14.ミュラー商会に忍び込む
夜も更けて、約束の時刻になった。
アリーシアは姿を隠す魔法を施し、こっそり外に出ていく。途中、バルトと廊下ですれ違った。
彼はちらりとこちらを見る。
「もしかして、お出かけですか?」
もちろん、彼は目に見えなくても、魔力の気配でアリーシアに気づいているのだ。
「ええ。気になることがあって、調べにいくの」
「では、お気をつけて」
普通なら、令嬢が一人で夜に出かけるのなら止めるはずだが、彼は幻想魔法使いのアリーシアを無敵だと思っているから止めないのだ。
裏口の扉を開け、外に出る。辺りには誰もいない。なんだか心細いが、月夜だから真っ暗ではない。
自分を励ましながら、アリーシアは門の外に出た。魔法を解き、姿を現した後、少し歩いたところに、目立たない小さな馬車が停まっているのに気づく。
「リシア……」
馬車の扉を開け、エドアルドが顔を出した。アリーシアは駆け寄り、彼の手を借りて馬車に乗り込む。中は狭く、向かい合わせに座ると、彼との距離が近く感じた。
「大丈夫だった?」
「ええ。屋敷を出るまでは姿を見えないようにしていたから」
「自由自在なんだな」
彼は御者に合図を送る。すると、馬車は滑らかに動き出した。
ふと、自分の服装がいつものみすぼらしいドレスだということに気づき、恥ずかしくなってくる。
丈は短いし、黒っぽい色だから目立たないかもしれないが、汚れもあるし、繕いの跡もあった。慌てて肩からかけていたショールを巻きつける。
「寒い?」
彼は上着を脱ごうとした。もしかして、自分に着せかけてくれるつもりだろうか。
「違うわ。あの……緊張しているだけ」
「ああ、そうなんだね」
エドアルドはにっこり笑って、上着を脱ぐのをやめた。彼もまた黒っぽい服装をしているが、どことなく優雅な雰囲気を漂わせている。
「僕はワクワクしているよ。透明になるって、どんな気持ちなんだろう」
彼は忍び込むことに緊張するより、幻想魔法で姿を隠すことが楽しみにしているようだ。
「あの……自分の身体が透明になるのが見えるわけじゃないのよ」
「違うのかい?」
「人にそのように見せるだけ。わたし達は普通どおりよ」
彼は目に見えてガッカリしていた。よほど期待していたらしい。
「……でも、そうだね。僕達が互いに見えなくなってしまったら、不便でしかないよね」
そんなやり取りをしているうちに、ミュラー商会の本部に着いた。馬車は少し前に停め、そこで待っていてもらうことにして、二人で本部がある建物の前に行く。
「じゃあ、魔法をかけるわね」
自分の周囲の感覚が少しだけ変わる。彼もその違和感に気づいたようだった。
「君の魔力を感じるよ……」
彼は自分の身体を見回した。変化は見えなくても、魔力を感知する彼は、確かに幻想魔法がかけられたことを認識していた。
「どこから入るの?」
「もちろん正面からさ」
正面の扉に魔法をかける。すると、すぐに扉は開いた。
「すごいわ。今の魔法は何?」
「物を動かす魔法だ。鍵穴の中をちょっと動かしただけ」
事も無げにそう言うと、彼は扉を開け、中に入っていく。アリーシアも続いた。扉を閉めると、中は真っ暗だ。
彼はポケットから何か小さなものを取り出した。すると、それが光り出す。服飾店にあった強い光を放つものではなく、弱い光だ。
もちろん、それも彼が開発した魔道具なのだろう。市販されているものではないはずだ。
その灯りで辺りを照らしながら、内部を見て回る。真っ暗で誰もいないように見えるが、どこかの部屋に警備員がいないとも限らない。音を立てず、声も潜めて、静かに移動していく。
奥のほうに行くと、大きな机やソファがある、書斎みたいに見える部屋に行き着いた。恐らく会長が仕事をする執務室なのだろう。
エドアルドは机の引き出しの鍵を開け、中を探っていく。書類を見つけ、灯りを翳した。アリーシアは書棚にある帳簿らしきものを引っ張り出す。
が、証拠になりそうなことは記載されていなかった。
普通にボステンの商会から薬を輸入して、貴族向けの魔道具店に卸している。屋台に安く卸しているなんてことや、魔石を輸出していることは、どこにも書いてなかった。
少なくとも、帳簿上には不審な点はない。
「……金庫がある」
彼は声を潜めながら、指を差す。
金庫はお金を入れるものだとは限らない。大事な書類を仕舞うことにも使われる。アリーシアの叔父のように不正の証拠をその辺に置きっぱなしということはないはずだ。
彼は少し手こずったものの、魔法で金庫まで開けてしまった。
泥棒になれるのではないかと思ったが、黙っておく。さすがに不敬だからだ。それに、アリーシアだって、その気になれば泥棒になれるからだ。
「……ああ、これだ」
彼は目当ての裏帳簿と思しきものを見つけた。
そのとき足音が聞こえてきたので、彼は素早く金庫を閉め、灯りも消す。アリーシアは彼に腕を掴まれ、机の陰に隠れた。
「隠れなくても大丈夫よ」
「念のためだ」
気持ちは分かる。アリーシアもバルトが書斎に入ってきたとき、魔法で姿を隠しているから大丈夫だと思いつつも、ドキドキしたからだ。
部屋の外から声が聞こえる。
「物音がしたなんて、どうせ寝ぼけていたんだろ」
「いや、俺は起きてたぞ。仕事をさぼってたおまえと違う」
「誰もいるわけないんだからさ」
「だけど、一応確認しないと。特に会長室はさ。何か盗られてからじゃ遅いだろう?」
