13 パーティ登録
受付に戻り、少し待たされる。
アンリエッタはその間、掲示板に張られている紙を眺めていた。どれも、冒険者ギルドに持ち込まれた依頼が書かれている。採取の依頼、モンスター討伐の依頼、アイテム納品の依頼、街の溝掃除の依頼、買い物の依頼、迷い猫探しの依頼――……
(冒険者って、何でも屋なのね)
街中の依頼は報酬額や報酬ポイントが低い。駆け出し冒険者のための依頼なのだろう。
興味深く眺めていると、名前を呼ばれる。カウンターに向かうと、ダリオンも共に来た。
「アンリエッタさん、本登録おめでとうございます。こちらが冒険者カードになります」
「ありがとう」
冒険者カードを受け取る。
金属カードには、アンリエッタの名前が確かに刻まれている。
(やった……! 身分証を手に入れたわ……!)
これで街の出入りに通行料が必要なくなる。
それだけではない。これはアンリエッタの人生の大切な一歩でもある。公爵令嬢ではなく、冒険者として生きていく第一歩。
「そして、こちらが報酬になります」
渡された皮袋はずっしりと重い。ちらりと中を見ると、金貨の煌めきが見えた。
アンリエッタはそれをローブの中に入れ、そこから『錬金術師の部屋』に投げ込んだ。
「本登録が完了しましたので、パーティメンバーの登録をされていきますか?」
「パーティ?」
「パーティを組むと、複数の冒険者で協力して依頼をこなしていくことになります。効率がよくなりますし、安全性も高まります。もし報酬の配分や人間関係でトラブルがあった時もギルドが仲介に入れますよ」
それだけ聞けばメリットしかない。
ギルド側としても、冒険者には助け合ってもらって依頼を効率よくこなしてもらいたいのだろう。
「パーティ登録って、どこかの記録に残ったりする?」
「ええ、もちろん。冒険者ギルド内の記録に残ります。パーティメンバー登録中でしたら、お互いの情報を確認できるようにもなりますので、何かあった時も安心です」
それはまずい、とアンリエッタは思った。
記憶を消す相手と一緒に行動していたことが、記録に残ってしまう。
「――パーティメンバーじゃないわ。この男はわたくしの従僕!」
「君は少し黙っていてくれ」
ダリオンが申請書を受け取り、さらさらと勝手に記入していく。
そしてそれをギルド職員に渡す。
「はい、こちらで登録完了しました」
「えっ……あ、ああーっ!」
記録されてしまった。
せっかく、今後のことを色々考えて慎重に行動しようとしていたのに。
「ダリオン!」
「……何を怒っている。冒険者として円滑に活動するためにも、登録はしておいた方がいい」
「勝手にしたことに怒っているの。次からはちゃんと相談して」
「……わかった」
「わかったのならよろしい」
不本意そうながらも同意を得たので、もう言わないことにした。
それに、今後のことを気にして行動を制限するのはとても窮屈だ。
あとでダリオンが困ろうと関係ない。
(わたくしも、好きに行動するわ)
アンリエッタは掲示板の前に戻り、一枚の紙を指差す。
「ねえ、ダリオン。わたくし、この依頼を受けてみたいわ」
――それは、推奨ランクが石級の初心者向けの依頼だった。
近くの森での薬草採集。
銀級が受ける依頼ではない。
「意外だな……君ならもっと難しいものをしたがるかと思ったが」
「最初からそんなものに手を出さないわよ。こんな低ランクに付き合いたくないとか言わないわよね」
「まさか。むしろ安心したくらいだ」
ならいっそもっと高ランクの依頼に挑戦してやろうか――
上の方にある高ランクの依頼書を確認していると、一番左上にある古びた依頼書が目に留まる。
――討伐依頼。ブラックドラゴン。場所は『魔女の森』。報酬は応相談――……
「あら? これって、この前倒した―――むぎゅう」
アンリエッタはダリオンに口を塞がれ、引きずられるようにして外に出た。
そしてそのまま冒険者ギルドの裏――人気のない場所まで連れていかれ、ようやく解放される。
「なんなのよ、いきなり」
「――アンリエッタ。言っていなかった私に非があるが、竜を倒した話は他言しないでほしい」
「どうして?」
「竜を倒したことが正式に認められれば、冒険者ランクが白級まで引き上げられる」
「いきなりそこまで? それは困るわ」
世界中のギルドで情報を共有されるのは困る。
拒否できない指名任務を出されるのも困る。
「素材の提出も求められる」
「嫌よ! あの竜は全部わたくしのものよ!」
「ならば、黙っておいた方がいい」
「そうね……」
竜素材を求められるのもとても困る。あれは金銭には代えられない。
黙って置くほかないのだが――
「ダリオン、あなたはいいの?」
アンリエッタはダリオンを見上げる。
濃い青の瞳に、金色の髪。恵まれた体躯に、無愛想ながらも整った顔立ち。
きっと、騎士だったころはかなりの高位の騎士だっただろう。
そして貴族の出身だ。
貴族に生まれ、貴族に囲まれて育ってきたアンリエッタは、ダリオンとふたりきりの時には気づかなかったが、街で他の人々とダリオンを比べるとよくわかった。
彼の動きには粗雑なところがない。品がある。
歩き方、戦い方、食事の作法――座り方。そのすべてに。
そんな彼が冒険者となって、竜を倒して正義を証明しようとしていた。
深い理由があるのは間違いない。
「竜を倒したことを世間に認めてもらわなくていいの? わたくしは、あなた一人の功績にしてもらって全然かまわないのだけれど?」
アンリエッタは、ダリオンが望むなら、竜素材の一部ぐらい提供してもいいと思っている。
かなり惜しいが、頭ぐらいなら。
ダリオンは首を横に振った。
「私が竜に挑んだのは、個人的な挑戦だ」
「個人的に自分の正義を証明したかったの? 竜にとっては迷惑な話ね」
「……そうだな。違いない」
ダリオンはわずかに視線を逸らし、遠い目をする。
何を思い、何を考えているのか、アンリエッタにはまったくわからない。
「わたくし、あなたの事情は何にも知らないけれど――」
乾いた風に流れる髪を押さえながら、アンリエッタはダリオンを見つめた。
ダリオンの眼が、アンリエッタを映す。
「あなたは立派に正義の人よ。もし、あなた自身が自分を疑うようなことがあったとしても――わたくしは、あなたの正義を信じるわ」
ダリオンの表情がわずかに変わる。
アンリエッタは微笑んだ。
「だって、あなたって、不器用なほどにまっすぐなんだもの。だからあなたも、自分を信じてあげなさい」
「…………」
「まあ、わたくしはあなたが悪でも何でも構わないけれどね」
「知った風なことを」
「言うわよ。わたくし我慢しないもの」
アンリエッタは不敵に笑い、踵を返す。
「とりあえずさっきの薬草採取の依頼を受けましょう。多めに取ってポーションを作りたいの」
「君は素材もなく錬成できるだろう」
「一から作るより、素材をアレンジした方が楽なのよ。料理も、食材を育てるところから始めるより、材料を買ってきた方が楽でしょ?」






