20 新薬開発
スタンピード騒動の翌日、宿屋のアンリエッタの部屋に、ダリオンとギルドマスターが訪れる。
「あら、いかがなさいました?」
「君たちと話をさせてもらいたいんだが、少し時間いいかな」
「ええ、もちろん。紅茶はお好きですか?」
二人を快く迎えたアンリエッタは、来客用のテーブルに三人分の紅茶を用意する。
今回はすっきりとしたストレートで。小さな焼き菓子も皿に添えた。
「う、うまいな、これは……」
紅茶を一口飲んだギルドマスターが驚きで目を見開く。
「気に入っていただけてよかったです」
「いや本当に。毎日でも飲みたいくらいだ」
アンリエッタが微笑んでいると、ギルドマスターは丁寧に紅茶をソーサーに置いた。そして、じっとアンリエッタとダリオンの顔を見てくる。とても落ち着いた瞳で。
「君たちが何とかしてくれたんだろう?」
「何のことでしょうか?」
アンリエッタは軽くとぼけた。
ギルドマスターは詳細は言わずに苦笑し、深く頭を下げた。
「礼を言わせてほしい。大事に至らなくてよかったよ……スタンピードは本当に怖いからな……」
「わたくしたちは報告をしただけですが……」
「……以前、この街がスタンピードに巻き込まれたのは、俺がガキの頃だった……街はほぼ瓦礫と化した……たくさんの人が亡くなり、生き残った人たちも、立ち直るのに長い時間がかかったよ……今回そうならなくて、本当によかった……」
ギルドマスターは目を伏せたまま話を続けた。その声はほんのわずかに震えていた。
「わたくしたちは何もしていませんわ。たまたま、偶然、付近を通りかかっただけで。ねえ、ダリオン?」
「ああ」
ギルドマスターは目を細めてアンリエッタを見つめる。
「そうか……でも、ありがとう。君たちがいたから、この街は救われたんだと思うよ」
その言葉に、アンリエッタは軽く頷くだけで答えた。
「それにしても、ギルドマスターは随分お疲れのようですね」
「いやぁ、最近書類仕事が多くて肩こりと疲れ目がひどくてね……あと昨日の酒の余韻が……歳は取りたくないもんだ」
弱っているギルドマスターが困ったように呻いた瞬間、アンリエッタの脳裏に閃くものがあった。
(――これだわ)
アンリエッタはすっと椅子から立ち上がる。
「少しお待ちください」
アンリエッタは奥の部屋に行き、ギルドマスターからは見えない位置で調合を始めた。用意したのは薬草と純水、そしてハーブ。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――
【即興レシピ】【癒しの力】【リラックス効果】
(できたわ……)
アリエッタが作ったのはポーションだった。
しかもただのポーションとは違う。怪我を治す効果を弱め、別の効果を付与したポーションだ。
念のため鑑定してみる。
(うん、完璧ね)
品質も効能も予測通りだ。
アンリエッタは二種類のポーションを持って、テーブルに戻る。
「これをお試しください。肩こりと目の疲れに効くポーションです。あとこちらは二日酔い用のポーションです」
「あ、ああ……ありがとう」
ギルドマスターは半信半疑のままポーションを受け取り、口に含んだ。数秒後――。
「おお……肩が軽い! 目の疲れも……消えた?! まるで別人になった気分だ……! 十年若返ったかのようだ!!」
ギルドマスターは感激に震えながら、さらに二日酔い用のポーションも飲み干す。
「……効く、効きすぎる!!」
感動で目を輝かせながら、アンリエッタに手を伸ばす。
「アンリエッタさん……これを売ってくれ!!」
「ええ、もちろん」
――このアンリエッタの疲労回復ポーションは、売れに売れた。
もともと、ポーションは日常的に怪我をしやすい冒険者によく売れる。
だが、逆を言えば冒険者にしか売れない。
