「――僕と結婚してくれないか?」
唐突な言葉に、場の空気が凍る。青年の周囲にいた使用人たちも凍っている。
アンリエッタはほんのわずかだけ目を見開いたが、すぐに口元を緩めて笑みを浮かべた。
「君のように美しい人が、冒険者なんてものを続けているなんておかしい」
またしても否定してくる。
「ふふっ、御戯れを。わたくしと貴方様では、身分が違いすぎますわ」
にこやかに微笑む。
(貴族が身分だけでわたくしと釣り合おうなんて、片腹痛いわ!)
相手がどんな大貴族でも、王族でも、皇族でも、人外でも。
アンリエッタが他の誰かに興味を持つことなんてないが。
「僕は本気だ。本気で君を幸せに――」
更に距離を詰めようとしてきた青年が、一瞬びくっと身体を震わせ、硬直した。
「――――?」
何か後ろにいるのかと振り返るが、ダリオンしかいない。いつものように背筋を伸ばして、アンリエッタを守るように静かに立っているだけだ。別に剣を抜いているわけでもない。
他には特に何もないし、ダリオンも何かに警戒している様子はない。
いったい彼は何に怯えたのか。
「――し、失礼した」
青年は真っ青な顔で、書類にサインを書く。
あとは冒険者ギルドに戻って報酬をもらうだけだ。
肉が使用人たちによって奥へと運ばれていく。解体場か調理場に行くのだろう。
「ところで、そちらはモンスター肉の扱い方はご存じなのですか? よろしければ、調理のアドバイスもしましょうか? 取り扱いを間違えると大変ですから」
納品したからと言って終わりではない。仕事には最後まで責任を持つのがプロである。
「いや、結構だ……うちの料理人は、父の食道楽に慣れているから」
「そうですか? カオスミノタウロスは呪性が強いですから、お気をつけくださいね」
「呪性……?」
「はい。処理を間違えると呪われるのです。下処理に聖水を使うといいですね」
その時、遠くから悲鳴が聞こえる。
「――失礼」
アンリエッタはすぐさま悲鳴のした方に――屋敷の調理場に行く。
そこはまさしくカオスになっていた。
黒い霧が立ち込め、料理人が包丁を手に目を赤く光らせている。
「あら、見事に呪われているわね」
他の使用人は無事逃げおおせたみたいだが、料理人の包丁は血に濡れている。怪我人が出たのだろう。早く治療しないと。
「肉……肉ぅぅぅぅ!!」
その時、呪われた料理人がアンリエッタ目がけて襲ってくる。
アンリエッタが動くより先に、後ろから滑り込んできたダリオンが料理人を軽くあしらい手の包丁を落とし、拘束しながら背後に回り込んで気絶させる。
【分解】
アンリエッタは手早く料理人の中の呪い――呪素を【分解】した。ついでに調理されかけていたカオスミノタウロスの肉の呪素も同じように【分解】する。
「これでもう大丈夫です。呪素を分解しましたから。怪我人は?」
怪我をしている人を探して、ポーションを使う。アンリエッタのポーションは最高品質。怪我も瞬く間に――怪我以外の古傷も全快する。
「なんてことだ……もう父上の悪食はやめてもらうようにしよう……」
「あら。それはもったいないですわね。調理方法をちゃんと理解していれば、これ以上の美味はありませんのに」
「これからは素材をそのまま購入するのではなく、解体屋で処理されたものを購入されるのをおすすめしますわ」
冒険者ギルドはモンスターの解体屋とも提携している。
そちらから購入すれば、こんな初歩的なミスはなくなるだろう。
「――そうだ。よろしければ、わたくしが料理しましょうか? 冒険者ですもの。モンスター肉の取り扱いには慣れておりますわ」
このままモンスター肉が危険なものと思われるのは本意ではない。
いままでの価値観を鮮やかに壊してしまうくらいの美味を覚えさせたい。
「そうね、ビーフシチューとかいかがかしら。ダリオン、手伝って」
アンリエッタは【錬金術の極意】で手早くカオスミノタウロスのビーフシチューを作った。どんな時間のかかる工程も、錬金術なら一瞬。肉と野菜の旨味を引き出し、肉を柔らかくし、最上の味となる。
「なんて……いい匂いだ……」
食欲を誘うトマトや野菜、香辛料、そして肉の香り。
アンリエッタは軽く味見をして、納得するとそれを皿に盛りつけた。
「はい、どうぞ」
調理場で試食など、貴族らしくない。だが、そんな矜持など忘れさせるくらいの力がこの一皿に宿っている。
青年はふらふらといすに座り、そしてシチューを一口食べた。
その目元から、涙が零れ落ちる。
「これが……魔物食……生命の神秘ではないか……」
青年は一瞬でビーフシチューを食べ終わり、ナプキンで口元を拭いた。
そして、アンリエッタを見る。
「なんという料理の腕に、聡明さ、実力に、勇気……そして美しさ……やはり、僕と結婚してほしい!」
再度のプロポーズに、アンリエッタはにっこりと笑う。
「光栄なお申し出ですけれど……わたくし、強い人が好きなの。ドラゴンも仕留められるくらいの」
「ド……ドラゴン?」
「ええ、ドラゴン」
呆然としている青年に、アンリエッタは続ける。
「誰よりもわたくしを愛してくれて、一生を共にしてくれる人がいいわ」
「……そ、それなら僕にも――」
「あら、素敵ね。でも、わたくしの運命の人はひとりでいいの。だから、ごめんなさい」
アンリエッタは踵を返し、ダリオンの胸元にそっと手を当ててから、屋敷を出た。
――これにて、依頼完了。






