14 薬草採取
冒険者ギルドで薬草採取の依頼を無事受注する。
近くの森に向かう前に、アンリエッタは市場で買い物をしていくことにした。
市場には昼過ぎになっても様々な店が並んでいる。
アンリエッタはダリオンを連れて歩きながら、質の良い野菜と果物を次々選び、買っていく。買ったものはダリオンに持たせた。
「ダリオンって有名人なのね。あちこちから、とっても視線を感じるわ」
「……見られているのは君の方だ」
「まあ。仕方ないわね。こんなに美しいのだから」
アンリエッタは自信たっぷりに微笑む。新しく街にやってきた美女に視線が集まらないはずがない。
だがやはり、視線の半分はダリオンへのものだ。老若男女問わず、憧れのような眼差しをダリオンに向けている。
本人が気づいていないのは、見られることに慣れ切っているからか。
(自分のことには無頓着なのね)
買い物を終えると、買ったものを受け取って、『錬金術師の部屋』に投げ込む。
そのまま街の外に出た。目的地の森までは歩いて一時間ほどだ。行って仕事をして帰っても夜までには戻ってこれる。
平和な森だった。
心地いい風が木々の葉を揺らして、どこかから鳥のさえずりが聞こえる。
光がたくさん差し込んで、開放的な雰囲気だ。あちこちに薬草がたくさん自生している。
ピクニックもできそうな平和さだ。
(モンスターも出没するらしいけれど、凶暴なものはいないというし、初心者冒険者の練習場のような場所ね)
もしかしたら冒険者ギルドが管理しているのかもしれない。
「さて、お仕事を始めましょうか。わたくしが摘むから、ダリオンは一応辺りを警戒してて」
納品に必要な量は多くない。アンリエッタは質のいい薬草を選んで採取していく。指定された薬草だけではなく、ハーブも摘んでいく。
時折ダリオンの視線を感じながら歩き回っていると、湧き水を発見した。
透明な水に触れてみると、冷たさが心地よかった。
「ダリオン、ここでポーションを調合をするから辺りを見張ってて」
「わかった」
アンリエッタは調合材料を取り出した。
集めた薬草とハーブの一部を乳鉢と乳棒ですり潰し、鍋に水と入れる。
魔力を与えながら掻き混ぜていくと、マナと治癒成分が溶けだしていく。
(薬草とハーブの配合比率がポイントなのよね)
爽やかな香りを嗅ぎながら混ぜていく。
地道な調合も、これはこれで楽しい。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――
【自然の加護】【品質向上】
(あ……スキルが発動してる……)
鍋の中できらきらと光が輝いている。水の色が青く変わっていき、輝きがさらに増していく。
「ポーション完成――」
市場で買った小さなガラス瓶に完成したポーションを慎重に注ぐ。
青い輝きを放つ美しいポーションを日光に透かし、アンリエッタは苦笑した。
(通常の手順で作っても、この最高品質……)
チートスキルはいつだってチート。
普通の材料、普通の手順で作ってこの完成度。マナから直接錬成したものにも劣らない。
きっと、ひどく劣化した材料から作っても同じだろう。
「……ギルドマスターってどれぐらい資産家なのかしら。全部買い取ってもらったら、破産しちゃいそうだわ」
「質を抑えて作ればいいだけの話だろう……」
「天才だから質の低いものは作れないの」
「……そうか」
出来上がったポーションと調合材料を片付けていく。
それと同時に、湧き水を火にかけて湯を沸かす。
「困ったわね。他にできそうな依頼はあったかしら」
湯が湧いたら紅茶を入れて、火から下ろして蓋をする。少し経ってから牛乳を取り出して鍋に入れ、弱火にかける。沸騰直前で火を止めて、お気に入りのティーセットを二客取り出して茶葉を濾しながら、ミルクティーをカップに注ぐ。
最後にハチミツを少し。
「冒険者ランクを上げるつもりがないのなら、無理に依頼を引き受ける必要はない」
「そうだけれど、資金が欲しいのよ。はい、ダリオン」
ダリオンにミルクティーを渡すと、ダリオンはやや躊躇いながらも受け取った。
「ああ、おいしいわ……」
ミルクティーを飲み、アンリエッタはそのおいしさに感動した。
さすが自分。さすが【錬金術の極意】――紅茶も完璧だ。
ダリオンも大人しく飲んでいる。
「いっそ錬金術師ギルドに行ってみようかしら。わたくしの才能を生かせる仕事があるかもしれないわ」
「……錬金術師として独立するなら、ギルドに所属する必要出てくるだろうが……」
歯切れが悪い。
錬金術師に対して、あるいは錬金術師ギルドに対してあまりいい印象がないようだ。
「ふふっ、まあいいわ。必要があったら、わたくし自身で見てくるから」
アンリエッタはそれ以上は追及せず、軽く笑って流した。
「……君はとても危うい」
ダリオンは飲み終わったカップをソーサーに置き、呟く。
その表情は、本気でアンリエッタを心配しているように見えた。
