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29.『裁判劇』が始まる(後編)

「証人として、イルディオン公爵令嬢アリーシア様、お越しください」


 アリーシアは呼ばれて、オスカーに付き添われながら、証言席へと向かう。もちろん新しいドレスに身を包んでいる。


 ちらりと叔父のほうに視線を向けると、驚愕した目でこちらを見ていた。


「生きていたのか……!」


 叔父はオスカーを見るのは初めてなのだ。


 そう。そうなのよ。だから、最初から公爵家を乗っ取ろうなんて、無駄な企みだったのよ。


 笑顔になりそうなのを堪えて、証言をする。


「わたくしは父を亡くし、心細い思いでおりました。ですから、叔父が公爵代理として我が屋敷で暮らすことになったとき、ほっとしました。ところが、わたくしはいつしか自分の屋敷で使用人のように扱われるようになったのです」


 ハンカチに目を当て、泣く演技をする。


 ここは劇場だから、演技は必要よね……。


 判事の一人が尋ねてくる。


「使用人扱いとは、具体的にはどのようなことをされたのですか?」


「まず、叔父様の娘イザベラに、自分のものはすべて奪われました。部屋も持ち物も……ドレスもです。みすぼらしいドレスを与えられました。メイドが着るものよりひどいものです。使用人のように働かされ、少しでもミスをすれば叔母に罵倒されました。そして、イザベラにも虐められました。わざと絨毯を汚して、綺麗になるまで何度も拭かされたのです」


 貴族がいる席から声が聞こえてきた。


「なんてひどい……」

「いくらなんでも……」

「血の繋がりというものがあるというのに」


 そんなふうに囁き合う貴族達だって、叔父一家と同じ立場になったとき、清廉潔白でいられるかどうか分からないものだ。


 判事が尋ねる。


「横領されているのではないかと感じたことはありますか?」


「屋敷の改装など、当然、イルディオン家の家計から出ているであろうと思っておりました。しかし、わたくしは物置のような部屋に押し込められていましたから、わたくしのためでないことは明らかです。そして、叔母やイザベラが明らかに高価なドレスや宝石を購入していながら、わたくしは古ぼけたドレスを着回しておりました。わたくしのための費用ではございません。贅沢品も……特に食事もひどいものでしたから、わたくしのためではなく、すべて叔父一家のためのものです」


「食費さえ……。ルーグナー男爵が公爵代理を務めていた間、ご苦労されたのですね」


「はい。幸い陛下が王太子……いえ、ユスティス殿下の婚約者にしてくださり、そのおかげで、かろうじて学園に通うことが許されました。しかし、その殿下もイザベラに奪われてしまい……」


 再びハンカチを目に当てて、声を震わせた。


 貴族席でまた声がする。


「卒業パーティーで……アリーシア嬢は婚約破棄されたそうよ」

「まあ、なんてこと!」

「イザベラ嬢は派手なドレスを着て、ユスティス殿下とずっと踊っていたと聞いたわ」

「ユスティス殿下が廃太子となったのも当然よね」


 ここにイザベラやユスティスがいないのは残念だった。さぞかし面白い見世物だったろうに。


 アリーシアはさらに続ける。


「悲しかったのは、それだけではありません。大切な思い出の品々……形見も捨てられました。祖母や母が残した宝石は、叔母の宝石箱に仕舞われました。……わたくしは叔父一家に何もかも奪われ尽くしたのです!」


 大仰に声を張り上げると、貴族席からの同情の声が強くなる。


 判事が遠慮がちに声をかけてきた。


「他には、何かありますか?」


「ございません。ただ……厳正な判決が下されることを望みます。それでこそ、亡き父と……叔父の姉である母が浮かばれるはずです」


 アリーシアはハンカチで目を押さえながら、よろよろと証言席から離れた。そして、兄に肩を抱かれて元の席に戻る。


 他に、バルトやホルツも呼ばれ、証言をした。どれも、いかに叔父が極悪人かというイメージを貴族に植えつけることとなった。


「次に……国王陛下、お越しください」


 えっ、陛下……?


