21 護衛依頼
「わたくし指名の護衛依頼?」
思わず聞き返す。
金級以上は拒否できない指名依頼が来ることがあるとは聞いたが、アンリエッタはまだ鉄級だ。
「はい。錬金術師ギルドから『魔女の森』調査の護衛依頼が来ています。もちろん拒否もできますが、どうします?」
「もちろん、受けるわ」
アンリエッタは自信満々で書類を受け取り、内容をよく読まずにサインをした。
「同行の冒険者を募集できますが、どうします?」
「わたくし一人で充分よ」
笑って書類を渡し、控えを受け取る。
そして意気揚々と宿に戻った。
宿屋の部屋に戻ると、ダリオンがまだ剣の手入れをしていた。
アンリエッタは書類を見せつけるように掲げて、ダリオンの前に行く。
「ダリオン、わたくし指名で依頼が来たわよ」
ダリオンは剣からふっと顔を上げると、無言でアンリエッタと書類を見つめた。
「わたくしも一流の冒険者として認められてきたというわけね」
ダリオンはわずかに目を細め、また視線を剣に戻す。
「私も同行する」
「えっ? ……別にいいけれど、あなたの分の報酬は出ないわよ?」
「構わない」
「そう……」
本当は、鉄級への依頼としては破格の依頼料なので、ここからダリオン分の報酬も出せるのだが。
ダリオンもわかっているはずなのに、報酬がいらないなんて。
きっとまたアンリエッタが何かしでかさないか心配しているのだろう。
アンリエッタは決意した。
完璧に依頼をこなしてみせる。
そうすればダリオンもアンリエッタを一人前と認めざるをえなくなる。
「そもそも君に護衛任務ができると、自分で思えるのか?」
「『空飛ぶ絨毯』で運べばすぐよ」
「それは禁止だ。あの力は常軌を逸しすぎている。君が錬金術師ギルドに身を置きたいと思うなら、アピールになるが」
「嫌よ。あんな程度の連中と群れたくないわ。『ツカレトレール』のために利用し合う関係にはなれるかもしれないけれどね」
この依頼を快諾したのは、その思惑もある。
「ならばやはり、あれは禁止だ」
「わかったわよ。あと、あなたはいちおうパーティメンバーだからね。報酬は規定通りに分けるわよ」
「必要ないと……」
「こういうことはきっちりするべきなの」
◆◆◆
――数日後、アンリエッタとダリオンは、冒険者ギルドの門の前で錬金術師ギルドのメンバーたちと顔を合わせた。
相手の人数は三人。これは事前に把握していた通り。
「依頼を受けていただき感謝します。私がリーダーの熟練級のフォールネスです」
そう挨拶をしてきたのは、三十代になったばかりぐらいの男だった。
長身で物腰が柔らかく、額が広く、自信に溢れた姿。
そして両目を覆うように眼帯を巻いていた。
「……失礼だけれど、あなたそれで見えているの?」
「ご心配なく。見えておりますよ。眼球でではなく、マナを通して世界を見ることができます。あなたの美しさもちゃんと見えておりますよ」
慣れているのだろう。フォールネスは楽しげに笑う。
マナを通して世界を見るなんて、どんな風に見えているのだろう。
「そう、なら安心ね。わたくしがアンリエッタよ、よろしく。こちらはただのわたくしの従僕だから、気にしないで」
アンリエッタは軽く手を振りながら、ダリオンを紹介した。
「差し支えなければ、『魔女の森』に行く理由を教えてほしいのだけれど」
「我々の目的は、竜の岩場の奥深く――そこに眠る大魔女の遺骸の回収です」
アンリエッタは思わず目を見張った。
大魔女の遺骸――それはアンリエッタの前世である、アルティナの遺体のことだ。
そしてそれはアンリエッタの『錬金術師の部屋』の中にある。
「……本気……?」
「ええ。いままでは竜と魔水晶によって近づくこともできませんでしたが――この時期は竜が別の巣に移動します。そして、魔水晶を破壊する方法もついに発見されたのです。これでようやく大魔女に近づくことができる……」
