27.叔母とイザベラが出ていく
馬車はイルディオン公爵邸に着いた。
屋敷にはどういうわけか、王宮の兵士が来ていて、玄関辺りで叔母やイザベラと押し問答をしている。
「王宮の兵士がどうして……?」
アリーシアはエドアルドに尋ねた。
「あれは王都警備隊だ。男爵の犯罪の証拠がもう少しないか、調べている。もちろん新しいイルディオン公爵の許可は得ているよ」
兄が許可を出したのなら、勝手に兵士が入ってきたわけではないのか。アリーシアはほっとしながら、屋敷に押し入ろうとしているイザベラ達に近づいた。
「叔母様、イザベラ……ここはもうあなた達の屋敷ではないわ」
帰るなら、ルーグナー男爵家の屋敷だろう。とはいえ、あちらの屋敷も警備隊が入っているだろうが。
彼女達は振り返り、きっと睨みつけてくる。
「あんた、わたし達を馬鹿にしているのねっ!」
それはそうだ。そして、見下したい気分だ。
王太子妃になる夢が破れて、犯罪者の娘となり、じきに男爵令嬢という肩書きも財産も……ひょっとしたら住む所も失うのだ。
今、どんな気持ちって訊きたいくらいだわ。
「まあ、イザベラ。すごいわ。どうしてわたしの心の中が分かるの?」
にこやかに笑うと、彼女は顔を真っ赤にした。
自分でも意地が悪いとは思うが、これくらいの報復は許してほしい。こちらは階段から突き落とされたりしたのだから。
叔母のほうはまだ理性的で、イザベラとは違い、下手に出てきた。
「ねえ、アリーシア。お願いよ。私達を追い出さないで」
すると、兄がさっと前に出る。
「それは虫のいい話ですね」
叔母は兄の顔を見て、恐怖に目を見開き、後ずさった。きっと兄が亡霊か何かだと思ったのだろう。
「い、いやぁ……っ!」
「叔母様、兄です。兄が生きていたんです」
「……え?」
叔母は口をあんぐりと開けて、兄の顔を食い入るように見つめた。
「そうね……。オスカーね……。生きていたの……。よかったわね」
力なく笑ったが、最初から公爵家を乗っ取るなんて無理だったのだと気がついたに違いない。叔父はあくまで代理だった。それなのに、冗長した自分達が愚かだったのだ、と。
「せめて……私達の荷物を持っていかせて」
「確かに置いていかれても困りますし、それはご自由にどうぞ」
兄は了承し、二人を屋敷の中に入れた。二人は自分の部屋へ行き、荷造りを始めるようだ。
ホルツがやってきて、兄を見つけた。
「ああ……オスカー様! 生きていらしたのですね!」
嬉しさのあまり涙を流して、ホルツは駆け寄る。兄は笑顔で彼を迎え、抱擁した。
ホルツはすぐに屋敷中に響きそうな大声で叫ぶ。
「みんな! オスカー様が帰ってきたぞ!」
その声に一番に早く反応したのはバルトだった。書斎から飛び出してきて、兄に駆け寄る。顔をくしゃくしゃにしながら涙を流し、感激していた。
「ずっと……ずっとお帰りをお待ちしました!」
「ああ。ただいま。長らく留守にして悪かったな。おまえが叔父を油断させて、証拠を集めてくれたんだろう?」
「はい……。当然のことです……。オスカー様が帰られたときに、公爵家の財政をめちゃくちゃにされたままではいけませんから……」
他にもマルガやイルディオンに忠誠心が残っていた使用人達もやってきた。叔父のやり方に染められた使用人もいたので、彼らはきっと怯えていることだろう。
エドアルドは警備隊の人間と話をしている。
「わたし、ちょっと叔母様達の荷造りを覗いてくるわ」
彼に声をかけて、階段を上る。
叔母もイザベラも旅行用の鞄にドレスや装身具を詰めるよう、使用人に指示を出していた。そのドレスのほとんどが公爵家のお金で仕立てたものだが、さすがに着るものを置いていくように告げるのは酷だ。
どうせ、男爵家の財産から横領した分はすべて返してもらうことになるし。