「悪い大人に騙されないように気をつけた方がいい」
「もう、また子ども扱いして」
飲み終わったカップとソーサーを片づける。
「――さて。充分な量の薬草も集まったし、そろそろ戻りましょうか」
アンリエッタが立ち上がった瞬間――
「うわあぁあ! あっち行けええぇぇ!」
遠くから響く切羽詰まった悲鳴が、森の静寂を乱した。
ダリオンが即座に立ち上がり、走る。アンリエッタもその背中についていく。
藪を突っ切ると、そこには片手にナイフ、片手に薬草を抱えた、10歳に満たないくらいの少年が震えながら立っていた。その周りを狼のモンスターが取り囲んでいる。
ダリオンが剣を抜き、流星のような光が迸る。
次の瞬間、モンスターたちは倒されて地に臥していた。
(速い――)
あまりにも速すぎる。何かの強化魔法を使っているのかと思うほど。
敵を倒し切ったダリオンは少年を背に庇い、周囲を警戒していた。
そして危機が去ったとみると、剣を鞘に納める。
少年はへなへなと地面に座り込みながら、ダリオンの大きな背中を呆然と見上げていた。
「大丈夫? 怪我はない?」
アンリエッタは少年を刺激しないように、できるだけ落ち着いた声をかける。
ゆっくりと振り返った少年に向けて、微笑む。
「ミルクティーは好きかしら?」
湧き水を沸かし、丁寧に淹れたミルクティーを少年に渡す。先ほどより少しだけハチミツを多めにして。
一口飲んだ少年は目を見開き、そしてほっと息を零した。
「……おいしい……こんなおいしいもの、はじめて……」
「気に入ってもらえてよかったわ。それで、ひとりでここに来たの?」
問うと、少年は躊躇いがちに頷く。
「どうして?」
「……母さんが病気で……ポーションを買うお金を稼ぎたくて……」
少年は視線を落とし、抱えている萎れた薬草を見つめる。
この薬草を売って、母親の病気を治すためのポーション代にしようとしているのだろう。
(なんて健気なの……!)
アンリエッタは感激に震えた。思わず涙がにじむ。
何という健気さ。なんという親子愛。
――ただ、この少年は一つ勘違いをしている。
病気はポーションでは治らない。
(普通のポーションで治るのは怪我だけなのよね……)
アンリエッタは涙を拭うふりをして背を向け、こっそりと宝石を取り出してこっそりエリクサーを作った。
溢れ出る光の中、完璧なエリクサーがアンリエッタの手の中に現れる。
アンリエッタはそれを持って、くるりと少年の方を振り返った。
「わたくしも薬草採取のために来たのだけれど、どうしても薬草が見つからないの。お願い。あなたの薬草をいただけないかしら。もちろん御礼はするわ」
「えっ……でも……」
アンリエッタはエリクサーを少年に見せる。
「これはね、どんな病気も治せる魔法のお薬よ。ただ、もうすぐ期限切れになってしまうものだから、どこかに売ったりできないの。もちろん、すぐに使う分には問題ないわ」
アンリエッタは少年の目をじっと見つめ、お願いするように微笑んだ。
「これとあなたの採った薬草と交換してもらえないかしら?」
少年はしばらく悩むように、手の中の薬草とエリクサーを交互に見つめた。
そして、こくりと頷く。
「うん……いいよ」
――交換成立。
アンリエッタは少年にエリクサーを渡し、そして少年から薬草を受け取る。
母を想う心のこもった薬草を。
「ありがとう。これであなたのお母様の病気もきっと治るわ。わたくしも、こんな素晴らしい薬草と交換できて幸せよ」
アンリエッタは萎れた薬草を束ね、胸に抱える。爽やかな香りが心地よかった。
「さあ、早く街に戻りましょう。きっと、あなたのお母様も心配しているわ」
その後すぐに街に戻り、アンリエッタは少年を送り出した。
「さあ、早くおうちに帰ってあげなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん、おじちゃん!」
少年は満面の笑みを浮かべて手を振ってから、急いで家に帰っていく。すぐにでも母親に薬を渡したくて仕方ないのだろう。
アンリエッタは微笑みながら少年に手を振り返し、小さな背中が雑踏の中で見えなくなるまで見守った。
そして、ダリオンを見る。
「……ねえ、ダリオン。もしかして、地味にショックを受けてる?」
――おじちゃん、と言われたことに。
「そんなことはない……」
そう言うダリオンの顔は強張っている。
アンリエッタは思わず吹き出した。
「ふふふっ、仕方ないじゃない。きっと、あの子の親と同じぐらいの年だもの」
「気にしていないと言っているだろう」
少し怒ったように言う。
「それにしても、君は随分と優しいことだ」
「あの薬のこと?」
エリクサーとまでは気づいていないかもしれないが、薬草以上に貴重な錬金物だとは気づいているだろう。
「わたくしはあの子の思いやりに感動したの。だからいいの」
ダリオンの小さなため息が、夕焼けと雑踏の中に溶けていった。