フォールネスは誇らしげに説明するが、その計画は始まる前から終わっている。
もう、竜もアルティナの遺骸もない。
どちらもアンリエッタの『錬金術師の部屋』の中だ。
もちろんそんなことは言えない。
「そんなもの回収してどうする気?」
「古の大魔女の不老の肉体は、それだけで計り知れない価値があるのです。錬金術師として、その可能性を探るべきでしょう」
アンリエッタはぞっとした。
もし彼らが大魔女アルティナの遺体を手に入れたら、散々にいじくり回し、歪んだ実験を繰り返すだろう。
(回収しておいてよかったわ)
本気で思う。
しかしそうなると、これからこの錬金術師たちの焦る顔を見るためだけに数日間同行することになる、ということだ。
(わくわくしない……)
いっそこの場で帰ってしまおうか。具合が悪くなったので、とか言って。
しかし依頼を出発直前でキャンセルしたとなると、ダリオンはどんな反応をするだろう。「やはりな。君はそういう責任感のないことを容易に行う。それで人がどれだけ迷惑をこうむろうとも。それではいつまでも一人前にはなれないだろう」――とか言いそうだ。
余裕で想像できる。
(考えるだけでムカムカしてきたわ……)
アンリエッタは目の前に立つ錬金術師たちにもう一度目をやった。
(まあ、この錬金術師たちがどういう顔をするか見てみたいし、せっかくの指名依頼だもの。受けて立ちましょう)
完璧に依頼を遂行してみせる。
「ところで、馬車は?」
地上を行くのなら長い旅路になる。通常は馬車を使うもののはずだが、馬車を用意している気配はない。
「使いませんよ。そんなものはなくても問題ありませんから」
「そう。ならいいわ」
きっと錬金術で何とかするのだろう。
一行は出発し、そしてアンリエッタは十分後には後悔していた。
護衛任務というのはまさしく苦行だった。
行程の始まりから苦痛を感じながら、アンリエッタは錬金術師たちの後ろを歩く。
まず、錬金術師たちは進みが遅い。
(肉体を強化していないのかしら)
肉体強化は基本的な錬金術だと思っていた。
なのに、この錬金術師たちはとてもそれをしているようには見えない。
歩行速度は遅く、体力もない。一時間ごとに休憩を入れる。
(こんなペースで進んでいたら、世界の終わりの方が先に来るわ……どうして、馬車を、使わないのよ!)
――その時、草むらの陰から小型のモンスターが飛び出してくる。
ダリオンがすかさず動き、剣の一振りでモンスターを一瞬で倒した。
「アンリエッタ。なんて形相をしている……」
「ふぐぐ……」
――イライラを発散する機会があっさりと奪われた。
しかも、その後もモンスターが現れるたびに、アンリエッタより先に気づいたダリオンが始末してしまう。
――フラストレーションの末、アンリエッタは考え方を変えた。
これはただのピクニック。カタツムリを見守って進むピクニック。
アンリエッタは黙ってマナと風のエレメンタルを操り、追い風でこっそりと錬金術師たちの背中を押してやった。
そうすることで、少しだけ速度と連続移動距離が改善する。
――これは、カタツムリを陰で不自然にならない程度にサポートして目的地に導くピクニック……
(不毛だわ……)
アンリエッタは軽く絶望する。
(まったく楽しいものじゃないわね、護衛なんて)
まったく自由がない。窮屈なばかり。自分のペースで動けない。生産性がない。
(ダリオンはよくこんなことをしていられるわ)
護衛を自分の仕事と信じていつでも義務を果たそうとしてくる。
そんな彼の姿勢にずっと呆れていたが、いまはいっそ尊敬してきた。
――結局、途中で錬金術師の一部が旅路に耐え切れず、近くの街で馬車を借りることになる。錬金術師たちは馬車で、アンリエッタとダリオンは徒歩で移動することになり、移動速度は大幅に改善された。





