26.エドと兄と馬車の中で
王宮から兄と一緒に帰ることになり、アリーシアはスキップしそうになった。
ボステン人がこの国の拠点としていたメルテンス侯爵家が崩壊し、関係者が逮捕されたことで、兄はもう大手を振って帰れるのだ。
とはいえ、事件の後処理の手伝いなど、まだ王宮で何かすることがあるのではないかと思っていたが、それはまた後でいいそうだ。
しかし、エドアルドと別れて、帰ろうとしたところで、イルディオン公爵家の馬車が消えていた。叔母とイザベラがちゃっかりそれで帰宅していたのだ。といっても、彼女達が帰る場所はすでに公爵邸ではないはずなのだが。
そんなわけで、エドアルドが王宮の馬車で公爵邸まで送ってくれることになった。
「わざわざ送っていただかなくても、馬車で貸してくださればよかったのですよ」
揺れる馬車の中で、兄は少し嫌味みたいな口調でエドアルドに言った。エドアルドのほうはアリーシアの隣に座る兄に向って、にっこりと笑う。
「アリーシア嬢とは、学園でとても仲良くなったんだ。今日はまだ個人的な話もあまりしていないし……」
「エドアルド殿下はこれから立太子をなさるということで、お忙しい身ですから、アリーシアを構っている暇もないのではありませんか?」
「いや、暇を見つけたら、また会いにきたいと思っているよ」
二人は顔ではにこにこ笑っているのに、何故だか嫌味の応酬みたいなことを始めていた。アリーシアは兄がいない間、エドアルドに世話になっている。兄だって、そのことでエドアルドにお礼を言っていたはずだ。
なのに、何故……?
もちろん本気で敵対関係にあるといった雰囲気ではない。
ただ……なんだろう。分からないが、アリーシアとエドアルドでは身分が違うから、兄としては必要以上に近づけさせたくないということだろうか。
そうよね……。
もう王太子になるんだもの。
彼に好きだと言ってもらえたけれど、キスも交わしたけれど……。
それだけで、これからの関係も約束されているわけではない。彼が第二王子のままならともかくとして、立太子するとなると、事情も変わってくる。
国王の意向もある。メルテンス侯爵家はなくなったとしても、また別の有力貴族が国内にいる。彼らが関わってくる場合もあるだろう。
わたしはいつまでもエドアルドと一緒にいたい。彼の隣に立って、自分のできることで彼を助けたい。
でも、わたしなんかが……?
公衆の面前で婚約破棄を言い渡されたわたしが?
学園でずっとやせ細ってみっともないと言われていたのに?
もちろん今は痩せっぽちでも、みすぼらしくもないが、一度ついたイメージは強いものだ。そもそも、好きだと言われても、プロポーズされたわけではない。
とにかく、今までのような距離で彼と接するのはよくないのかもしれなかった。
兄が危惧するのも分かる。兄はきっとアリーシアを守ろうとしてくれているのだろう。
そんなことを考えていると、エドアルドがこちらに声をかけてきた。
「いろいろあって言い損ねていたけど、ドレス、似合うよ。僕の見立て通りだね」
そういえば、自分こそお礼を伝えていなかったことを思い出す。
「あ……素敵なドレス、ありがとうございました。おかげで、今日は強い気持ちで王宮に向かうことができました」
「それはよかったけど、そんな他人行儀な言い方をしなくても……」
すると、兄がそれに割って入ってきた。
「いえ、アリーシアと殿下は他人ですから。……アリーシア、そのドレス、殿下からのプレゼントだったのかい?」
兄は眉をひそめている。
「王宮にふさわしいドレスが持っていなかったから、殿下が用意してくださったのよ」
「ああ……そうか。そうだったか。ドレスも……」
兄はそのまま絶句する。なんだか落ち込んでいるようで、こちらのほうが心配になってくる。
「お、お兄様? そんなに気に病まないで。わたしは平気だから」
「いや、僕が悪い。一族がどうのとか、ボステンがどうかのとかより、アリーシアのために一刻も早く家に帰るべきだった。そうすれば、少しでも楽しい学園生活を送れたはずだ。卒業パーティーだって、綺麗なドレスを着て、出かけたかっただろう?」
「あ……それも殿下がプレゼントしてくださって……エスコートも……」
兄はガックリと肩を落とした。
そして、改めてエドアルドに頭を下げる。
「殿下……そこまで妹の世話をしていただいたなんて……。お礼の申し上げようもございません」
エドアルドは笑顔でそれに応えた。
「そんなに頭を下げなくてもいいよ。僕がリシアに贈りたくて贈ったんだ。彼女に気後れするようなドレスは着てほしくなかった。堂々としてもらいたかったから……」
それは彼の優しさが胸に沁みてくる。それは兄も同じだったろう。
「リシア……と呼ばれるのですか?」
「ああ。リシアにはエドと呼ばれている。だから……リシア、殿下なんて呼ばないでくれよ。敬語も嫌だ」
確かに殿下と呼び、敬語を使うと、距離を置いているように聞こえる。しかし、本当に今まで通りでいいのか。
でも、もし自分が親しくしていた誰かに急に距離を置かれたとしたら、悲しいに決まっている。
アリーシアは少し躊躇った。が、小さく頷く。
「……そうね。よそよそしかったみたいね」
アリーシアが彼に笑いかけた。すると、彼も穏やかな眼差しで微笑む。
少なくとも、わたしからは今まで通りに接していこう。
彼を悲しませるなんて論外だ。
やがて、馬車はイルディオン公爵邸に着いた。
このエピソードは短かったので、もう一本、本日中に投稿します。




