暑苦しい親子
「ふう……」
力なく床にカランと落ちたそれを手に取り、私はため息を吐いた。
何度やってもあいつの様には出来ない。
いくら練習しても、理想の動きには程遠いのだ。
あいつがしていたような、力強くも美しい、洗練された……
かの日の彼の動きを思い出し、悔しさに拳を握り締めた。
今、彼女はあまりに遠い空の下。
彼女が残していったこれを、誰よりも上手く扱うことができれば……早く彼女に会えるような気するのに……早く会いたい。
今までに、簡単に王都から離れることの出来ぬ我が身をこれほど呪わしく思った事はなかった。
届かぬ想い、か……
私は悔しさを滲ませながら、拳に目を落とした。
「諦めるのですか」
ひと気のない早朝の鍛錬場。
戦時でもないため、自分くらいしか利用するものはいないかと思ったのだが……
突然かかったその声に、私は弾かれたように顔を上げた。
春にはまだ少し遠く、肌寒い鍛錬場の中、彼だけは熱を放っているように熱かった。
「もっと、熱くなれよおおおおおおお!頑張れ!出来る!必ず出来る!本気を出せ!ほら行きますよ!ハイッ!ハイッ!」
「え、ちょ、ま……」
「まだだ!まだいける!熱くなれ!頑張れ!」
「いやあの……待って下さい!レイニード騎士団長!」
突然、怒涛の勢いで詰め寄ってきたレイニード騎士団長は、手に持ったふらフープを私の腰の位置で持つと、物凄い勢いで回転させた。
しかし、肝心の私が回転のリズムに乗れていないせいか、ふらフープはカランカランと大きな音を立てて落ちてしまう。
「もう一回だあああ!本気を出せええええ!」
「ハ……ハイッ!」
私はそれからおよそ三時間。
レイニード騎士団長の掛け声に合わせて、必死になってふらフープをまわし続けた。
「はあ、はあ、はあ……」
「王太子殿下!お疲れ様でございました!やはり何でも気持ちで前にいくことが大切でございますね!やれば出来る!やれば出来る!」
汗だくになって倒れ伏す俺に、無駄に爽やかな笑顔で白い歯をきらめかせながらレイニード騎士団長は快活に笑った。
ちょっと感傷に浸ってみただけなのに、どうしてこうなった。
……お陰でゲオルグ並みのふらフープ技術を身につけることが出来た気がするが、腰は痛すぎるし膝は大笑いしている。
そんな私を尻目に、レイニード騎士団長はふっと懐かしげに目を眇めた。
「殿下に剣術指南をしていた頃を思い出しますな……あの頃の殿下はまだ幼い手で必死に剣を振るって……」
レイニード騎士団長の目にキラリと光るものが浮かぶ。
なんだかいい思い出のように語っているが、あの鍛錬は本当に地獄だった。
厳しいだけならば構わない。
一国の王太子として、私にも覚悟と意地がある。なにが地獄だったかって、地味な基礎訓練の間も、レイニード騎士団長がずっと耳元で暑苦しく叫び続けるのである。
耳の鼓膜が破れるのではないかという大声で、腹筋や腕立てをする私の横で「頑張れ!やれば出来る!頑張れ!頑張れ!」と叫ぶ騎士団長。
……本当に暑苦しかった。夢にまでみた。
そして、同じくらい嫌だったのが、ミニ騎士団長のようなゲオルグだ。
ヤツは鍛錬をしつつ、「出来る!出来る!本気!本気!」と叫び続ける。
本当に暑苦しい似たもの親子だ。
……一時期、顔も見たくなかった。
私が物思いに耽っていると、スッと手が差し出された。
「……ゲオルグ」
手を握り返すと、体を引き上げられた。
ゲオルグはニッと笑って、騎士団長と同じ白い歯を見せつけた。
「殿下、お疲れ様でした。こちらにいらしたのですね。殿下に出立を伝えようと思い、探しておりました」
「……出立?」
常にないゲオルグの丁寧な口調に、私は嫌な予感がし……訝しげに首を傾げた。
「ルメリカに行って参ります!あいつが居ないとつまらないですからね!ハッハッー!!では!」
「おまーっ!ズルいぞ!私は行けないのに!」
「ハッハッハッ!ーーーーだって俺……冬休みですから!」
笑い声を残し、ゲオルグは風のように走り去って行きやがった。
覚えてろ、あの野郎……
ゲオルグが帰国した暁には、正式に私の側仕えとして任命してやろう。予定より少し早いが、遅かれ早かれそうなる予定だったのだから問題ない。……二度と抜け駆けさせないからな。