 アリーシアだけでなく、貴族がざわめきだした。


 扉が開き、国王が護衛を伴い入場してくる。まさか国王自らこの場に立つとは思いもしなかった。もちろん、誰しもそう思ったことだろう。


「陛下が特別にご発言なさりたいとのことで、お越しいただきました。陛下、どうぞ」


 国王は証言席で口を開いた。


「代々の国王はその時代のイルディオン公爵と交流があった。どの時代でもイルディオンは王家の親しい友であったのだ。先代の公爵が亡くなったとき、私はある懸念があり、ルーグナー男爵を公爵代理として任命することにした。しかし、国王直々の任命であるのに、よもやこれほど醜いことが行われるとは、思いもよらなかった」


 国王は一旦、言葉を切り、叔父に厳しい目を向けた。


「しかも、横領したものを男爵家の収入としておきながら、脱税も働いている。これは国への裏切りと言ってもよい」


 国王がここまで言い切ったため、貴族席は静かになった。

 ひそかに脱税している貴族が他にもいるのかもしれない。


「そのため、私からも厳正な判決を望む。以上だ」


 裁判所は静まり返った。


 国王は再び護衛を伴って、扉から出ていく。再び貴族席はざわめきに包まれた。


 そして、いよいよ審判が下される。


 いや、実際はあらかじめ決まっていたものだから、ただこの場で発表されるだけのことなのだが、劇としては最大の盛り上がりとなる。


 裁判官が手にした書類を読み上げた。


「ルーグナー男爵は爵位剥奪の上、監獄で禁固五年の刑に処す。その後は家族共々、王都追放とする。男爵家の全資産から、代理人を通じてイルディオン公爵家へ横領金を返還し、賠償金を支払い、国庫へ脱税分の追徴金及び納税、脱税に関する罰金を支払うこととする」


 監獄で五年……。


 生まれながら貴族として暮らしてきた叔父が、それに耐えられるかどうか分からない。厳正な判決を望むと言っておきながら、アリーシアの心中は複雑だ。


 でも、それが叔父の犯した罪に対する罰なのだ。


 叔父はうなだれていたが、兵士に追い立てられるように連れていかれていく。貴族席からはこの『裁判劇』の感想が楽しそうに語られていた。


 彼らにとっては、楽しい見世物だったに違いない。

 だって、他人事に過ぎないのだから。


 貴族達が帰るために次々に席を立っていく。兄が声をかけてきた。


「帰ろうか」

「ええ」


 アリーシアは立ち上がり、出入り口に向かう。


「あっけなかったな」

「そうね。でも……まだ裁判はあるから」


 ここに集まった貴族も、一番楽しみにしているのはメルテンス侯爵の裁判だ。王妃の実家であり、国一番の裕福な大貴族が地に落ちる瞬間を見たくてたまらない者達は大勢いるだろう。


 その前に、ブランシュ子爵の裁判もある。

 父を直接殺した男。


 アリーシアは唇を噛みしめた。


 ふと、人込みの中に、エドアルドの姿を見つける。彼は『エド』の姿で紛れ込んでいた。


「エド……」

「え、どこに?」


 兄は隠蔽魔法を使ったエドアルドの姿を知らないのだ。

 近づいて、改めて紹介する。


「彼が『エド』よ」

「ああ……なるほど」


 王太子となったエドアルドが貴族の席にいると、目立ちすぎて騒ぎになっていたことだろう。しかし、彼がここにいたということは、アリーシアの芝居もずっと見られていたことになる。


 なんだか恥ずかしいわ……。


 本当のことを語っただけなのだが、かなり大げさな口調で、泣き真似までしてしまっていたからだ。


「今日でひとつ終わったね」

「ええ。でも……」

「また次がある。僕は君が心配だよ。心が乱されるだろう?」

「それはそうだけど……」


 確かに言われたとおりだ。叔父の裁判だけでも、いろんな思いが過ぎっていった。


「でも、わたしは裁判所に足を運ぶわ。全部、見届けないといけないと思うのよ」


 彼は分かっているというふうに頷いた。


「そうだね。だけど、身体に気をつけてくれ。今度、会いにいくからね」


 そう言いながら、彼はなかなか来てくれない。忙しいのは分かっている。


 でも……会いたいのに。

 傍にいてほしいのに。


 エドアルドはアリーシアの手を柔らかく握った。

 温かさが伝わってくる。

 そして……。


「約束だよ」


 アリーシアは小さく頷いた。


 たとえ、あてのない約束でも。

 信じていたいから。

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