エピローグ 祝福の幻想魔法
『王太子エドアルドとイルディオン公爵令嬢アリーシアとの婚約』が発表されて、三年が過ぎた。
その間、エドアルドは王太子としての教育を受けながら公務に精を出した。一方、アリーシアは王太子妃教育を受けつつ、エドアルドの公務のパートナーを務めて、彼を支えた。
長いようで短かった三年間――。
本日、二人の結婚式が執り行われる。
アリーシアは王宮内にすでに部屋を持っていて、そこで暮らしている。エドアルドが心配性だからだ。彼はできるだけ自分の近くにアリーシアを置いておきたいらしい。
最初、二人の婚約に関して、兄は反対をした。
いや、絶対に反対というわけではなく、エドアルドがまだ王太子になったばかりで、国内の貴族はまだ彼に対して懐疑的だったからだ。
もちろん、当時の情勢として、ユスティスを王太子として推す者はいなかった。
彼の最大の後ろ盾であったメルテンス侯爵は売国罪及び殺人罪などで処刑され、それに関係していた王妃も幽閉されている。
しかも、ユスティス自身も国王に謹慎処分を受けていたのに脱走し、アリーシアを逆恨みして殺人未遂に至ったということで、魔法を封じられた上、廃嫡され、同じく幽閉される羽目になった。
そんな状況で、わざわざユスティスを王太子に戻そうという動きはなかった。
けれども、しばらく行方が分からなかったエドアルドが王太子にふさわしいかどうかということに、懸念があったのだろう。
ユスティスがあの体たらくだったから、その弟もどうかと思われたのだ。
そのため、兄はアリーシアと婚約するなら、次期国王として信頼される王太子になることをエドアルドに求めた。
ただでさえ、ローレル王国は大貴族がいなくなったことで、貴族間で権力のバランスが崩れ、王家への忠誠心が揺らいでいる。そういったときに、貴族が団結して叛逆しないとも限らないのだ。
兄はアリーシアを危険に晒したくなかった。だから、エドアルドにも厳しい目を向けたというわけだ。
エドアルドは努力を重ね、王太子にふさわしい人物であるということを証明した。
公務を積極的に行い、王都の治安をよくするため、庶民の暮らしを向上させる活動もした。その結果、経済が活発になり、商会を持つ貴族が富を得ることができた。徐々にエドアルドを支持する貴族が現れるようになったのだ。
また、外交にも精を出し、貿易面でも国に利益が出た。ボステン王国とも表向きには友好関係となり、エドアルドは立派な王太子と国内外に認知されるようになった。
そうして、ようやくアリーシアとの結婚の日取りが正式に決まったのだった。
兄はもうエドアルドを認めている。
アリーシアとしては嬉しい限りだ。兄の許しが得られたのが嬉しいのではなく、兄に祝福されて結婚することが重要だった。
お兄様は……わたしの親代わりだもの。
子供の頃には健在だった祖父母も両親もいなくなった。今やたった一人の家族だ。兄もアリーシアのことをそう思っているはずだ。だから、とても大事にしてくれた。
過保護じゃないかと思うくらい……。
そんな兄は、結婚式が行われる直前、王宮内の控室にやってきた。
「アリーシア、式の前に少し話をしたいんだが……」
彼はマルガに通されて控室に入ってきたが、化粧台の前に座るアリーシアの姿を見て、ぽかんと口を開いた。
「……どうしたの? お兄様……?」
兄の様子がおかしいので、アリーシアは椅子から立ち上がる。
「あ、いや……あまりにおまえが綺麗だから驚いたんだ」
「あら、お兄様。そんなに褒めてくれるなんて、それこそどうしたの?」
アリーシアはくすくすと笑った。
「本当だよ。おまえのその姿、父さんにも見せたかったな……」
今のアリーシアは純白の薄いふわふわの生地を重ねた豪華なドレスを着て、同色の刺繍が入った長いベールを頭につけていた。広く開いた胸元には、王家に伝わる首飾りが輝いている。
「そうね……。家族みんなに見てもらいたかった。でも、お兄様がこうして元気でいてくれて、それだけでわたしは幸せよ」
二年も兄が戻らず、みんな兄は亡くなったのだと思っていた。世界中で一人きりだと絶望していたあの頃を考えると、兄だけでも生きていてくれて、本当によかった。
「そうだな。僕だけでも、おまえが嫁ぐのを見られてよかった」
兄は微笑んでアリーシアに近づいた。そして、手にしていた平たい箱を開く。そこには宝石でできた花の髪飾りが入っていた。
枝に見立てた黄金の台にダイヤモンドが散りばめられて、花や葉になっている。
「お兄様、これ……!」
「母さんの遺品だ。めずらしいものだから、叔父に売り払われていたが、ようやく買い戻すことができた。これはおまえに贈るよ」
「……いいの? ありがとう……お兄様」
アリーシアはそれを受け取り、胸に押し当てた。これだけは叔母から取り返すことができなくて、心残りだったのだ。
母がこの髪飾りをつけている肖像画が頭に浮かぶ。
父に贈られ、結婚式でつけたと聞いている。
それが結婚式の日にわたしの手に戻ってくるなんて……!
