25.思いがけない再会(後編)
アリーシアは兄の胸に飛び込んだ。ギュッと抱き締められて、その胸で子供みたいな泣きじゃくるしかなかった。
国王やエドアルドの前なのに……。
でも、我慢できなかった。二年間も兄が死んだかもしれないと思っていたのだ。生きていると希望を持っても、確信は得られなかった。
子供の頃、祖父母と両親と兄がいた。でも、一人一人、この世の人ではなくなり、最後に父と兄を失ったと思っていた。
わたしは一人きりになったんだと思っていたけど……。
帰ってきてくれてこんなにも嬉しいのに、この二年間の淋しさを思うと、兄を責めたくて胸を叩いた。
兄がふわりと頭を撫でる。
泣きじゃくっているから、子供扱いしているんだわ……。
その仕草が懐かしい。今までの兄との思い出が一気に蘇ってきた。
「お兄様に……会いたかったの。会いたくて……すごく……」
「……ごめん。おまえに苦労をかけたな」
「どうして……早く会いにきてくれなかったの? バルトは……お兄様の魔力を何度か感じていたって……」
しばらく帰れなかった理由は、国王に聞いた。だが、バルトは兄の魔力の気配を感じ取っていたし、それならそのときには帰ってきていたということだ。どうして姿を隠したままだったのか分からない。
「三ヵ月ほど前にようやく帰ってこられたんだ。だけど、公爵邸は見張られていた。誰がそんなことをしているのか敵の正体を調べるために、姿を現せなかった。父さんの事故に関して、ブランシュ子爵が関わっているかもしれないという話を陛下に聞いて、その調査もあった。一族をすべて洗い出して、事故に関与してないのかどうか……使用人もすべて調べた」
兄は兄で、調査に忙しかったのだ。それを聞いても、アリーシアはまだ不満だった。
「行方不明のままのほうが都合よかったのは分かるけど、せめて生きていることをこっそり知らせてくれればよかったのに。わたし、黙っていることくらいできるわよ」
「それはそうなんだが……。危険なことをしている自覚はあったから、またおまえを悲しませるかもしれないと思ったら、声をかけるのは躊躇われた。だけど、できるだけ早く戻るつもりではいたんだよ? おまえは叔父一家に蔑ろにされていたし……早くなんとかしたいと思っていたんだ」
兄はアリーシアの機嫌を取ろうと必死のようだった。その様子を見ていたら、なんだか子供の頃に戻ったみたいでおかしくなってくる。
涙も引っ込み、ハンカチで目元を拭いつつ、兄から離れた。そして、改めて困っている兄の顔を見つめる。
外国でずっと大変だったのに、元気そうだわ。よかった。
アリーシアは兄に微笑みかけた。
「分かったわ。でも、公爵邸を見張っていたのは誰だったの?」
「ボステンの魔法使いだった。ずっと見張っていたわけじゃなかったようだけど、恐らく僕が生きて戻っていないか、様子を見にきていたんだろう」
「どうしてボステンの魔法使いが……?」
メルテンス侯爵とボステンは繋がっていた。そして、メルテンス侯爵とブランシュ子爵も繋がっていた。だけど、ボステンとブランシュ子爵まで繋がっていたのだろうか。
「ボステンとの戦いで、お祖父様が活躍したことを根に持っているようだった。イルディオン固有の魔法を研究して、メルテンス侯爵を抱き込んで、ブランシュ子爵を裏切らせた」
「じゃあ、お父様の事故のことも……」
「それぞれの思惑があったから、ボステンだけのせいじゃないけどね。元々、外国に任務に行くために、わざわざ行先を偽装したのも、ボステンの間者が国内に入ってきているという情報があったからなんだ。まさかブランシュ子爵とボステンが通じているとも知らず……。わざわざあいつの屋敷に立ち寄ったのは間違いだった」
自分とエドアルドはそんなことなど何も知らずに、魔石や魔法薬のことでミュラー商会やメルテンス侯爵のことを調べようとしていた。最初からボステンのことを知っていたら、うかつに動けなかったに違いない。
「わたし達がしたことは余計なことだったかしら」
「おまえとエドアルド殿下の調査のことか? あれは役に立ったよ。本人達が喋っていたことが記録されていた。隠し部屋のことなんて、僕には分からなかったかもしれないし、証拠も手に入ったかどうか分からない。よく頑張ったね」
褒められて、少し頬が赤くなる。兄はそのことを国王、もしくはエドアルド本人から聞いていたのだろうか。
アリーシアはエドアルドをちらりと見た。彼はアリーシアを微笑みながら見守ってくれている。
「エドの……いえ、エドアルド殿下のおかげよ。わたしは魔法で鍵なんて開けられないもの」
兄はエドアルドに向き直った。
「エドアルド殿下、妹を気遣っていただき、本当にありがたく存じます」
「……いや、僕のほうこそ、アリーシア嬢に助けられた。彼女の助けがあったから、十年前の事件の真相を明らかにすることができたんだ」
それはエドアルドの母がメルテンス侯爵や王妃によって死に至らしめられた事件のことだ。当時は事件ですらなく、病死ということで片付けられていた。
国王が厳かな声で話し出す。
「三人とも、よく頑張ってくれた。オスカーには一年半もの間、外国で暮らさせる羽目になってすまなかった。アリーシア嬢にはただただ苦労させてしまってしまった。エドアルドには……私がメルテンスや王妃の暴走を止められなかったばかりに……」
国王は声を詰まらせた。
きっといろいろ思うところはあるだろう。
国王は側妃が亡くなった死因について、ひょっとしたら当時から気づいていたのかもしれない。だから、エドアルドを魔塔に預けた。手紙のやり取りはしていたというが、親子はほとんど会うこともなかっただろう。
結局は王妃とメルテンス侯爵を断罪することになり、ユスティスについても廃太子を決定した。
貴族は名誉や体面が大事だ。まして、王族はもっとそれらを守らなくてはならない。だから、アリーシアは国王が味方についてくれると聞いても、最後まで信じられなかった。
何故なら、事実を隠蔽しようと思えば、国王にはできるからだ。だから、全員の逮捕に至ったのは、当たり前のことのようには思えない。
「陛下には感謝を申し上げます。すべてを白日の下に晒すことに決めてくださったことに対して」
「いや……当然なんだよ。悪いことをすれば裁かれる。それが世の中の道理でなければならない」
国王はきっぱりとそう言い切った。
アリーシアはずっと国王に対して悪いイメージを抱いていた。しかし、国王は国王の考えがあり、アリーシアによかれと思って行動してくれていたのだ。
兄を長く外国に行かせたことの負い目だったのかもしれない。もしくは、イルディオンの一族を大事にしなければならないと考えていただけだったかもしれない。
それでも……わたしは感謝したいわ。
陛下のおかげで、わたしもイルディオン家もブランシュ子爵の魔の手から逃れられたのよ。
アリーシアは兄に尋ねた。
「もう公爵邸に帰ってくるんでしょう? お兄様が新しい公爵だものね。あ、早くバルトに会ってあげなくちゃ。彼はずっとお兄様が生きていると信じて待っていたのよ」
「ああ。そうだね……。今度こそ本当に帰れる」
兄は少し淋しそうに笑みを浮かべた。
懐かしい我が家だが、帰っても父はもういない。兄はそのことを思い出したのだろうか。
「二人でお父様のお墓にも行きましょう。もう心配いらないって言ってあげたい。きっと天国ではらはらしながら見守ってくれていたに違いないから」
「きっとそうだろうね。父さんなら」
兄はそう言って、父みたいにアリーシアの頭を撫でてくれた。




