第3章13
運ばれてきたコーヒーを口に含み、私はなんとか気を取り直した。
ああ、やっぱりコーヒーは美味しい。
目の前の空間を切り裂くような白い物体から意識をそらし、私は深く嘆息した。
「落ち着く香りですわね。この苦味がたまりません。……ところでケーキが欲しくなりませんこと?」
「確かに!とても美味しいけれど苦いですものね!これにはケーキが合いそうですわ!」
ジュリア様が飲んでいるのはミルクと砂糖をたっぷりいれたカフェオレだが、普段は紅茶を飲みなれている方からしたらやはり苦味は慣れないかもしれない。
一方、私はミルクも砂糖も入れていないブラックコーヒー。
久しぶりのコーヒーの味をしっかり堪能したかったのだ。
「そうでしょう?シナモンの効いた芳ばしいアップルパイなどもとっても合うと思いますの!」
「んまあ!なんて美味しそう!」
その時、ミカエルが意外そうな顔でポツリとこぼした。
「……コゼット嬢は随分とコーヒーに慣れているんだね。君の喫茶店ではコーヒーもだしているのかな?砂糖もミルクもいれないで、苦くないのかい?」
「えっ……そ、そうかしら?」
「ハハッ!みんな、慣れないうちはミルクと砂糖をたっぷりいれるからね!ブラックで飲むなんて、通だネー!」
ミカエルのくせに、鋭いツッコミを放ってきた。
「そういえば……シグノーラの喫茶店にはありませんわよね。新商品としてお出しになるのかしら?それで試飲をしてらっしゃったとか!」
思わず口ごもった私の隣から、ジュリア様がポンと手を叩きながら助け舟を出してくれた。
まあ、ジュリア様は私の前世の事は知らないので無意識だろうが助かった。
「え、ええ!今度、新商品として出そうかと思っていますの。そうね、ルメリカで伝手を作って輸入出来たらいいと思いまして……オホホ」
内心、冷や汗を垂らしながら取り繕う。
危ない危ない。
「イイね!それなら、エリオット様に相談するといいよ!なにせルメリカで一番の商人だしね!」
「さすがコゼット様。やり手ですわね!抜け目ありませんわ!」
「えっ!いや、あらやだ。オホホ……」
エリオット様というのは、レミーエ様の結婚相手の方だが……商人だったのか。
招待状に書かれていた名前がエリオット、なんとかかんとかルメリカだったから、ルメリカの王族の方だとばっかり思っていたのだが、商人でもあるらしい。
なんだか思わぬうちに商売を拡げることになりそうだ……まあ、アルトリアでもコーヒー飲みたいし、いいか。
しかし、ジュリア様はなんだが私を過大評価しているような気がするのだが、気のせいだろうか。
「さア、お嬢様がた!そろそろ街に繰り出そうか!」
ミカエルの言葉にハッとした私は、しかし気を取り直してガシッと彼の肩を掴んだ。
街に繰り出すには、まずやらなければならない事がある。
「ミカエル。まずは服屋に案内して頂けるかしら。男物の」
「エッ」
「早く」
「エッ」
私の迫力に一歩後ずさったミカエルを引っ掴んで、私たちは宿の外に足を向けた。
「はい、これとこれとこれを着てね。あら、これもいいわね」
「コゼット様、こちらも素敵ですわ!」
「まあ!素敵!さすがジュリア様!」
現在、宿からほど近い高級衣料品店にて。
私たちは目につく服を片っ端からミカエルに着させている。
すでに十着ほどの衣装チェンジを繰り返しているが、素材がいいだけあってミカエルはほとんどの服を見事に着こなしている。
……ミカエルの顔には疲れが滲みまくっているが。
「……ねエ、まだ着替えるの?僕もう疲れたよ……」
「あら……」
ミカエルが涙目で懇願してくるので、さすがに可哀想か……
「しょうがないわね。そしたらこれにしましょう。ああ、支払いは私がするわ」
「コゼット嬢!自分で払うよ!」
「……いいのよ。私の目と心の健康のためだから。それに、これでも結構、稼いでいるのよ?」
「コゼット嬢……」
困って眉を下げるミカエルにパチリとウインクをすると、私は改めて彼の姿を上から下まで確認した。
艶やかな黒髪を飾る帽子をはじめ、全体的にダークブルーで統一し、色味を極力抑えたコーディネートだ。
長身を活かしたロングコートのドレスジャケットに、同色の細身のスラックスには白銀色の縁取り以外の飾りはついていない。
「……うん、絶対にこっちの方がいいわ。あなたの魅力がさらに引き立って、とても素敵。派手な服なんて着る必要ないのよ。ミカエルはそのままでも十分に素敵なんだから」
二度とド派手な服に手を出さないように、少々大袈裟に褒めておこう。
私は自分にできる最高の笑顔を向けて、ミカエルを褒め称えた。
「コゼット……嬢……」
「ヨッ!男前!って、え?あら、顔が少し赤いわよ。熱でもあるの?」
「ちが……なんでもない……」
すっかり素敵男子に変身したミカエルは、何故か赤くなった顔を手で覆い、足早に店から出て行ってしまった。
 




