#10
三十分ほどの長いシャワーを終えて校長室に戻ると、食欲をそそる良い香りが俺の鼻腔をくすぐった。
気になって匂いを辿ると、テーブルの上には様々な和食料理が綺麗に並べられていた。
「うわぁ。これは凄いな」
良く見てみると、ご飯が盛られた茶碗が二つある。箸も二膳。
片方の茶碗は控えめにご飯が盛られているが、もう片方の茶碗にはエッフェル塔の如くご飯が盛られていた。
「俺も食べて良いんですか?」
御馳走が目の前にあるというのに、校長はソファーの上にちょこんと座ったままで、箸を持たずに腕を組んでいるだけだった。
「ふん。昨日の晩御飯の残りで良いなら食べろ。我が一人で食べるには多すぎる。捨てるくらいなら、まだ貴様に食べてもらった方がマシだからな」
「それじゃあ、遠慮なく!」
腹が減りすぎて死にそうだったんだ。これほど嬉しいことはない!
それに、校長(ロリ美少女)が作った料理だ。食べないわけがないだろ!
「いただきます!」
俺は手を合掌して、元気に挨拶をする。
校長も俺に合わせて挨拶をした後、箸置きに置かれた箸を手に取った。
「昨日の残りとか言ってましたけど、普段からこんな御馳走を食べているんですか?」
なんとなく気になったので、俺は校長に尋ねた。
「き、昨日はたまたま作りすぎただけだ! そのお陰で、貴様は食事にありつけているということを忘れるな!」
校長は俺に釘を刺すように言いながら、キュウリのヌカ漬けを箸で取った。
俺は鯖の味噌煮を箸でほぐして口に運ぶ。
俺は味にうるさい方なのだが、この鯖の味噌煮は非の打ち所がなかった。
口に入れた瞬間、口全体に広がるコクのある味噌の旨み。そして、噛まずにしてとろけてしまう鯖の柔らかさは、正に芸術と呼ぶに相応しい逸品だった。
俺は夢中になって、無言で他の料理も口に運ぶ。
校長はなにも喋らずにもくもくと食べる俺を見て、なにか思うことがあったのか、
「……もしかして、美味しくないか?」
不安そうに尋ねてきた。
俺はここで失礼なことをしてしまったことに気がつく。
あまりに美味しいものだから、俺は無我夢中になってしまい、感想を言ってなかった。
作り手からしてみて無言で食べられたら、美味しくないのだろうか?
と不安に思って当たり前だ。
「とんでもないです! 言葉にならないほどに美味しすぎて……」
偽りのない正直な気持ちを、そのまま校長に告げる。
「そうか! 貴様の好みの味が解らなかったから、我の好みで作ってしまってな。もしかしたら口に合わないかもと心配だったのだ」
「え? これって昨日の残り物じゃなかったんですか?」
まるで、俺が風呂に入っている間に作ったような言い方だったので、俺は思わず校長に聞いてしまった。
俺の問い掛けに対し、校長の顔が一瞬、動揺の色に染まるが、すぐに表情を引き締め、
「無論、残り物だ!!」
俺に有無を言わせない、強い口調で言った。
これは下手にツッコまない方が良さげだ。
「そうですよね! 鯖の味噌煮をすぐに作れるわけがないですもんね」
「(……それだけは本当に残り物だからな)」
校長が小さく呟いた気がしたが、気のせいだろう。
その後、俺と校長は無言で食事を続け、食べきれるか心配だったエッフェル塔盛りごはんも、いつのまにか平らげていた。
「ぷはぁ。ごちそうさまでした! とっても、美味しかったです!」
校長が注いでくれた麦茶を喉に通し、俺は合掌して挨拶をする。
「まさか、全て食べるとは思わなかったぞ。噛まないで飲むからいけないんだ」
校長は口では呆れたようにいっているが、表情はどこか嬉しそうだ。
「それほど美味しかったんですよ。和食をここまで美味しく作れるなんて、よほど練習したんですね」
校長が料理を作れるということだけでも驚きだったのに、まさか、ここまで美味しく作れるなんて予想だにしていなかった。
それと、俺は校長に対して洋食を食べるイメージを持っていたので、和食が好きというのにも驚いた。
「そ、そうか。まぁ、なんだ。食べたくなったら、その、いつでも来い」
そっぽを向きながら、遠まわしに『また来てくれ』という校長を見て、俺は自分を情けなく思った。
校長は、強い心の持ち主だなんて勝手に思い込んでいたが、そんなことはなかったからだ。
もっと早く気付いてあげるべきだった。
校長は、学校に一人で寝泊まりしているというのに、皿の枚数も、箸の数だって、複数人を想定しているじゃないか。
きっと、校長は寂しかったんだ。
「お言葉に甘えてまた来ます! そうだ、今度はアテナ理事長も呼びましょう!」
アテナ理事長と校長は双子の兄弟だと聞いた。
だから、この提案に対して校長は喜ぶと思った。
「……いや、アテナを呼ぶのは駄目だ」
しかし、校長の返事というのは、俺の想像とは正反対に冷たいものだった。