あまり怪我をしにくい街の人々にも売れるものを作れないかと考えていたところに、ギルドマスターの姿を見て、このポーションが生まれた。
思惑通り、新しいポーションは冒険者ではなく街の人々にまでよく売れた。
作れば作るだけ売れるので、注文が次から次に入った。
瓶タイプは取り扱いが手間なので錠剤タイプにして、『ツカレトレール』という名前にしたら更に売れた。二日酔い用のものは『ノミスギトレール』という名前を付けて酒場や宿にも置いてもらった。
これらの薬さえ作っていれば一生安泰かもしれない――というくらい。
サブスキルの【大量生産】で同時に大量に作れるので、生産は問題ない。
――なのだが。
「同じものばかりを作るのは飽きるわ……」
アンリエッタは早々に飽きていた。
物憂げなため息が、すっかり自室と化した宿の部屋に広がる。
需要はある。お金も儲かる。とても儲かる。
でも飽きる。
「君は本当に……」
剣の手入れをしていたダリオンが、呆れたように呟く。
「飽きるものは飽きるのだから仕方ないじゃない」
飽きたことを繰り返すのは何も楽しくない。
「錬金術師ギルドがレシピを買ってくれないかしら」
そんなに複雑なレシピではないし、特別な材料も使っていない。
錬金術師なら初心者でも作れるものだ。
「レシピは無料で渡して、売れた分だけマージンを貰うとかの契約の方がいいかしら。そうすれば何もしなくてもお金が入ってくるわ」
とてもいいアイデアだと思った。
「そんなうまい話があるものか」
「ないなら作ればいいのよ。錬金術師ギルドに入るつもりはないけれど、取引するのは悪くないんじゃないかしら?」
所属する気はまったくないが、商売相手としては魅力的だ。
「そもそもどうしてそんなに金にこだわる。君は既に充分稼げているだろう」
「わたくしだって色々考えているの。あなたに払う報酬の金策とか」
「報酬……?」
「契約満了するとき、あなたの働きに対して報酬を払うつもりだから。あなたには色々と助けられているし、かなりの金額になりそうなのよね。楽しみにしておいて」
ダリオンに恩を売って相殺しようとも考えていたが、やはり契約したからにはきっちりしておきたい。
そうでなければいつまでも気に病むことになりそうで。
「……もしかして君は、私が君から報酬を得るために面倒を見ていると考えているのか?」
「違うの?」
「はっきりと言っておくが、私は君から銅貨一枚受け取るつもりはない」
「じゃあどういうつもりなの?」
どういうつもりでアンリエッタの傍にいるのか。
じっと目を見つめると、ダリオンは目を逸らした。
「……君を野放しにできない」
「人を歩く災害みたいに」
「よくわかっているじゃないか」
ぶっきらぼうな言い方に、アンリエッタはムッとした。
「あなたが何と言おうと、契約したからにはきっちり履行するからね。とりあえず今日の納品に行ってくるわ。おとなしく待ってて」
「……寄り道しないで帰ってくるように」
「子ども扱いしないでってば」
宿を出て、冒険者ギルドに向かう。
(絶対に満額払ってやるんだから……錬金術師ギルドに話を聞いてもらえないかしら)
アンリエッタは数日前に錬金術師ギルドの組合員を壊したが、いまのところ何の報復も接触もない。
あの男から錬金術師ギルドに報告が行っていないのだろうか。ショックでそれどころではないのだろうか。
それとも、特に問題視されていないのだろうか。
だとしたら、友好な関係が結べるかもしれない。
(一度行ってみようかしら、錬金術師ギルド)
いまの時代、どんな錬金術師たちがいるのか、もっと見てみたい。
ほどなく冒険者ギルドに到着し、いつものようにカウンターで納品する。
「いつもありがとうございます」
納品手続きが終わり、報酬を受け取る。
「あの、アンリエッタさん。実は錬金術師ギルドから、アンリエッタさんご指名で護衛依頼が来ているんですが――どうしますか?」





