18 空飛ぶ絨毯
それから三日ほど、アンリエッタはダリオンと共に冒険者ギルドで依頼をこなす日々を送った。住む場所は最初に泊まった宿の部屋をずっと使った。
「ねえ、ダリオン。わたくし最近落ち着いてきたと思わない?」
アンリエッタは宿屋の部屋で『錬金術師の部屋』の中身を覗きながら、ふと思い立って同じ部屋にいるダリオンに尋ねてみる。アンリエッタが日中この部屋にいるときは、ダリオンもだいたい部屋にいる。
「まったく思わない」
ダリオンは剣の手入れをしながら、顔も上げずに冷たく言い切る。
「……わたくし的には、だいぶ落ち着いたのだけれど?」
「それは君の基準だ。私から見れば、君はまだまだ何をしでかすかわからず、一瞬たりとも目が離せない」
「そんなこと言ってたら、一生目が離せなくなるわよ?」
「…………」
ダリオンは押し黙る。
アンリエッタは小さく息をついた。
「まあいいわ。そろそろ竜素材の研究を始めようと思っているのだけれど――いまはこれを作りたいとかのアイデアがないのよね」
竜の素材に手を触れても、これというイメージが湧いてこない。
(変にとんでもないものを作って目立ちたくないし、やりたいことはだいたい前世でやっちゃってるのよね)
時を巻き戻す砂時計。
空を飛ぶ船に、天空に浮かぶ城。
目的地へ一瞬で移動する地図。
遠くの地を見る鏡。
相手の心の声が聞こえるイヤリング。
最初は楽しくても、使っているうちに飽きていった物たち。
結局、面白そうなものだけあっても意味がない。面白い体験が続かなければすぐに飽きる。
自分だけの一時の快楽は、長く続かない。
「だから、ダリオンの装備をカスタマイズしていこうと思っているの。全身竜素材で固めたら、絶対に世界最強になるわ」
「断る……」
「どうして?」
断る理由が本気で理解できない。
ダリオンはどこか遠い目をして、剣を見つめた。
「過ぎた装備は不要だ。私は、この剣さえあればいい」
「鞘も」
――アンリエッタが作った『守護者の鞘』も、不要とは言わせない。
「……ああ、鞘もだ。これに触れる度、君の錬金術の凄さを感じずにはいられない」
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ」
アンリエッタは満足して微笑む。
「それに、そのガントレットも大切でしょう? 剣を振るう大切な腕を守るためのものだもの」
「…………」
「ガントレットと、あとブーツぐらいなら強化してもいいかしら? あなたの腕と足を守るため。ひいては、わたくしを守るために!」
「……好きにするといい」
アンリエッタは早速竜素材を取り出し、ダリオンからガントレットとブーツを受け取った。
「ああ、腕が鳴るわ! すぐに終わるから安心して」
アンリエッタはまずブーツを手にした。
そして、竜の足の革を引っ張り出す。竜の革が帯びる神秘の力に、溢れ出さんばかりのマナ、そしてアンリエッタの魔力が混ざり、淡い光を放っている。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――
【即興レシピ】【魔力共鳴】【素材覚醒】【精密加工】
アンリエッタの魔力が素材と共鳴し、素材に眠る潜在能力を最大限に引き出す。
竜の皮革とブーツの皮革が融合する。見た目には変わらないが、それはいままでとはまったく違う物質になっていた。
アンリエッタは続いてガントレットを手に取った。これは竜の鱗を使うことにする。
こちらもあっという間に融合が終わる。
アンリエッタは胸を張って完成した装備をダリオンに見せた。
「できたわ……竜の爪を受けても足を守る【衝撃吸収】――溶岩の上でも海の上でも、どんな地形でも走れる【地形無視】、それでいて、重さと柔らかさが変わらないブーツよ」
特に使用感には細心の注意を払った。
それにしても竜素材はいい。
