第3章15
「まさか、お嬢様がスリッパの考案者であったとは……知らなかったとはいえ、失礼を致しました。けれどお陰様で商品が軒並み売り切れまして……さすがでございますね」
厚化粧の店員は、額に光る汗を拭き吹き苦笑いを浮かべていた。
そんなに拭くとせっかくのお化粧が取れちゃわないか、私はさっきから気が気ではない。
あっ!ほら、額の色が変わって……あああ、ハンカチすごい色だよ。
私たちは現在、先ほどの店の奥にある応接室で、冷たいジュースをご馳走になっている。
久しぶりの販促活動は楽しかった。だいぶご無沙汰だったためか、楽しすぎてまだこちらには流通していない商品のピーアールまでしてしまったし、ついでにミカエルをモデルにして男性用乗馬ブーツの紹介までしてしまった。
レミーエ様の旦那様にプレゼントしようと様々な靴を持参してきていたのが役に立って本当に良かった。
ブーツを急いで宿から届けてくれたシシィは呆れ顔だったけれど……
お陰で声がえらくガラガラだが、その甲斐あってこの店の店主が商品の取り引きをしたいと持ちかけてきて、その人物がやってくるのを待っている次第である。
図らずもルメリカでの販路の拡大が出来そうで、私は大変わくわくしている。
いやー、仕事のあとのビール……じゃないのは残念だが、ジュースは格別である。
「いえそんな、オホホ……ところでビールはありませんか。……じゃない、スリッパの正しい使い方が理解して頂けたみたいで本当に良かったわ」
「いやあ、スリッパが室内履きであるとは盲点でございました。ましてダイエットに効果があるなどと……私も早速試してみようと思います」
店員は、ジュリア様の美脚をチラリと羨ましげに見た後、ひとつ頷いて私に視線を戻した。
「ところで、ビール?とはなんでございましょう?なにかお望みのものがあればすぐに手配させて頂きますが……」
私にそう申し出る彼女の瞳には、隠しきれない興味の色が覗いていた。恐らく新たな商売の芽があるのでは、と期待しているのだろうが……
私は頬をかきかき、誤解を解こうと口を開いた。
「いやあ、ビールというのは、麦でできたお酒の事で……こう、黄色くてシュワ〜ッとしてて、クックックッと……くうううう……」
思い出したら止まらない。
飲みたすぎて手がわきわきしてくる。
「コ、コゼット様?大丈夫ですか?」
身悶える私にジュリア様がオロオロとしているが、次々に蘇る前世の記憶に、私はもはや瀕死の重体である。
そんな私の様子を見ていたミカエルが、考えるような仕草で口を開いた。
「ビール……ってのは知らないけど、似たようなものはあるヨ。麦から作ったお酒なんだケド……庶民の飲み物であまり貴族には好まれていないけどね。僕は好きだな!ハハッ!」
「んまああああああ!あるの?!ハッ!これはまさか夢?!いや、夢ならせめてひとくち飲んでから……!」
なんという事でしょう。
まさかビールがあるだなんて、これだけでもルメリカに来て良かったと心から思える。
……いや待て。まだ本物かどうかわからない。こと、これに関してはぬか喜びだけはゴメンだ。
私はつとめて真剣な表情を作ると、居住まいを正してミカエルに向き直った。
「コホン。ミカエル!」
「な、なんだい?!」
ミカエルは、私のあまりに真剣な表情にビビっているが、それだけ重要な案件なので当たり前である。
「その、麦で作ったお酒が飲みたいわ!是非是非是非ともお願いします!!」
いかん。本音がだだ漏れで取り繕った意味がなかった。
「ぷっ!あはははははは!」
室内に流れる微妙な空気を切り裂くように、快活な笑い声が響き渡った。
声のした方を振り向くと、部屋の入り口で赤銅色の髪の長身の男が腰を折り、お腹を抱えて笑っていた。
「あの、どちら様ですか……?」
いきなり笑うなんて失礼なやつだ……しかし誰なんだろう。
訝しみながら私が問いかけると、聞き慣れた声が私の耳を打った。
「エリオット!いつまで笑っているの!失礼じゃないの!」
笑いの発作が止まらない男を押しのけ、室内に入ってきたのは……今日も見事な縦巻きロールを優雅に揺らした、レミーエ様だった。
「レミーエ様……!」
私とジュリア様はガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、懐かしい彼女の元に駆け寄った。
レミーエ様は、以前と変わらない……いや、以前よりもずっとずっと美しい、満たされた笑みを浮かべて優雅に礼をした。
「……ジュリア、コゼット。お久しぶり。遠いところをわざわざありがとう!こうして再び会うことが出来て……本当に嬉しいわ」
新しく連載小説を投稿し始めました。
鉢かぶり姫奇譚〜悪魔王女と呪いの鉢〜
童話の鉢かぶり姫をモデルにした、コメディタッチの冒険物です。真実の愛を求めて旅に出たはずが、行く先々でトラブルに巻き込まれる主人公の物語!
何話かずつで区切りのつくお話にしていく予定です。
宜しければそちらもお読み頂けたら嬉しいです!
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