16 錬金術師ギルドの勧誘
声をかけてきた男と並んで街を歩く。
彼の歩みはとても遅いので、アンリエッタは速度を調整して歩いた。最近はダリオンに合わせて脚力を強化して歩いていたので、こんなにゆっくりと歩くのは久しぶりだ。
「まず、錬金術師ギルドに入ると何かメリットがあるのかしら?」
アンリエッタが聞くと、男は得意げに話し始める。
「もちろん。優秀な錬金術師には援助がされる。資金を気にせず研究に没頭できるんだ。ちまちまポーションを作って小銭稼ぎをしなくてよくなる」
――それはアンリエッタにとってはメリットにはならない。
資金援助なんてされれば、まるで飼われているようになって落ち着かないだろう。定期的に結果も求められるだろうし、億劫だ。
「……どうしてわたくしを勧誘しに来たの? あなたに何かメリットが?」
「もちろん。優秀な新人を見つけられたらギルド内での評価が上がる。アデプト級に一歩近づくんだ」
やはり、男も錬金術師らしい。
そして、錬金術師ギルドにもランク制があるらしい。
「それは、どれぐらい上の方なの?」
「もちろん錬金術師ギルドの最高峰さ! 本当は一番上にマスター級があるんだけれど、そこにはまだ辿り着いたものが一人もいない……」
随分と審査基準が厳しいようだ。
錬金術師の男は熱の入った言葉を続ける。
「僕たちの最終目標は『賢者の石』――そう、マナの究極の結晶体さ。そして不老不死――大魔女アルティナさえ到達できなかった高みへ!」
「できなかったんじゃない! しなかったの!」
「む?」
思わず叫んでしまったアンリエッタを、男が不可解な目で見てくる。
「――え、ええと、たぶんそうかなって。不老はともかく、不死は苦しいじゃない? 死にそうな状態でも死ねないとかなったら。だからあえて。あえてね」
言いながら、アンリエッタは複雑な気持ちになった。
(前世のわたくしっていまでも有名人なのね。でも、高みに到達できなかったと誤解されているのは癪に障るわ)
男は失笑して肩を竦める。
「まさか。高みに到達できるのにしないなんてありえない。どれだけ苦しかろうが、それこそ不死の喜びじゃないか! 僕ならどんな苦しみでも歓喜に震えているさ!」
アンリエッタはその宣言を苛立ちながら聞いていた。
(勝手なこと言ってくれているわね)
――だが、怒らないことにする。
この坊やはまだ真理からほど遠い場所にいる。だから好き勝手なことが言える。雛鳥は温かく見守ってやらなければならない。
世界の真理に触れれば触れるほど、慎重になっていくだろう。
傲慢になるかもしれないが、それは当人次第。
もしかしたら、そのうち世界を救う錬金術師になるかもしれない。もしかしたら。
「君も錬金術の高みに触れていけば、そんな恐れは無意味だと気づくさ。同じギルドで切磋琢磨しようじゃないか。もちろん、ギルドに入る時にはテストがある。何か錬金物を提出しないといけない。それの出来で、最初のランクが決まるんだ」
「テストねぇ……」
どんなものを持って行ってもマスター級になる自信があるが。
そんなアンリエッタが錬金術師ギルドに入るメリットとはなんだろう。
錬金術の極意を知るアンリエッタは、切磋琢磨する仲間なんていらない。
資金援助なんていらない。
アンリエッタが欲しいのは――
(……絶対に、裏切らない相手……)
心から信じられる相手。
隣にいて安らげる相手。
契約なんて物で縛らなくても、共に生きていける相手。
それこそ、エリクサーより、賢者の石より、不老不死より難しい。
「そう心配しなくていいさ。君なら合格間違いなしさ。そういう雰囲気がする」
「はぁ……」
「そうだ。君だけに特別に見せてあげよう。錬金術の高み――その片鱗を」
「……ふぅん。そこまで言うのなら、少し興味があるわね」
アンリエッタに案内されるまま、街の端にある屋敷に到着した。
立派な街なのに、その付近はとても寂れていた。屋敷も、周囲の建物と比べれば大きな方だったが、どこか陰気で寂寥とした空気が漂っていた。