普通は特殊な効果をつけすぎると元の素材が耐えられなくなるが、竜素材はマナの受容度が高いので色々付加できる。
「ガントレットは、竜の鱗を表に貼って護符効果を付与したぐらいだけれど、どうかしら? 窮屈なところがあったら調整するわ」
ダリオンはガントレットとブーツを確かめるように装着する。
「いや……大丈夫だ」
「そう、よかったわ。いい仕事ができたみたいね」
アンリエッタは自分のブーツも同じようにカスタマイズする。
「ねえ、ダリオン。ちょっと外に付き合ってくれない?」
「今度は何をするつもりだ」
「楽しいことよ」
宿を出て街の外に向かう。
「ギルドマスターが話しているのを聞いたのだけれど、最近『魔女の森』方面でモンスターの大量発生の兆候が出ているのですって」
そのため、『魔女の森』方面の初心者向け依頼は当分休止すると。
「ああ。スタンピードの兆候だな。理由は不明だが、モンスターたちが集い、膨れ切ったところで一方向に向けて走り出す……」
ダリオンは重い声で言う。
「多くは育ち切る前に霧散するが、あれが実際に起これば、周囲に大きな被害をもたらす……何せ、自分たちが死ぬまで止まらない。悪夢の大波のようなものだ」
「時々話を聞いたことはあるけれど……」
「進路上の村は簡単に潰される。あの街の城壁さえ、受け止めきれるかわからない……まさか君は、それを見に行くつもりか?」
「大正解よ」
「本気で言っているのか?」
「わたくし、まだスタンピードを見たことがないもの。見てみたくなるのは当然じゃない? ついでに、自分の力を思いっきり試してみたくなるのも当然じゃない?」
不敵に笑いながら問いかけると、ダリオンは諦めたようなため息をついた。
門を通り、城壁の外に出て、『魔女の森』方面へ向かう。
周囲の人々の気配がなくなり、草原に二人きりになってからアンリエッタはダリオンに提案した。
「そろそろ効率的に移動しましょうか」
アンリエッタはそう言って、『錬金術師の部屋』から絨毯を取り出す。
そのまま地面に向けて放り出すと、絨毯が空中で広がり、膝の高さに浮かんだまま漂う。
「竜の翼で作った空飛ぶ絨毯よ。歩くと時間がかかるでしょう?」
訝しげに絨毯を見つめていたダリオンが目を見開く。
「空を、飛ぶ……?」
「そうよ。鳥のように」
「誰かに見られたらどうする?! こんなものを使う人間はいないぞ?!」
「大丈夫。裏面に『隠形マント』を張り付けているから。つまり、下から見られても何も見えないってわけ」
アンリエッタは自分のアイデアを証明するように、絨毯の裏面の方をダリオンに見せ、自分を覆い隠すように持ち上げる。
ダリオンの驚きが、アンリエッタにもはっきり伝わってくる。
彼はいま、アンリエッタのことが見えなくなっている。
そこにいるのに認識できなくなっている。
強力な認識阻害――それが『隠形マント』の効果だ。
アンリエッタは絨毯の陰から顔を出して笑う。
「ね? 見えないでしょう」
「…………」
ダリオンは無言だ。だが、彼の顔には明らかな焦りと、そして不安が漂っていた。
「ふふっ、わたくしの錬金術の素晴らしさに圧倒された?」
アンリエッタは明るく笑い、絨毯を再び宙に浮かせる。
そして、『空飛ぶ絨毯』と一緒に作ったゴーグルをダリオンに渡した。
「これは目の保護用ゴーグルよ。風から目を守るためにつけてね」
アンリエッタもゴーグルをつける。軽くて透明度が高く、まるで着けていないかのように快適だ。
ダリオンがゴーグルをつけるのを確認すると、アンリエッタは絨毯の上に座る。
「ほら、真ん中の方に座って。怖がらなくていいわよ。絶対に落ちないから」
「誰がいつ怖いと言った」
ダリオンがちゃんと座ったのを確認して、アンリエッタは一気に絨毯を上昇させた。絨毯は風を切りながら空高く舞い上がり、鳥のように進みだす。
このままどこまででも行けそうだった。
「さあ、目指すはスタンピード!」





