35 決別
「あなたは、わたくしが思っていたよりずっと度胸と実力があるのね。感心したわ」
不死を手にした実力と探究心を、正直に賞賛する。
この時代の錬金術師も捨てたものではないらしい。
フォールネスはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん、簡単ではないことはわかっております。その極地に辿り着くまでに命運が尽きるかもしれない――だからこそ、あなたの知る転生術を知りたいのです。記憶を継いで生まれ変わる方法を」
「……欲張りなこと」
「錬金術に身を置いたものは、すべてそうでしょう。欲望と探究心には果てがない」
それはアンリエッタも否定しない。
錬金術だけではなく、魔術でも、神聖術でも同じことだが。
――知りたいという欲望には果てがない。
そして、行き過ぎたものはいずれ身を亡ぼす。
あるいは滅ぼされる。
フォールネスがそれをまったく恐れておらず、自身に満ちているのは、彼はまだそこまで辿り着いていないからだ。
「――アンリエッタさん、私と共に研究をしましょう。私たちはお互いに理解し合える、良きパートナーになれる」
「…………」
その勧誘は、まったく心に響かない。
アンリエッタは空虚な気持ちでフォールネスを見つめる。
彼は、アンリエッタのことをまるで理解していない。
おそらく理解するつもりもない。
利用したいだけなのに、パートナーだなんてよく言えたものだ。
フォールネスはアンリエッタの心などまったく気にせず話を続けた。
「手始めに、魔女アルティナの遺骸を渡してくださいませんか?」
「持っていないわ……」
「ご冗談を」
「そんなことを言われてもね。もし持っていたとしたら、どうするつもり?」
「もちろん、研究です。そしてゆくゆくは、そちらに私の魂を移したい。その後に不死の秘術を使えば、不老不死が完成します」
フォールネスは興奮気味に語る。
アンリエッタはたまらず乾いた笑いを零した。
(――最悪)
最悪すぎて想像もしたくない。
「もちろん無理強いは致しません。その場合は、私独自の方法で研究を進めていくだけです。いままでと同じように」
「つまり、他人を犠牲にしての実験を重ねるというわけね」
フォールネスは口元で笑うばかりで、否定しなかった。
アンリエッタはため息をつく。
――やはり、彼はとっくに一線超えている。
「わたくしね、人だけは傷つけないようにしているの」
アンリエッタがそう言うと、フォールネスは不思議そうに微かに首を傾げた。いったい何を言っているのか、まったく理解できていない様子で。
「だって、そうなると、完全に人間の敵になるでしょう?」
錬金術師が人間を人間としてではなく、素材と見るようになってしまったら――
それはもう完全に人間の敵だ。
「そうなってしまったら、人間社会で生きられないもの。そんな危険な錬金術師、討伐対象にされてしまうでしょう?」
――していなくても、されるときはされるけれども。
それはそれとして、フォールネスの場合はもう確定的だ。
「――あなたはとっくに一線を越えてしまっているようね」
フォールネスの深いため息が響く。
「この場所で、私と戦うつもりですか?」
「いいえ。あなたの手中で戦うつもりもないし、そもそも戦う理由もないわ」
「賢明なことです。今日のところは、アルティナの遺骸を渡していただけたら、解放させていただきますよ」
ふてぶてしい。偉そうに。その頬をひっぱたいてやりたい――が、我慢する。
「――困ったわね。わたくし本当にアルティナの身体を持っていないの」
アンリエッタは髪をふぁさっと揺らして、本当に困ったように息をついた。
「だって、素材にしてしまったもの」
フォールネスの身体が固まる。
「素材……?」
「ええ。身体の全部、余すことなく使ってね。とても楽しい錬成ができたわよ」
「……まさか、本気で? 本当に? なんて、ことを――」
本気でショックを受けている。
頭を抱えて震えている。
「いったい何を――どんなものにしたのです?!」
「それは、まだ秘密よ」
アンリエッタはにっこりと微笑んだ。
「代わりと言っては何だけれど、不老の肉体を得る方法を教えてあげる」
フォールネスはその言葉に好奇の笑みを浮かべる。
こちらを信用していない――だが抑えきれない欲望が滲んだ態度に、アンリエッタはくすりと笑う。
「簡単よ。肉体を、老いないものに転換させてしまえばいい」
とても簡単な話だ。
老いるものを老いないようにするためには、滅びゆくものを滅びないようにするためには、そうでないものに変えてしまうしかない。
「錬成を行うには、エレメンタルを変換する錬金術、それを行うためのマナを操る魔術、肉体を保つための神聖術が必要だけれど……それだけあれば、あとは組み上げていくだけよ。ね? 簡単でしょう?」
魔女アルティナはそれをした。
好奇心のみで、自分の身体を作り変えた。
痛みも苦しみも麻痺させて。
――本当に、無謀なことをした。
「己の肉体を、陶器にでもするということでしょうか?」
「理解が早いわね。さすが熟練級だわ」
アンリエッタは優秀な生徒を褒める教師のように笑みを深める。
「でもこの不老の方法は、いまのあなたが持つ不死と両立できるのかはわからないわね」
変質しようとさせても、竜の心臓がそれを許すだろうか。
不老になるということは、ある意味死ぬということなのだから。
「いまは無理でも、あなたとならばいずれは可能でしょう。アンリエッタさん。私と共に極地へ至りましょう」
「冗談を言わないで。わたくしの身体と知識が目当てなだけでしょう?」
「勿論です。私たちは混ざり溶け合い一つとなる――完璧の先へと到達するのです」
「死んでも嫌よ!」
アンリエッタは激しく拒絶した。
ありえない。気持ち悪い。馬鹿にしている。
「もしかして、ほんのわずかにでも可能性があると思っていた? ひどい侮辱だわ」
「――なれば、ますますあなたを手放すわけにはいかなくなりました」
その瞬間、アンリエッタの身体が動かなくなる。
(ローブの抵抗を貫通するなんて)
アンリエッタのローブにはあらゆる加護を付与してある。
それを貫通するなんて――……
よく見れば、身体に細い銀色の糸のようなものが巻きついていた。
自分の身体が思うように動かず、力が奪われていくのを感じる。
【鑑定】『執着の紐』アラクネ糸を縒って作った紐。あらゆる生物を束縛する。
周囲の空気が歪み、異空間が開かれる。
薄く輝く空間の裂け目が、アンリエッタを吸い込むように広がっていく。そこは、時間の経過が一切ない空虚。
(『錬金術師の部屋』に生きたものをいれるつもり?)
きっといままで何度もそうやってきたのだろう。
生きたものを入れて運んで、実験材料や素材にしてきた。
怒りが込み上げる。
フォールネスはそれを嘲笑うように余裕を浮かべていた。
「すべての準備が整うまで、しばらくこの中でお待ちください――」
刹那、閃光が走る。
白い光が閃いた瞬間、フォールネスの右腕が消えた。
斬り飛ばされた腕が、鮮血を撒き散らしながら壁に当たって落ちる。
フォールネスは、何が起こったのかわからないように呆けた顔を晒して固まっていた。
金髪が、薄暗い中で輝く。
アンリエッタの前に、『隠形マント』を外したダリオンが、無言で剣を構えて立っていた。
その背中からは、凄まじい怒りが滲み出ていた。