「お邪魔するわ――誰もいないの? 使用人は?」
「研究の邪魔だからね。置いていないんだ」
その言葉通り、家の中に他の誰かの気配はない。
掃除もロクにされていないらしく、あちこちに埃が積もり、物が乱雑に置かれている。
アンリエッタはいますぐにでも引き返したい気分になったが、現在の錬金術師がどれほどのものを見せてくれるのかが気になってそのまま付いていく。
「ここが僕の研究室さ……」
連れていかれたのは、元々は図書室だったと思われる、一階の広い部屋だった。作りつけの本棚は長い年月で深い飴色に変わっている。そこに収められている本は、長い間開かれた気配がない。
窓ガラスは白く曇っていて、年季の入った汚れが付着したまま。
あちこちに調合用の器材が置かれているが、どれも手入れがなっていない。汚れたままだったり、ヒビが入っていたり、欠けていたり。器材に対する愛情がない。
こんな状態で正確な調合ができるのだろうかと心配になる。
もちろん、【錬金術の極意】のようなスキルがあるのなら――あるいは超熟練の大天才錬金術師なら問題ないだろうが。
「これが、錬金術の最高峰――その片鱗さ!」
男が得意げに言い放ち、奥の扉を開ける。
曇った窓ガラスから差し込む光に照らされたのは、奇怪な生物だった。
異なる生き物の部位が不自然に組み合わされ、その隙間から灰色のスライムの姿が見える。
そして、不自然な部位はすべて生きている。ぎょろっとした魚のような目も、ぬめっとした蛇のような尾も。ぴくぴく動く虫のような触覚も。
「どうだい? 美しいだろう? これぞ、命の輝きだ!」
「――お粗末」
はっきりきっぱり忖度せずに、素直な意見を言う。
「別々の生物をスライムで繋ぎ合わせてかろうじて命を保たせているだけ。合成獣とも呼べない。これのどこが錬金術の高みなのかしら? 粗末で悪趣味なただの玩具よ。鑑定する価値さえないわ」
この散らかった屋敷の、この己に無頓着な家主の、すべてがそこに凝縮されているかのような、あまりにも哀れで情けない姿。まったく美しさを感じない姿。更には生臭い。
あまりにも粗末で見苦しい。何の理念もないただの自己満足を見せつけられている。気分が悪くなってくる。
「こういう手合いって、だんだんエスカレートしていくのよね。最初はこういうスライムとか虫とかで我慢しているけれど……自分が優秀だと錯覚して、神様気取りをしだすのよ……」
どの時代にもこういう手合いはいる。
しかも、こういう人種は絶対に己より弱いものしかターゲットにしない。
己より強いものには挑まない。絶対に。
「僕をバカにしたな……」
「そう聞こえたのならそうなのでしょうね」
「……まあいいさ。元々そのつもりだった……」
「どのつもり? もっとはっきり大きな声で言ってくれない?」
ぶつぶつと呟くのでよく聞こえない。
男の暗い目が、アンリエッタを映した。
「……ライバルは、早く消すのに限る。資金援助される人数には限りがあるんだ……」
「ああ、声をかけてきたのはそういうことね。錬金術師らしい、合理的な考えだわ」
アンリエッタは感心した。
自分の理解者になるなら、錬金術師ギルドに本当に勧誘するつもりだったのだろう。
そして、味方にならないライバルは、早々に排除しておく。
とても合理的だ。
しかも相手は、か弱い美女。いつも一緒にいる護衛の男も傍にいない。
だから、あのタイミングで声をかけてきたのだろう。
男は近くにあった鉄の棒を握りしめる。先が曲がっていて、尖っていて、黒く錆びている。おそらくこの武器で、哀れな素体たちを「分解」してきたのだろう。
「わたくしも素体にするつもり?」
振り上げられた鉄の棒を「分解」しようとした瞬間、窓ガラスが割れた。
外から飛び込んできた黒い影が、一瞬で錬金術師の男の身体を払い、床に転がす。
床や机に積まれてきた器材が崩れ落ち、割れて砕ける。
派手な破壊の合奏が止んだ時、アンリエッタは思わず叫んだ。
「ダリオン?!」






