17 ブラッドソーセージ
ダリオンは錬金術師の男を上から押さえつけた姿勢のまま、アンリエッタを見上げた。
「この男は誰だ」
「さあ?」
そう言えば、名前も聞いていないし、こちらも名乗ってもいない。錬金術師なのは間違いないが、ギルドに所属しているかすらはっきりしない。
「――知らない相手についていくな!」
「うっ……それは、そのとおりね」
鋭い声に思わず顔を背けてしまう。
ぐうの音も出ないぐらいの正論だ。
「錬金術の話が弾んで、つい……ごめんなさい」
ダリオンはしばらくアンリエッタを見つめた後、ため息をつくように言葉を吐き出す。
「……わかったのならいい」
ダリオンが男の上から退く。下敷きになっていた彼は気を失っていた。
「ダリオンはどうしてここにいるの?」
「……君が怪しい男と外を歩いているのを見かけたからだ」
「怪しいの? 割と普通じゃない?」
「普通ではなかっただろう……」
「まあそうね。ありがとう、ダリオン」
アンリエッタだけでも何とでもできたが、こうして気にして助けてくれた。そのことが嬉しく、素直にお礼を言った。
「……私は、私の仕事をしただけだ」
ダリオンは低く呟き、目を逸らす。
「――ところで。もしかして、わたくしが宿を出たところからついてきていたりする?」
「…………」
「外からこっそり話を聞いていたりとかした?」
「…………」
ダリオンは答えない。その沈黙がすべてを物語っている。
アンリエッタは肩を竦めた。
「本当、あなたってわたくしを守ろうとすることに関してだけは熱心ね」
「君が何かしでかさないか心配なだけだ」
「素直じゃないんだから」
その時、足元から小さな呻き声が響く。
錬金術師の男がもう意識を取り戻したらしい。思っていたより丈夫だ。
アンリエッタは靴底を鳴らして男に近づくと、魔力を手のひらに集中させ、無造作に彼に――その肉体と魂――それを構成するマナに向けて放つ。
男が鈍い悲鳴を上げる。
「マナを操る部分を壊したわ。これでもう錬金術を使えない。簡単な調合ぐらいはできるかもしれないけれどね。少しでも複雑なものは、もう一生無理よ」
「あっ……ぐっ……あっ?!」
錬金術師の男は声を震わせながら自分の手を見つめる。マナを操ろうとしても何も起きない。
錬金術師としての力が霧散してしまったことに気づいた瞬間、その顔が恐怖と絶望に染まった
「あ……あ、あ……うああああぁぁ?!」
男が驚異的な力で跳ね起き、アンリエッタの首を掴もうとしてくる。
アンリエッタを縊り殺せば力が戻るかと思い込んでいるかのように。あるいは自分の運命を破壊した女を消そうとするかのように。
だが、その前にダリオンが割り込み、男を突き飛ばす。
そのまま男はぐったりと倒れ込み、もはや立ち上がることはできなかった。
アンリエッタは小さく笑いながら、男に問いかける。
「ふふっ、どんな苦しみがあっても、生きているだけで幸せよね?」
不老不死を望んでいた男は、錬金術師としては死んだ。
それでも人としては生きている、苦しみは生きている喜びと、彼は確かに言っていた。
男は何も答えない。絶望に満ちた呻き声だけが部屋に低く響いていた。
男に興味を失ったアンリエッタは、男の作った錬金物――キメラとも呼べない生物に歩み寄る。
それは何が起こったのかも気づいていないようで、うねうねと蠢くだけだ。歪んだ形状の生物――いくつもの異なる体の部分をスライムで繋ぎ合わせて作られた姿に、アンリエッタは眉をひそめた。
そして、その生物を「分解」した。
無理やり繋ぎ合わされた歪な部分が崩れ落ち、核となっていたスライムだけが残る。
(スライムをポーション漬けにしてから他の生き物の部位をくっつけて、余計な部位が腐り落ちないように保っていたのね)
【鑑定】ヒーリングスライム。体内に溜め込んだ回復薬を増殖させて自己回復を行う。
(なるほどねぇ……これはある意味不老不死かも?)
