15.真実に打ちのめされる二人(前編)
まさかメルテンス侯爵の屋敷にまで忍び込むことになるとは思わなかった。
だが、これは必要なことなのだ。必ず証拠を掴みたい。
アリーシアはエドアルドと共に、メルテンス侯爵家の壮麗な屋敷が見える位置に立っていた。王宮みたいだと言ったら、大げさだろうか。でも、それに匹敵するくらい大きく、立派な屋敷でもあった。
加えて、高い塀に囲まれている。ずいぶん用心深いものだ。
門扉は高く、門番がいる。姿は隠しているものの、門扉が勝手に開いたら不審に思うだろう。となれば、塀を乗り越えるか、門番に門を開いてもらうしかない。
「……そうだわ。これはどうかしら」
アリーシアは閃いて、大きな犬の幻を出した。犬が突然激しく吠え出したので、門番は追い払おうとして、門を開く。その隙に二人は門の中に入った。
犬の吠え声はやんで、門番は首をひねりながら戻ってくる。どうやら急に犬がいなくなったことで、今のはなんだったのかと思っているのだろう。
夜中だから、寝ぼけてたって思ってほしいわね。
アリーシアはそう思いながら、エドアルドと共に邸内への侵入を試みる。もう夜中なのに誰か起きているのか、一階の窓に灯りが見えた。
「……寝静まるまで待つべきかな。いや、せっかく姿が隠れているんだから、灯りがついていない部屋から侵入してみるか」
「そうね。……あの窓は入りやすそうよ」
夜会などで両開きの掃き出し窓からバルコニーに出られるようになっているところがある。そして、バルコニーから庭に下りられるように階段までついている。ここでなければ、窓によじ登らなくては侵入できない。
彼はともかく、わたしは無理だから……。
二人はバルコニーに上った。厚いカーテンが閉まっていて、窓から中は見えないが、隙間から光が洩れているわけではないので、きっと誰もいないだろう。エドアルドが鍵を開け、そっと窓を開いた。
室内に入る。やはり真っ暗で誰もいない。彼がミュラー商会でも使った灯りを掲げると、そこは大広間だった。
「書斎を探そう」
扉を開け、廊下に出る。玄関ホールのほうが明るかった。
「もしかしたら来客中……? それとも、これから誰か帰ってくるのかしら」
アリーシアはメルテンス侯爵家の家族構成を思い出そうとした。
確か……先代侯爵が亡くなった後、王妃の長兄が侯爵となっている。その妻と子供達、そして先代侯爵夫人が暮らしているはずだ。
その子供達は五人で、一人を除いて女性ばかりだった。末娘が学園に通っていて、アリーシアと同学年だから、上の姉達はもう結婚している年頃だろう。
「ここの長男が夜遊びに熱心だというのはよく聞く話だからな」
エドがその話をどこで仕入れたのか分からないが、アリーシアも聞いたことがある。使用人の間で話題になっていたくらいだから、当然、貴族の間でも噂されていたに違いない。
酒場や娼館でとんでもないことをしても、王妃の甥という立場があるから、誰も逆らえないという話も聞いた。親であるメルテンス侯爵は船の沈没で大変な目に遭っていたというのに、息子は気楽なものだ。
一応、周囲に気を配りながら、エドアルドは扉をひとつずつ開けていく。
「……ここが書斎だ」
静かに扉を閉めて、二人は見回した。壁面が書棚で占領されている。窓際を背にして机が置いてあり、その前にソファとテーブルが置かれていた。
なんだか圧迫感を誘う部屋で、アリーシアは居心地の悪さを感じた。
「侯爵本人とボステンとの繋がりが分かるものがあるといいんだが……」
エドアルドはミュラー商会の執務室と同じように、まず引き出しから物色を始める。しかし、不正の証拠になるようなものは何も見つからなかった。金庫の中も同様で、メルテンス侯爵家の帳簿は見つかったが、特に不審な点もない。
「書棚は本ばかりよね……」
一応、目についた本を次々に手に取る。貴族の書斎にある本は、外側だけ本の形をしているだけで、中に貴重品を隠していることがあるというが、ここではちゃんとした本ばかりのようだ。
「書斎じゃなくて、寝室にでも隠しているのか……?」
彼は部屋を見回し、何かに気づいたように書棚のひとつに近づいた。
「この向こうに隠し部屋があるみたいだ」
「えっ、本当?」
彼は書棚を押したが、動かない。
「さすがに鍵はかけてあるか」
魔法で鍵を開ける仕草をすると、カチリと音がした。再び書棚を押したら、今度は動いた。
確かにその中に小さな部屋がある。そして、そこには別の金庫があった。つまり、この中にあるのが、侯爵が本当に隠しておきたいものだということだ。
