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20.幻想魔法で叔父夫妻の感情を揺さぶる(前編)

 屋敷の扉を開けたホルツは、アリーシアの格好を見て、まず驚いた。


 そして、後ろにいるエドアルドを見て、もっと驚く。


「あの……お嬢様? いったい……」

「エドアルド王子殿下よ。卒業パーティーから送っていただいたの」


 それを聞いた途端、ホルツは恭しく礼をした。


「失礼しました。王子殿下、お嬢様を送っていただきまして、お礼を申し上げます」

「そんなに堅苦しくすることはない。リシアをいつも気遣ってくれているそうだね?」


 アリーシアは屋敷の中では執事長とメイド長、秘書官が味方になってくれていることを彼に話していた。


「は、はい。大した力にはなりませんが、お嬢様のためなら……」


 そこに、叔父が大声を出して、やってきた。


「誰が帰ってきたんだ? アリーシアか? イザベラか?」


 叔父の後ろには叔母もいた。二人はエドアルドを見て、固まっていた。アリーシアが夜会用の美しいドレス姿なのも驚いただろうが、一見して身分が高い男性が傍にいることにしばらく口も利けない様子だった。


「……どなたなのかい、アリーシア?」


 久しく聞いていない優しい声だった。


「エドアルド王子殿下よ。送っていただいたの」

「なんと……!」


 ホルツは第二王子が王宮にいないことなど知らなかっただろうが、さすがに貴族の端くれである叔父も叔母も知っていただろう。いなくなっていた王子がどうしてここに現れたのか、彼らはさっぱり分からず、頭の中でいろいろ考えているはずだ。


 ともあれ、王子と聞いて、いつまでも口をポカンと開けたままでいるわけにはいかない。彼らは慌てて王子に対してふさわしい礼をした。


「お、王子殿下にご挨拶申し上げます……。私共はアリーシアの叔父と叔母でございます」


 エドアルドはわざと尊大そうな態度で彼らに接した。


「そうか。リシアは僕の同級生だ。おまえ達はリシアの面倒をよく見てくれているそうだな?」

「……はいっ! もちろんですとも!」


 叔父も叔母も作り笑いで、必死にエドアルドに媚びを売っている。


「明日、一家で王宮に呼び出されたと思うが……」

「はい! そのとおりでございます。その……国王陛下は私共にいったい……」

「それは父上がお話をなさることだ。ただ、ひとつ言えることは……」


 エドアルドはもったいぶった。叔父夫婦は緊張して、彼の次の言葉を待っている。


「今日、兄上はリシアとの婚約を破棄したよ」

「えっ、そんな……」

「おまえ達の娘と婚約するかもしれないな」

「まあ!」


 叔母が思わず歓喜の声を上げた。彼女はイザベラ同様、それを望んでいたからだ。


 しかし、叔父はどうやら違っていたようだ。いや、最終的にはそうしたいと考えていたと思うが、叔父はイルディオン公爵家を継ぐということが最優先のはずだ。


 そのためには、国王と交渉しなくてはならない。国王からアリーシアと王太子の婚約を打診され、公爵代理の叔父が承諾して成立した婚約だ。それが勝手に破棄されたとなっては、自分の立場がない、ということなのだろう。


「陛下はどのようにお考えなのでしょうか」

「それも、明日、聞かされるだろうね」


 エドアルドにはぐらかされて、叔父は頭を悩ませている。その横で、叔母は晴れ晴れとした表情になっていた。自分の娘が王太子妃になり、やがては王妃になるという夢を描いているのだ。


「それで、リシアも王宮に呼ばれていると思うが……」


 エドアルドは叔父をじっと見つめる。叔父は落ち着かない様子で答えた。


「はい。アリーシアも必ず連れてくるようにと……」

「明日の朝、彼女のためのドレスを届けるから、それを着せて、王宮に連れてきてほしい」


 思いがけない言葉に、アリーシアのほうが驚いた。


「えっ、わたしのドレス?」

「君に似合うものを選んでおいたから、ぜひ着てくれ」

「あ……ありがとう」


 王宮に行くのに適切なドレスがないのは確かだった。だからこそ、叔父夫婦が自分に何を着せて王宮に連れていくつもりなのかと考えていたが、まさか彼が先回りしてドレスを用意しているとは思わなかった。


「明日、王宮で会えるのを楽しみにしている」


 彼はアリーシアにそう言うと、叔父夫婦は無視して、扉を出ていく。


「夜道、気をつけてね」

「ああ」


 彼は振り向いて笑顔を見せると、そのまま去っていった。

 アリーシアはなんとも言えない顔をしている叔父夫婦に声をかける。


「それでは、叔父様、叔母様、わたしは部屋に戻りますから」

「ま、待ってくれ、アリーシア。殿下とはどんな話を……。いや、そもそも第二王子は行方が分からないという話だったのに……」


 それは叔父には関係ない話だが、知りたくなるのは仕方がない。


「殿下は変装して学園に通っていらしたわ。わたしも最近まで気づかなかったくらいよ」

「そ、それで……何か私達のことを……」


「ああ、そうだ。もうすぐ王太子殿下がイザベラを送ってくるんじゃないかしら。もしかしたら、殿下は叔父様や叔母様にご挨拶なさるおつもりかもしれないわ。準備をなさったほうがいいわね」


 叔父も叔母もはっとしたように、自分の服装を見た。


 別に普通に自宅で過ごす服を着ているだけなのだが、王太子の挨拶を受けるには適当でないと思ったのだろう。慌ててメイドに、応接室を整えて来客の準備をするように伝えると、そそくさと自室に戻っていった。


 まあ、あの偉そうなユスティスがイザベラと婚約するからって、わざわざ叔父夫妻に挨拶しようと考えているかどうかは分からないけど。


 エドアルドのことでいろいろ追及されるのが面倒だったので、適当なことを言っただけだ。とはいえ、とりあえず、ユスティスがイザベラを送ってくるのは間違いないだろう。


 だって、迎えにきて、連れていったのも彼なんだろうから。


 いくら不誠実な彼でも、パートナー――しかも好きな女の子を屋敷前に放置して帰るはずがないと思う。


 アリーシアはマルガを呼んで、ドレスを脱ぐのを手伝ってもらった。


「せっかくのお姿なのに、もったいないですわね」


 マルガは久しぶりにアリーシアの晴れ姿を見て、嬉しかったらしい。彼女が涙ぐんでいるのを見たら、こちらまで涙が出そうになってきそうだった。


「明日は叔父様たちと一緒に王宮に呼ばれているのよ。朝にはまた新しいドレスが届くから、支度を手伝ってね」

「まあ……! もちろんですとも!」


 彼女は頼もしい存在だ。アリーシアは公爵家を取り戻せたら、なんらかの形で彼女に恩返ししたいと思った。


 化粧を落とし、寝支度を済ませる。


「では、明日が楽しみですね。今夜はゆっくりお休みください」

「ええ、お休み、マルガ。ありがとう」


 彼女が部屋から出ていき、しばらくしてから夜着の上からガウンを羽織った。このガウンもイザベラのクローゼットから取り返した昔の自分のものだ。


 幻想魔法を使い、姿を隠してから、部屋の灯りを消す。


 そうして、足音を立てずに一階へ下りていった。

このエピソードの後編は本日中に投稿します。

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