19 スタンピード
『空飛ぶ絨毯』は鳥のように軽やかに空を進んでいく。
アンリエッタは風を受けながら、澄んだ視界で流れる景色を楽しんだ。
当然、風の影響は軽減させている。この風をまともに受ければ吹き飛ばされかねない。完全に影響を消すこともできるが、アンリエッタはそうしなかった。
だってつまらない。
風を切って空を飛んでいるというせっかくの感覚が薄くなってしまう。
「どうかしら、ダリオン。気持ちいい?」
「……鳥になったかのようではある。新鮮な感覚だ」
「そうね。人生で一度や二度は鳥になりたくなるわよね」
風の影響が軽減されているからこそ、こういう会話もできる。
そうして、歩いて5日はかかる距離を、2時間ほどで飛んでいく。
やがて見えてくる。
遠くに、群れを成すモンスターたちの黒い影が。
大量のモンスターが森の中をうねるように埋め尽くしている。黒い波のように広がり、森全体を覆い尽くしている。
――悪夢の大波。
「あれがスタンピードね」
「そうだ。どうするつもりだ――」
「決まっているじゃない――」
あれが走り出せば、あらゆるものを破壊する。
ならばその前に全部壊す。
アンリエッタは『空飛ぶ絨毯』速度を落とさずモンスターの群れに近づいていく。
そして、『錬金術師の部屋』からあらかじめ錬成していた爆弾を取り出す。アンリエッタの錬金術の粋を集めた最高傑作を。
「アンリエッタスペシャル!!」
アンリエッタは満面の笑みを浮かべ、モンスターたちの上空を通過ざまに爆弾を投げ落とす。
爆弾は静かにモンスターたちの中心に落ちていき――
次の瞬間、アンリエッタたちの背後で大爆発が起こる。
空を裂くような火の玉が燃え上がり、爆風が森を揺るがす。
モンスターたちは吹き飛ばされ、白い煙が舞い上がる。
大地を薙ぎ払うような衝撃に、草木が倒れていく。
「ふふふっ……あーはっはっはっ! 気持ちがいいわ!! やっぱりド派手にいかないとね!」
アンリエッタは爆弾の効果に満足し、高らかに笑った。
今回のアンリエッタスペシャルは一味違う。
竜に触れ竜を食べ竜を知り、新たな高みへ上ったアンリエッタが作った――いわばスーパーアンリエッタが作ったスーパーアンリエッタスペシャル。
「やりすぎだ……」
ダリオンの呻き声が聞こえた気がしたが、気にしない。
「あら。まだ残っているモンスターがいるわね。丈夫なこと」
爆風に耐えたモンスターたちがまだ地上で動いている。
特別レベルの高いモンスターたちだ。
「私が出る」
「ええ、任せるわ」
ダリオンがそう言うので、アンリエッタは『空飛ぶ絨毯』の軌道を調整して爆心地――モンスターたちの中央へ戻る。
高度を下げると、ダリオンが地上に飛び降りた。
無事に着地。ブーツに施した【衝撃吸収】と【地形無視】が効果を発揮している。
ダリオンが剣を抜き、高位モンスターたちを、次々と斬り倒していく。モンスターが倒れるたびにその動きは鋭くなっていく。
アンリエッタが加勢する必要もなく、すべてのモンスターが地に伏せる。
――そうして、スタンピードの予兆は完全に終息した。
「ふふっ、素材がいっぱい……料理もできる。ギルドの納品や討伐依頼に使ってもいいし、楽しみだわ」
アンリエッタはうきうきしながら高位モンスターを『錬金術師の部屋』へ入れていく。
「ねえダリオン。そろそろわたくしも冒険者として一人前だと思わない?」
「まったく思わない」
自信満々に問いかけてみると、間髪入れずに答えてくる。
「君は詰めが甘い。己の力を過信している」
「自分で自分を信じないでどうするの」
「良いように言っても無駄だ」
ダリオンは少しため息をつきながら続けた。
「……そうだな。それは確かに君の特性なのだろう。だが、戦場ではそれは命取りになりえる」
アンリエッタは小さく頬を膨らませた。
「あなたの厳しさは性格? それとも経験からかしら? あなたに認めてもらえるにはかなり時間がかかりそうね」
「いまの調子ならそうなるだろうな」
「途中で負けを認めるのは癪だから逃げないけれど、ゴールぐらい教えてほしいわね。どうなれば一人前なの?」
「単純なゴールを求めるところからして未熟者だ」
アンリエッタは腕組みをし、小さく唸った。
――とんでもなく面倒くさい男を拾ったかもしれない。
いっそ何もかも放り出して逃げてしまいたいぐらいに。
――だが、どうしてもこの男に自分を認めさせたくて仕方ない。
そうすることでやっと対等になれる気がする。
(――対等になってどうするの! この男はわたくしの従僕!)
