13 別れ
暖かな日差しを遮った納屋の気温は外より低く、肌寒く感じるほど。だが、私の体温は上昇し、その冷たさが心地よいほどになる。
走ってきたからではない。今から言うことが、私の本心で口にするようなことではないからだ。いや、口にしてはいけないことを言うわけではない。ただ、恥ずかしいので口にすることなどあまりないというだけのこと。
「私は・・・変えたいって、思っていることがあるの。」
「そうだろうね。誰にもそういうものはあると思うよ。僕だってそう。変えたいことなんて、たくさんあるよ。でも、変えることで失うものがある限り、変えたくないって思う。」
「あなたは、何を変えたいの?」
「言いたくない。言ってしまえば、変えたいっていう思いが強くなる。」
そう言って少年は黙り込んだ。
少年が変えたいのは、すべてなんじゃないかと思う。この村にいることも、この村の遊びも関係も、すべて飽きたように私には見えた。それでも変えようとしないのは、失うことが怖いから。失ったら、どうすればいいのかわからないのだろう。
私もそう。
小学生の時、私は牧口が好きだった。でも、それを彼に伝えたことはない。
本当は、彼の隣にいる存在になりたいと思った。でも、それは私が思いを口にしない限りそうなる可能性はない。だが、口にしたとしてもそうなる可能性は低い。
彼の隣にいたいからと思いを口にすれば、断られた時私はどうすればいいのかわからない。それに、周りの友達とも関係が悪くなって、彼と一緒に遊ぶこともできないような気がした。
変えようとすれば、今持っているものも意図せず変わってしまう。
変えることはリスクが高すぎるのだ。
「でも、変えたくなくっても、変わることはあるよ。」
「この村では、それはないよ。」
私が牧口との関係を変えようとしなくても、牧口は彼女ができて、クラスがちょっと変わって、年齢が上がって遊ばなくなって・・・いろいろな要因で、私は牧口と疎遠になった。
私は変わらなかったし、変えようとしなかったけど・・・牧口や周囲の環境、関係は変わってしまって、私だけが取り残された。
少年は、この村ではそれがないという。
それは、この村の住人が変わることをだれも望んでいない・・・いや、変えることをしようとはしていないからだろう。あまりにも病的に、村人は同じ毎日を送ろうとしていた。
この村で、私は異質だ。たぶん、村の変化と言えるのは私ぐらい。そんな私を村が受け入れるのは、きっと彼らも私と同じようにこの村をやってきたからだろう。
だから、外からくる人間についての変化だけは、許容している。
「この村でも、変わるよね?現に私が今ここにいる。」
「でも、それだけだよ。」
「本当にそう?私が村に入ることで、何かがきっと変わったはずだよ?」
「・・・ここで、話をする人ができた。それだけだよ。」
周囲に目をやって、最後に私を見て目を細めた。
「寂しかった・・・また、寂しくなるのは・・・嫌だな。」
「なら、一緒に行こう。」
「それはできない。もう、僕は失いたくないから。」
「でも、どちらにしろ失うよ?わかっているよね、このままだと私は・・・もうあなたの前に現れなくなる。私は、もうあなたに会えなくなる・・・寂しいよ。」
「なら、ここにいればいい。」
「少し前ならそれもいいかと思った。けど今は・・・変わることが悪いこととは思えない。逆にいいことだって思えるから。」
「残念だよ。君のこと、お気に入りだったのに。」
「私は、好きだよ。あなたのことが。」
「知ってるよ。」
少年はそう言って、私の腕をつかんでいた手を離した。
「僕は、変える勇気がないや。君が村の住人になってくれるのなら、その思いに応えられたのに。」
「そっか、それは残念だね。」
「本当に。」
笑い合って、手を伸ばし合った。すぐに温かい手が触れて、心臓が高鳴る。
「いいの、この手を手放して?」
「いいの、ずっとこのままで?」
この村にずっといれば、きっとこの胸の高鳴りもいつかなくなってしまう。お互いに、いつかきっと飽きてしまうだろう。慣れとは言えない、飽きが来れば・・・そこには何も残らない。
「この村を出たら・・・もう僕の居場所はない。」
「私が居場所を作るよ。」
「その思いがいつまで続くかわからない。だって、一か月で君はすごく変わったよ。そんな君が、いつまでも変わらずに僕の隣にいてくれるなんて、信じられないね。」
「・・・そう。」
俯く。胸が痛かった。でも、否定はできない。変わることに抵抗が無くなれば、もうどんな自分になるのか想像がつかない。彼をずっと思い続けるなんて自信はなかった。
冷たい風が吹いた。
「え?」
顔を上げると、少年の体が透けていた。いいや、少年だけではない、納屋まで透けていて・・・彼らの先に見えるのは村ではなく、林だった。
「あぁ、もう君がほとんど見えない。」
「私も・・・」
「そっか、君はもう選んだんだね。」
選んだ。それは、村か外か・・・私が外、変わることを選んだから、もう村を見ることができなくなるのだろう。
少年が幻の存在のようになる。でも、まだ少年の手に触れているという感覚はしっかりとしていて、少年がまだいる・・・少年と繋がっていることが分かる。
お別れしないとな。
「ありがとう。君がいたおかげで・・・寂しくなかった。」
「・・・私も、楽しかったよ。」
あぁ、そうだ。何度も少年が言っていた。
私がいなくなれば、少年は納屋で一人寂しい思いをするのだろう。
それでも、私は村にいることを選べない。
「もしもまた会えたら・・・またたくさん話をするよ。だから・・・」
だから何だというのか。また会えるかもわからない。いつかたくさん話をするなんて約束、果たせるかもわからないのに。
自然と顔を俯かせようとした私の手を、少年が力強く握った。
「またね。僕はずっとここで待っているから。」
「・・・うん。」
「だから、俯かないで前を見て。いろいろなことを見逃さないで。そうすれば、僕と会ったときに、話のタネが増えるでしょ?」
「わかった。」
そうだ。変わるなら、リスクをおかしてまで変わったのなら、その結果を余すこと見なければ損だ。
「もう、俯かないよ。あなたに話したいことを見逃すなんて、もったいないからね。」
「・・・また会える日を楽しみにしているよ。」
「うん、また。」
唐突に、少年の姿が消えた。透けてはいたが見えていた少年が、本当に見えなくなってしまった。手にあった感触ももうない。