錬金術師に生み出された奇妙なスライムを見つめる。
原始的な構造であるスライムが、いま新たな進化を遂げようとしているのかもしれない。
身軽になったスライムは、うねうねと蠢きながらゆっくりとどこかへ向かっていった。
スライムは弱い生き物だ。自然界のどこにでもいて、死んだ生き物を分解するだけの生き物。放置していても問題ないだろう。
「出ましょう」
アンリエッタが出口に向かうと、ダリオンが背後を警戒しながらついてくる。
誰に邪魔されることもなく、無機質な屋敷を後にした。
外に出ると、朝の柔らかな光が眩しかった。
心地いい風を吸い込んで、アンリエッタは大きく伸びをする。
「朝食を食べましょう。それとももう食べたかしら?」
「いや……」
「ならよかったわ。オススメを教えて」
◆◆◆
「なぁに? この真っ黒なソーセージは」
ダリオンに連れていかれた店で出された朝食――その中で、見たこともないソーセージに目を見張る。
「ブラッドソーセージ。この地方の名物だ」
ダリオンはそう言って何事もないようにソーセージを食べる。
口に運ぶと、香ばしい匂いと、意外なほどの柔らかさが口の中で広がる。
「あら、おいしい」
おそらく、ゆっくりと煮込んでから仕上げに焼いてあるのだろう。皮はパリッとしていて香ばしく、中身はぷるぷるで、それでいて食べ応えもあって旨味が強い。
濃厚なコクとスパイスの甘みや風味もいい。
そのままパンケーキを食べてみる。ほんのり甘いパンケーキとの相性も抜群だ。
夢中で食べながら、ふと先ほどのことを思い出す。
「それにしても、錬金術師って変な人間が多いのね。きっと錬金術師ギルドにはもっとたくさん変な人がいるんでしょうね。研究の援助とやらにも興味ないし、関わるのはやめておくわ」
それに、まだ『賢者の石』とか不老不死とかを目指していることにがっかりした。期待外れだった。それらは魔女アルティナがとっくに通った道だ。
限界を超えて、もっと上を目指していると思っていたのに。
「そうした方がいい。君の力も性格も、錬金術師ギルドには向いていない」
「ねえ、それって褒めている?」
「……好きに取るといい」
「もっと褒めていいのよ?」
「…………」
ダリオンは無言だが、その沈黙が何故か心地いい。
一人でいるのは気楽で自由だが、彼といるのは何となく楽しくて、何故か落ち着く。
不思議な感覚は、悪いものではなかった。
店を出て宿へ戻ろうとしたところ、背後から明るい声が響いた。
「あ! お姉ちゃんとおじちゃんだ!」
振り返った先にいたのは、森で会った少年と、二十代半ばぐらいの美しい女性だった。
――もしかして、と思っていると女性が深々と頭を下げてくる。
「息子がお世話になりました」
やはり、少年の母親だった。ダリオンと歳が変わらなさそうな美しい女性だ。病気だったというが、とても元気に見える。エリクサーが良く効いたのだろう。まるで内側から光り輝いているかのようだ。
「それに、とても貴重なお薬をいただいたみたいで……どうお礼をすればいいか……」
「気になさらないで。わたくしは彼と対等な取引をしただけですから」
二人の元気そうな姿を見れただけで満足だ。
「ねえ母さん! このおじちゃん、すっごくかっこよかったんだよ! ピカーッ、ズバズバ、ドーンッ!って」
「すみません、家でもずっとこの話をしていて……」
「いや……」
ダリオンはほんの少しだけ口元に笑みを浮かべて、少年を見た。
「よく見えている。君は目がいいのだな」
褒められて、少年は頬を赤くし嬉しそうな顔をした。
「あの、おふたりはどのようなご関係で……?」
女性がおずおずと聞いてくる。
「この男はわたくしの従僕よ!」
変な誤解をされてはいけないのではっきり言うと、女性の顔が引きつっていた。ダリオンはため息をついている。
「ぼくもお姉ちゃんのじゅうぼくになる!」
少年が瞳を輝かせて言い、女性の口元がさらに引きつる。
その時、ダリオンが少年と目線を合わせるようにしゃがんで肩に手を置いた。
「やめておいた方がいい。彼女は傍若無人で唯我独尊――他人の運命を容易に振り回す」
真剣に説得する。
難解な言葉に少年はぽかんとしている。
「かまわないわよ」
ダリオンと女性が驚いたようにアンリエッタを見る。
アンリエッタは不敵に笑い、少年の瞳を見つめた。
「ただし、あなたが優しくて家族思いの、立派な大人になったらね」