アンリエッタは気を取り直し、話題を変える。
「調整した防具の具合はどうだった?」
「悪くない」
「もっと素直に言って」
「……以前より身体に馴染む」
「そう、調整がうまく行ってよかったわ。違和感があったら教えてね。じゃあ帰りましょうか」
『空飛ぶ絨毯』に乗り、街へ戻る。
納品できるものがないかと冒険者ギルドに寄ってみると、そこはいつもと雰囲気が違っていた。
ひどく慌ただしく、空気が張り詰めている。冒険者の人数も多い。普段は夜になるとほとんど人がいないのに。
奥の方にはギルドマスターがいた。怖いくらい真剣な表情で、何かを考えこんで冒険者たちを見つめていた。
アンリエッタはカウンターに行き、馴染みの女性ギルド職員にそっと声をかける。
「何かあったの?」
「『魔女の森』で発生したスタンピードがもうすぐ動き出すという報告が入ったんです。このままでは三日も経たずにここまでやってくる可能性が高くなっています」
ギルド職員は緊迫した表情で続ける。
「スタンピードが直撃すれば、街が全壊しかねません。ですので、急いで戦える人員を集めているんです。アンリエッタさんとダリオンさんも、力を貸してくださいませんか?」
「なるほどね」
アンリエッタはすすす……っとギルドマスターに近づき、こっそりと告げた。
「あのー、その大量発生のモンスター、もう倒しちゃいました」
「ぬわあぁにぃ?!」
大声を出して驚いているギルドマスターの姿を見て、はっと気づく。
そんな大金星を挙げていたら、冒険者ランクが金級に引き上げられかねない。
それはいけない。
「あっ――いえ、倒されてました! 誰かに!」
「誰かに……」
「何物かに!」
ギルドマスターは困ったようにダリオンの方を見る。
ダリオンは無言で頷いた。
「そ、そうか……報告してくれてありがとう……すぐに確認を――」
刹那、外から男性のギルド職員が飛び込んでくる。
「――斥候からの報告です! スタンピードが消失しました!」
その言葉に、ギルド内が静まり返る。
「報告によりますと、発生地点で大爆発が起こったようで――……小型のモンスターも、大型のモンスターも、気配が消失したようです」
冒険者たちがざわつく。
ギルドマスターは力が抜けたように壁にもたれかかった。
「ああ……こりゃ決定的かな」
ほっとした表情で言って、背筋を伸ばし、冒険者たちの前に歩み出る。
「――みんな、聞いてくれ! スタンピードは収束した! しばらくは油断せず備えておいてほしいが、ひとまず今日集まってくれたことに感謝する。今夜は俺のおごりだ!」
ギルドマスターの明るい声が響き渡り、ギルドに歓声が満ちる。
それまでの緊張が解けて、安堵の空気が広がる。皆が隣の酒場に飲みに行こうと湧いている。
アンリエッタはそれを見て、チャンスと思った。
「わたくしも――」
アンリエッタはいままで一度も酒場に行ったことがない。一緒に混ざって行こうとしたところ、ダリオンに引き留められる。
「私たちは何もしていないだろう」
「……そ、そうだったわね……」
そういうことになっている。
何もしていないのにしれっと混ざって奢ってもらうわけにはいかない。
(うう……行ってみたかったわ……)
悔しがるアンリエッタの横で、何故かダリオンがほっとしたような顔をしていた。