「こら、泣いたらダメだぞ。せっかく綺麗にしてもらっているのに台無しじゃないか」
兄にハンカチで涙を拭かれて、自分が泣いていたことに気がついた。
「そうね……。もう泣かないわ。ボニー、これを髪につけてくれる?」
化粧台の前に再び座り、王太子妃となっても侍女でいてくれるボニーにつけてもらう。まとめ髪には生花がつけてあったが、それに加えて宝石の花もつけられた。
「いかがですか?」
ボニーはそれを手鏡に映して、出来栄えを見せてくれた。
「ますます豪華になったわ! ありがとう」
化粧を直してもらい、元通りになったところで、女官長が控室にやってきた。
「アリーシア様、式のお時間です」
いよいよ……エドアルドとの結婚式だ。
「お兄様、お願い」
「ああ」
兄は父親代わりでエスコートの役目をしてくれることになっている。
式は王宮の大広間で行われる。女官長やマルガに付き添われながら廊下を歩き、大きな扉の前に立った。ベールを持ってくれる子供達も待機している。
マルガが母親代わりでベールを下ろしてくれた。
ああ、なんだかドキドキしてくるわ……!
楽団が演奏する重厚な音楽が鳴り響く。
扉が開かれると、そこには招かれたたくさんの貴族や外国の賓客が並べられた椅子に座り、式が始まるのを待っていた。たくさんの花が飾られ、華やかな雰囲気がある。
「用意はいいか?」
横にいる兄が尋ねる。
「……ええ」
大きく息を吸い込み、兄にエスコートされて、中央に敷かれている長い絨毯の上を歩いていく。その両側には客達が座る席がある。そして、その先にいるのは……。
エドアルドがこらちを見ていた。
眩しいほどに輝く銀色の髪。刺繍が入っている純白の衣装に同色の長いマントを羽織り、紫の瞳は近づくアリーシアを見つめている。
エドアルドの前に立つと、兄はアリーシアの手を彼に託した。
「リシア……! なんて綺麗なんだろう」
彼の賞賛の声が何より嬉しい。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
緊張していたが、彼の傍にいると、それが解れてくる。
婚約が成立したあの日から、ずっと待ち侘びていた日だ。やっと彼の妻になれるのだと思うと、感動で胸がいっぱいになる。
エドアルドと並んで立つと、目の前に最高位の聖職者がやってくる。静寂の中、厳かに式は進行していった。
やがて、聖職者に促され、二人は向き合う。
「エドアルド王太子殿下、アリーシア嬢へ誓いの言葉をどうぞ」
彼はアリーシアに微笑みかけた。
「私は夫として、アリーシア嬢に永遠の愛を捧げます。たとえ、どんな苦難があろうとも、彼女を愛し、守り、生涯共に歩むことを誓います」
次はアリーシアの番だ。
「わたくしは妻として、エドアルド王太子殿下に永遠の愛を捧げます。たとえ、どんな苦難があろうとも、彼を愛し、尽くし、生涯共に歩むことを誓います」
それはあらかじめ用意された言葉で、結婚式では定番だ。だが、この厳粛な場でこうして相手の声でそれを聞くと、特別な響きを伴っているように思えた。
「誓いの口づけを……」
エドアルドがベールを上げた。
煌めく瞳が美しい。アリーシアの大好きな彼の瞳だ。
「リシア、愛してるよ……」
決められたわけではない愛の言葉が耳に響く。
「愛してるわ、エド」
だって、それが心にある本当の言葉だから。
二人はそっと唇を重ねる。
すると、大きな拍手に包まれた。
祝福な言葉が二人にかけられる。
ふっと、目の前に白い羽根が落ちてきた。思わず見上げると、仕掛けも何もない天井から白い羽根がいくつもふわふわと落ちてきていた。
「王太子殿下と王太子妃殿下は天使から祝福されているんだ!」
貴族の間ではそんな声が聞こえる。
でも……それはもちろん。
「幻想魔法だわ……」
振り返り、兄の姿を見る。
兄はただ微笑んでいた。
「粋な贈り物だね」
エドアルドが囁く。
「ええ、本当に」
今日はわたしの結婚式――。
わたしが幸せになる日。
お兄様、ありがとう。
アリーシアは彼に肩を抱かれて、舞い降りる白い羽根を微笑みながら眺めていた。
END
ようやく連載が終わりました。
今まで読んでくださって、ありがとうございます!
気に入っていただけましたら、高評価つけてくださると嬉しいです。
『お兄様』ことオスカーが気に入ったので、機会がありましたら、彼のロマンス物語をスピンオフで書きたいと思っています。
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短編「婚約破棄された令嬢は最初からいなかった」も投稿しています。
https://ncode.syosetu.com/n3533lm/