男二人の声が近づいてきて、部屋の扉が開いた。ランプを掲げ、男達は中を見回す。机のほうも見ていたが、彼らは何も気づかなかった。
「よし、何も荒らされてないな。さあ、仮眠しようぜ」
「おまえはさっきまで寝てただろ!」
男達はそんなことを話しながら、去っていった。やはり、警備員はいたらしい。ただし、まともに仕事はしていないようだが。
やがて、彼らの声が聞こえなくなる。
「本当に彼らには見えなかったみたいだな」
エドアルドは立ち上がり、再び灯りをつけた。そして、机の下に隠していた帳簿を取り出し、改めて目を通す。
「それは証拠になりそう?」
「ああ。これは裏帳簿だろうね。大量の魔石をボステンに輸出している。だから、多額の金がミュラー商会に入っているが……。おかしいな。薬の輸入については書いてないのに、魔道具店からの薬の代金は書いてある」
「表向きの帳簿には薬を輸入して、店に卸していることが書いてあって、魔石の取引については書いてなかったわ。どういうことかしら」
エドアルドは表向きの帳簿と裏帳簿を見比べた。
「なるほど。帳簿上は金の流れがきちんしているように見せかけている。裏帳簿には、輸出した魔石の代金が、店からの薬の代金として計上してあるんだ。それでも余った金はどこかに隠してあるんだろうな。その分は脱税していることになる」
「でも、薬は輸入しているんじゃないの?」
それがどうして裏帳簿には記載されていないのか、よく分からなかった。
「もし薬の代金がタダだったら、どうだろう? 金を払ってないなら、裏帳簿に記載する意味はない」
「えっ? タダなんて、そんなことあり得るの?」
「ボステンはあの薬に中毒性があると知っていた。それをこの国に広めたいと思っていた。あの薬が流行れば、間違いなく国が弱体化するからね」
ちょっと待って。
それはとんでもないことだわ……。
アリーシアは恐ろしくなった。王妃の実家であるメルテンス侯爵家がこの国を裏切っていたことになるからだ。
どうしてそんなことをしたの?
お金のため?
それとも、この国を滅ぼしたいとでも?
「どういうことなの……? メルテンス侯爵家は王妃の後ろ盾となる名家なのに……」
「恐らく薬の中毒性を知らずに売っているんだろう。屋台の薬はひょっとしたら別のルートでボステンが流しているんじゃないかな」
「じゃあ、ミュラー商会がボステンと取引をしているのは、単にお金のためってこと?」
エドアルドは頷いた。
「恐らくはね。ミュラー商会は商船を持っていたんだが、数年前に大きな取引をしたとき積み荷ごと船が沈没したと聞いた。メルテンス侯爵家は変わらず羽振りがよさそうにしていて、大した痛手ではなかったのだろうと噂になっていたらしい。だけど、実際には見栄を張っていたんだろうね」
アリーシアは大きな溜息をついた。
元敵国に大事な魔石を輸出するだけでも、国力を削ぐことになりかねないというのに、粗悪な魔石を最高級の魔石と偽って卸し、中毒性のある薬を流通させる。しかも脱税している。
これが明るみに出れば、メルテンス侯爵家はただでは済まない。
王妃の立場は弱くなり、ユスティスの即位も危ない。
それは、エドアルドやアリーシアにとっては願ったり叶ったりではあるけれど、あまりの影響の大きさに、溜息が出てしまうのだ。
エドアルドは再び金庫を開けて、中を調べる。が、他の証拠はどこにもなかった。
「仕方ない。本格的な捜査が入る前に感づかれて、裏帳簿を処分されたら困るから、過去分の帳簿の内、直近の一冊を持っていこう。これだけでも不正の証拠にはなる」
「それなら、魔法をかけておくわね」
アリーシアは書棚に隅にあった本を一冊出し、それを金庫の中に入れる。そして、金庫の前でさっと手を振った。
「……これで、しばらくの間は、金庫の中に過去の帳簿が揃っているように見えるはずよ」
「本が帳簿に見える……というわけか?」
彼は幻想魔法がどういうふうに作用するのか、知りたいのだろう。
「質感まで再現するには代わりの物があるほうがいいの。魔力がそんなにいらないし、長持ちするから」
「そういうものなのか……」
エドアルドは金庫に魔法をかけ、鍵がかかった状態に戻した。
二人は再び足音を忍ばせ、なるべく静かに建物の外に出る。彼は扉にも鍵がかかる魔法をかけた。そうしておけば、誰も侵入していないことに見せかけられるからだ。
「なんとか上手くいったわね」
「ああ、それなんだが……。もう一度だけ力を借りたいんだ。必ず守るから、これから僕と一緒に行ってくれないか? メルテンス侯爵家へ」
アリーシアは息を呑んだ。
ミュラー商会になかった証拠を、彼は捜しにいきたいのだ。確かに、ミュラー商会はメルテンス侯爵家が経営しているし、メルテンス侯爵が社主なのだが、自分が知らないうちにボステンと取引されていたと言い逃れするかもしれない。
やるなら、徹底的にしないと。
自分はともかくとして、エドアルドはメルテンス侯爵をどうにかしないと、ずっと命を狙われ続けるだろう。
そういった危険から解放されれば、彼は王子として堂々と姿を現し、たくさんの国民のためになることをできるはずだ。
わたしはその手助けをしたいわ……!
自分の能力を国王にいいように使われるのは嫌だ。だけど、自分の意志で彼に手を貸したい。そうすることで、今までじっと耐えていた彼が日の目を見られるのなら。
アリーシアは彼の目を見ながら頷いた。
「行くわ。どこへでも」
「ありがとう……リシア」
エドアルドは感謝の眼差しでアリーシアを見つめた。




