30.裏切り者の末路
ブランシュ子爵の裁判は、叔父の裁判から半月も立たずに行われた。
退屈していた貴族達は飛びついて席を確保し、今日も楽しそうに見物をしている。アリーシアと兄はやや後方の関係者席に着いた。
子爵が殺害したのは、自分達の父なのだ。
そう思うと、胸の奥が冷えてくる。指の先まで冷たくなり、息も苦しくなってきてしまう。
やがて、ブランシュ子爵とその息子ブルーノが兵士に引き立てられて、やってくる。
彼らは両手を拘束された上、魔法封じの腕輪をつけられ、猿轡を噛まされていた。そして、フード付きのマントを身に着けた二人の魔法師が念のため後ろに控えている。
ブルーノは二十歳くらいだろうか。彼がこの場にいるのは、実行犯だからだ。計画して彼に指示を出したのは、子爵本人で間違いないらしい。
魔法師が控えているのは、幻想魔法を危険なものと認識しているからだろう。間違って腕輪が外れたときのための制御役といったところだ。
猿轡を噛まされているのは、幻想魔法のことをうっかり喋ったりしないように……という配慮からだった。
一般の貴族の間では、イルディオン一族の魔法は『何か凄い魔法』と思われているだけなので、余計なことを口外されては困る。
エドアルドから届いた手紙には、国王がそう指示を出したと書かれていた。
裁判の進行は叔父のときと同じで、まず罪状が並べ立てられる。
「ブランシュ子爵は、交流のあったメルテンス侯爵に依頼され、また縁戚関係にあるイルディオン公爵家を乗っ取る目的もあり、イルディオン公爵とその令息を殺害しようとした。息子ブルーノに指示を出し、馬車が崖道から落ちるように魔法の細工を施し、それによりイルディオン公爵は死亡することとなった」
エドアルドの手紙によると、実際には違っていた。エドアルドが以前言っていた通りで、彼らは幻想魔法を使っていたのだ。
父と兄がブランシュ子爵の領地に立ち寄った際、ブルーノは先回りをして崖道に潜んだ。やがて、やってきた馬と御者を幻想魔法で脅かした。
馬車が谷底に落ちたのを確かめてから、彼は無関係の旅人を装って、近くの村に馬車の事故を報告したのだ。
村人が駆けつけ、馬車の紋章を確認し、買収された村長がイルディオンの領地に連絡するという手はずだった。
が、たまたま旅の途中だった貴族がそれを知り、遺体が引き上げられる前に、王宮へ早馬を送った。
そのため、国王が早くから葬儀に介入することができたというわけだ。
証言者には、その貴族や村長、ブランシュ子爵の使用人が呼ばれた。
そして――。
「現イルディオン公爵、お越しください」
呼ばれて、兄が証言席へ向かう。ブランシュ子爵とブルーノは驚いているようだった。
彼らもまた兄が生きていたことを、今知ったのだった。
兄は静かに話を始める。
「私は父と問題の馬車に乗っておりました。急に崖道で馬車が暴走し、すぐに谷底へ落ちていったのを覚えています。しかし、扉が開き、私は投げ出されたのでしょう。雨で増水した川に流されてしまいました。流された先で助けてくれた親切な人がいたのですが、そのときには大怪我を負い、記憶も失っておりました。こうして二年も経って、やっと記憶が戻り、イルディオン公爵家に戻ってくることができました。しかし……そこで父が亡くなっていたことを知ったのです」
王命により外国で諜報活動をしていたとは言えないので、そういう設定になっている。ブランシュ子爵は嘘だと気づくだろうが、幸いにして彼は何も話すことができない。
兄はまだ話を続ける。
「国王陛下は最初からブランシュ子爵に疑念を抱いていらしたそうで、叔父のルーグナー男爵を公爵代理に任命しました。そのおかげで、我が公爵家を子爵に乗っ取られることを避けられましたが、ご存じの通り、叔父のほうが乗っ取りを画策しておりました。その間、妹のアリーシアは二年もつらい想いをすることになったのです。殺人罪だけでなく、二年間のアリーシアの苦痛も鑑みて、判決を下していただくことを望みます」
貴族席からは、アリーシアへの同情の声が広がる。同時に、国王を称える声も聞こえた。
国王はともかく、これでアリーシアの貴族間の評判が上がるかもしれない。学園では、みすぼらしい令嬢として有名だったから、そのことは気にしていたのだ。
ブランシュ子爵とその息子ブルーノへの判決は……死刑だった。
それ以外ないだろうと思う。
彼らが幻想魔法の使い手でなければ、もう少し軽い刑――たとえば命ではなく身体の一部を失うとか、強制労働とか、そういった刑で済んだ可能性もあったかもしれない。
メルテンス侯爵がそそのかさなければ、不満を持ちつつも、イルディオン一族の一人として諜報活動の一端を担っていただろうから。
しかし、幻想魔法は使い方次第では、本当に恐ろしい魔法となる。一度、悪に手を染めた人間は再び同じことをする恐れがあるのだ。
そもそも、メルテンス侯爵と通じていたのだから、ボステンとも関わっていたはずだ。ひょっとしたら、次に戦争が起こったとき、彼は裏切っていたかもしれない。
だから、事前の話し合いで死刑が妥当だということになったのではないかと思う。
兵士に引き立てられる二人は、憎悪の眼差しで兄を睨んでいた。
でも……お兄様のせいじゃないわよ。死刑になるのは、安易な考えでメルテンス侯爵の口車に乗った自分達のせいじゃないの。
兵士の後から、二人の魔法師がついていく。そのうち、一人の魔法師が振り返る。目深にかぶったフードの下の顔は『エド』だった。
やっぱり彼も来てくれていたのね……!