面白いのは、叔母がアクセサリーを必死でバッグに詰めていることだ。
「あんなガラクタ、どうして持っていこうとしているんだ?」
後ろから兄の声がした。振り返り、アリーシアは笑いながら唇を人差し指に当てた。そして、小声で囁く。
「わたしがすり替えて、魔法をかけたの。叔母様の目には貴重な宝石に見えているのよ」
「ああ、なるほど。そういえば、エドアルド殿下に聞いたが、おまえ、魔法を使えるようになったんだな?」
アリーシアは頷いた。
「そうなの。イザベラに階段から突き落とされて……」
「なんだって? 突き落とされた?」
兄の声が険悪になる。
「大丈夫だったのよ。後で詳しく話すわ」
少なくとも、廊下で話すことではない。しかも、叔母の部屋を覗き見しながら。
「あんなもの持っていっても、換金できないのに、哀れなことだ」
「ドレスは売ればお金になるわよ。……ってことを、叔母様が知っているどうかは分からないけど」
アリーシアは幸いにして知っていた。この三週間の間、わりと頻繁に街歩きをしたおかげだ。
「男爵家に戻ったとしても、すぐに追い出されるでしょうね。これからどうするのか……。あの人達、平民としてたくましく生きていけるかしら」
アリーシアが心配するようなことでもないのだが、路頭に迷う二人を想像して、少し可哀想になってくる。
「案外、環境に適応するんじゃないか? 生きていくためなら、誰だってそうするさ」
「そうよね……。わたしだって、そうだったもの」
アリーシアは自分の掌を見た。
今は治っているが、使用人扱いで手は荒れ、ひび割れたりしていた。水仕事や掃除をたくさんする羽目になったし、それこそイザベラには屈辱的な扱いをされた。
それでも、わたしは生き抜いたわ。
だから彼女達もそうすべきよ。
やがて、彼女達は大きな旅行鞄やバッグを持って出ていこうとする。さすがにそんな重い荷物を持ってよたよたと歩いていたら、柄の悪い男達にすべて奪われることだろう。仕方なく馬車を貸してやる。
行き先は男爵家の屋敷。
まあ、中に入れるかどうかは分からないけど。
わたしが彼女達にかけてあげられる温情はここまでよ。
やがて警備隊も引き上げていき、エドアルドは王宮に戻るという。アリーシアは彼を馬車まで送った。
「少し忙しくなるけど、暇を見て、訪問するから」
「……ええ。また会えると嬉しいわ」
「会えるに決まっているさ」
彼はアリーシアの頬にそっと触れてきた。優しげな眼差しでなんだか眩しい。
学園を卒業したら、今までみたいに会えないのは分かっていた。たとえ互いの気持ちが同じだとしても、彼はこれから王太子となるのだから、想像以上に忙しくなることだろう。
「リシア、僕から離れないでくれよ」
「わたしは……わたしは離れないわ」
ただ、あなたはどうなの?
心変わりを疑うわけじゃない。だけど、結果的に距離ができて、そうなることは考えられる。
「僕だって……」
彼はアリーシアをそっと抱き寄せ、額にキスをする。
「エド……」
唇が触れたところがなんだか熱い。彼は蕩けそうな笑顔になった。
「オスカーが玄関のところで睨んでいるから、早々に退散するよ」
エドアルドは馬車に乗り込んだ。アリーシアは窓から手を振る彼に、手を振り返す。
アリーシアもオスカーと共に、イルディオン公爵家を立て直すことに尽力しなくてはならない。だから、忙しくなるだろう。
ただ、叔父、ブランシュ子爵、メルテンス侯爵……この三人のことは、このままにしておくつもりはない。
お兄様はどう思っているか分からないけど……。
少なくとも、わたしはそうだわ。
普通の刑罰では満足できない。
きっと、わたしは虐げられたせいで、心がねじ曲がってしまったのかもしれないわね。
それでも……幻想魔法を会得した者として、このままで終わらせるわけにはいかなかった。




