表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

13 別れ



暖かな日差しを遮った納屋の気温は外より低く、肌寒く感じるほど。だが、私の体温は上昇し、その冷たさが心地よいほどになる。

走ってきたからではない。今から言うことが、私の本心で口にするようなことではないからだ。いや、口にしてはいけないことを言うわけではない。ただ、恥ずかしいので口にすることなどあまりないというだけのこと。


「私は・・・変えたいって、思っていることがあるの。」

「そうだろうね。誰にもそういうものはあると思うよ。僕だってそう。変えたいことなんて、たくさんあるよ。でも、変えることで失うものがある限り、変えたくないって思う。」

「あなたは、何を変えたいの?」

「言いたくない。言ってしまえば、変えたいっていう思いが強くなる。」


 そう言って少年は黙り込んだ。

 少年が変えたいのは、すべてなんじゃないかと思う。この村にいることも、この村の遊びも関係も、すべて飽きたように私には見えた。それでも変えようとしないのは、失うことが怖いから。失ったら、どうすればいいのかわからないのだろう。


 私もそう。

 小学生の時、私は牧口が好きだった。でも、それを彼に伝えたことはない。


 本当は、彼の隣にいる存在になりたいと思った。でも、それは私が思いを口にしない限りそうなる可能性はない。だが、口にしたとしてもそうなる可能性は低い。


 彼の隣にいたいからと思いを口にすれば、断られた時私はどうすればいいのかわからない。それに、周りの友達とも関係が悪くなって、彼と一緒に遊ぶこともできないような気がした。


 変えようとすれば、今持っているものも意図せず変わってしまう。

 変えることはリスクが高すぎるのだ。


「でも、変えたくなくっても、変わることはあるよ。」

「この村では、それはないよ。」


 私が牧口との関係を変えようとしなくても、牧口は彼女ができて、クラスがちょっと変わって、年齢が上がって遊ばなくなって・・・いろいろな要因で、私は牧口と疎遠になった。


 私は変わらなかったし、変えようとしなかったけど・・・牧口や周囲の環境、関係は変わってしまって、私だけが取り残された。


 少年は、この村ではそれがないという。

 それは、この村の住人が変わることをだれも望んでいない・・・いや、変えることをしようとはしていないからだろう。あまりにも病的に、村人は同じ毎日を送ろうとしていた。


 この村で、私は異質だ。たぶん、村の変化と言えるのは私ぐらい。そんな私を村が受け入れるのは、きっと彼らも私と同じようにこの村をやってきたからだろう。

 だから、外からくる人間についての変化だけは、許容している。


「この村でも、変わるよね?現に私が今ここにいる。」

「でも、それだけだよ。」

「本当にそう?私が村に入ることで、何かがきっと変わったはずだよ?」

「・・・ここで、話をする人ができた。それだけだよ。」


 周囲に目をやって、最後に私を見て目を細めた。


「寂しかった・・・また、寂しくなるのは・・・嫌だな。」

「なら、一緒に行こう。」

「それはできない。もう、僕は失いたくないから。」

「でも、どちらにしろ失うよ?わかっているよね、このままだと私は・・・もうあなたの前に現れなくなる。私は、もうあなたに会えなくなる・・・寂しいよ。」

「なら、ここにいればいい。」

「少し前ならそれもいいかと思った。けど今は・・・変わることが悪いこととは思えない。逆にいいことだって思えるから。」

「残念だよ。君のこと、お気に入りだったのに。」

「私は、好きだよ。あなたのことが。」

「知ってるよ。」


 少年はそう言って、私の腕をつかんでいた手を離した。


「僕は、変える勇気がないや。君が村の住人になってくれるのなら、その思いに応えられたのに。」

「そっか、それは残念だね。」

「本当に。」


 笑い合って、手を伸ばし合った。すぐに温かい手が触れて、心臓が高鳴る。


「いいの、この手を手放して?」

「いいの、ずっとこのままで?」


 この村にずっといれば、きっとこの胸の高鳴りもいつかなくなってしまう。お互いに、いつかきっと飽きてしまうだろう。慣れとは言えない、飽きが来れば・・・そこには何も残らない。


「この村を出たら・・・もう僕の居場所はない。」

「私が居場所を作るよ。」

「その思いがいつまで続くかわからない。だって、一か月で君はすごく変わったよ。そんな君が、いつまでも変わらずに僕の隣にいてくれるなんて、信じられないね。」

「・・・そう。」


 俯く。胸が痛かった。でも、否定はできない。変わることに抵抗が無くなれば、もうどんな自分になるのか想像がつかない。彼をずっと思い続けるなんて自信はなかった。


 冷たい風が吹いた。


「え?」


 顔を上げると、少年の体が透けていた。いいや、少年だけではない、納屋まで透けていて・・・彼らの先に見えるのは村ではなく、林だった。


「あぁ、もう君がほとんど見えない。」

「私も・・・」

「そっか、君はもう選んだんだね。」


 選んだ。それは、村か外か・・・私が外、変わることを選んだから、もう村を見ることができなくなるのだろう。


 少年が幻の存在のようになる。でも、まだ少年の手に触れているという感覚はしっかりとしていて、少年がまだいる・・・少年と繋がっていることが分かる。


 お別れしないとな。


「ありがとう。君がいたおかげで・・・寂しくなかった。」

「・・・私も、楽しかったよ。」


 あぁ、そうだ。何度も少年が言っていた。

 私がいなくなれば、少年は納屋で一人寂しい思いをするのだろう。


 それでも、私は村にいることを選べない。


「もしもまた会えたら・・・またたくさん話をするよ。だから・・・」


 だから何だというのか。また会えるかもわからない。いつかたくさん話をするなんて約束、果たせるかもわからないのに。


 自然と顔を俯かせようとした私の手を、少年が力強く握った。


「またね。僕はずっとここで待っているから。」

「・・・うん。」

「だから、俯かないで前を見て。いろいろなことを見逃さないで。そうすれば、僕と会ったときに、話のタネが増えるでしょ?」

「わかった。」


 そうだ。変わるなら、リスクをおかしてまで変わったのなら、その結果を余すこと見なければ損だ。


「もう、俯かないよ。あなたに話したいことを見逃すなんて、もったいないからね。」

「・・・また会える日を楽しみにしているよ。」

「うん、また。」


 唐突に、少年の姿が消えた。透けてはいたが見えていた少年が、本当に見えなくなってしまった。手にあった感触ももうない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=760365468&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