目が合うと、彼は微笑んだ。
アリーシアも小さく手を振った。
それにしても、これからのことは気になる。
ブランシュ子爵家自体は爵位を剥奪されなかったが、実際はどうなるだろう。
主人と跡継ぎが殺人罪で処刑されるのだから、貴族としての地位はないも同然なのだ。ブルーノの弟はいるが、まだ爵位を継ぐ年齢ではないという。
となれば、イルディオンで面倒を見るしかないんじゃないかしら。
なんだか複雑だ。けれども、罪がない人までもが罰を受けるのは正しくないと思うのだ。
アリーシアは兄に話しかけた。
「あと、残るは一人ね」
「大物が残っている……。陛下の意向が影響しているから、いったいどんな裁判になるか分からないな」
今の裁判のように、都合の悪いことは事実と違うように発表されるということだ。
「ねえ、お兄様……。わたし、少し物足りないわ」
「ああ。僕もそう思うよ」
「処刑されて終わりなんて……許せないわね」
アリーシアと兄は互いに目を見て、頷き合った。
◇◇◇
ブランシュ子爵とブルーノは、処刑まで警備隊の地下牢で過ごすことになっていた。
夜になり、アリーシアと兄は姿を隠す魔法をかけて、牢に侵入した。
長い廊下には蝋燭の灯りがついているものの、薄暗い。その廊下に沿って檻が並んでいて、他にもたくさんの犯罪者が拘留されていた。
汚いし、異臭が鼻をつく。だけど、そんなことはどうでもよかった。
廊下の一番奥にブランシュ子爵の牢があった。そして、その三つ手前にブルーノの牢だ。二人とも狭いベッドの上に座っていたが、どちらもうなだれている。
よかった。眠ってはいないようだわ。
眠っていては面白くないから。
兄は姿を消す魔法を解いて、別の魔法をかける。牢番の姿になり、まずブランシュ子爵の牢に近づき、わざと音を立てた。
子爵はビクッと身体を震わせ、牢番となった兄を見た。
「……なんだ?」
「差し入れだ」
兄は檻の隙間からパンが入った小さな籠を入れた。
「放っておいてくれ。どうせ死ぬんだ」
「手紙も入っている……侯爵からの」
小さな声で付け足すと、子爵はすぐに飛びついて、手紙を読み始めた。薄暗くて、読むのに苦労していたようだったが、すぐに歓喜の表情になった。
手紙は、メルテンス侯爵の使いの者からということになっている。
『処刑される前に救出する。待っていろ』
そう書かれている。
「さすが侯爵だ! やっぱり私を見捨てられなかったか!」
貴重な幻想魔法の使い手だから、メルテンス侯爵には見捨てられることはない。彼はそう信じて、父を手にかけたのだろう。
でも、侯爵はもうあなた達を助けるような力は持っていないのよ。
ブランシュ子爵はそれも知らずに、希望を抱いた。
生きる希望を。
生き延びて、復讐する希望を。
叔父のように魔物を見せても、彼はきっと幻想魔法だと見破るだろう。処刑以上の苦しみを与えるには、簡単に見破られるものであってはいけない。
彼はギリギリまで助けを待つのだ。
でも、それは永遠に来ない。
虚しく処刑されてしまうのだ。
兄はブルーノにも同じ手で、差し入れのパンと手紙を渡した。希望に輝く彼の顔を見て、アリーシアは笑みを浮かべる。
ああ、わたしはなんて意地が悪いのだろう。
そう思いながらも、気持ちが高揚する。
天国にいる父はどう思うのか。二人の子供がこんな真似をしていることについて。
叱るのか。それとも、呆れるのか。
ううん。褒めてくれるかもしれないわ。
だって、わたし達はイルディオンだから。
一族の魔法で復讐をするのは正しいことではないだろうか。