一応、書棚は内側から元通りにしておく。ぱっと見には分からないようにしておけば、万が一、誰かが書斎に入ってきても、侵入者がいるとは気づかれないはずだ。
エドアルドは魔法で金庫の鍵を開け、中を見る。
「ああ……これだ!」
彼が引っ張り出したのは十通ほどの手紙の束で、メルテンス侯爵が個人的にボステンの誰かとやり取りをしていた証拠だ。
「相手はボステンの貴族だ。恐らくミュラー商会のように、この貴族も商会を経営しているんだろう。……いや、ちょっと待て。この貴族はボステンの高官を務めていたはず……」
彼は手紙を読んでいく。
「うん。間違いない。魔石について書かれている。これで、侯爵は言い逃れできないな」
「薬のことは書いてある?」
「……最高級の魔石を送ってくれれば、金銭のみならず、最新の魔法薬をつける……と書いてある」
それはエドアルドの読み通りだった。王家との繋がりを拠り所にしているはずの侯爵が、率先して国を疲弊に追い込む薬を流通させるはずがなかった。
ただ金儲けのためだけにボステンと繋がり、結果的に国を滅ぼすことに加担していたということだ。
商会同士のやり取りのみであれば、なんとか言い逃れはできる。しかし、ボステンの高官と個人的なやり取りをしていては、売国罪に問われるのは間違いないだろう。
エドアルドはすべての手紙を読み、その中から三通ほど選んで、上着のポケットに仕舞った。
「魔法をかけておくわね」
手紙の束に幻想魔法をかけると、ちゃんと数が合っているように見える。が、代わりになるものを入れてないので、そんなに長持ちはしない。
でも、きっとすぐに捜査されるだろうから……。
一時の間だけ、あるように見せかけられればそれでいいはずだ。
「これで証拠は揃った。そろそろ帰ろう」
だが、その前に馬車が屋敷に近づく音が聞こえてきた。
誰か帰ってきた……?
耳を澄ましていると、玄関の扉が開け閉めされる音や人の声が聞こえる。
やがて廊下を歩く人の気配がした。エドアルドが灯りを消すと、扉が開く音がする。書斎に人が入ってきたようだ。
彼と二人、息を殺して、身動きするのもやめた。書棚が仕切られているだけなので、書斎からの光が洩れていて、音もよく聞こえる。
男の声が聞こえてきた。尊大そうな声だ。
「……それで、こんな夜中になんの用事だ?」
それに女の声が答える。こちらは相手に媚びるような声だった。
「今の時間しか王宮を出られなかったのよ」
王宮……ってことは、まさか王妃が来ているの?
いや、ここは王妃の実家なのだから、お忍びで来てもおかしくはないだろう。偶然だろうが、自分達が忍び込んだちょうどそのときに、王妃が来るなんて想像もしていなかった。
ああ、だから、玄関ホールに灯りがついていたのね。誰か帰ってくるのではなく、来るのを待っていたんだわ。
訪問する手紙が来ていれば、お忍びだろうがなんだろうが、それなりの準備はしておくはずだ。もちろん、男の声は侯爵だろう。
エドアルドをふと見ると、彼はポケットから何か小さなものを取り出し、操作していた。なんだろうと思いながらも、囁き声が書斎にいる二人に聞こえたら困るから黙っておく。
彼らはソファに座ったようだった。
「王宮で何かあったのか?」
「実は、ユスティスがイルディオンの娘と婚約解消したいと言っているのよ。男爵家の娘に熱を上げていて……。ほら、イルディオン公爵家の代理をしている男爵よ」
男は鼻で笑った。
「なんて馬鹿な男だ。躾がなってないぞ」
メルテンス侯爵は王妃の実兄だが、身分ではもちろん王妃のほうが上だ。しかし、実際の関係は侯爵のほうが上のようだった。
「そんなこと言わないで……。ユスティスはいい子よ。ただちょっと……」
「ちょっと頭が足りないだけか。イルディオンの娘はユスティスと婚約していなければ、どこからも欲しがられていたはずだ。ブランシュ子爵だって息子と結婚させたがっていたのに」
「え、そうなの……?」
王妃は初めて聞いたような声を出していた。
アリーシアはだって初耳だった。
でも、どうしてここでブランシュ子爵の名前が出てくるの?
バルトは、父の事故がブランシュ子爵によって引き起こされたものではないかと疑っていた。しかし、アリーシアは疑問を持ちつつも、なんの証拠もないから判断を保留にしていたのだ。
もしかして、メルテンス侯爵はブランシュ子爵と繋がりがあったの……?
なんだか怪しくなってきた。
このエピソードの後編は本日中に投稿します。




