13.恐ろしい魔法薬
街歩きした三日後、アリーシアは授業が終わったので鞄を持ったところ、エドアルドに呼び止められた。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「ええ、いいわよ」
きっと例の薬のことだろう。もう調べ終わったのだろうか。驚くほど仕事が早い。
裏庭の一画、前に話をしたベンチがあるところへ行き、彼は話を切り出した。
「薬のことだけど……。あれは確かによく効くらしい。というか、一時的にすごく元気が出るそうだ。だが、中毒性があるんだ。飲み続けると廃人になる」
「えっ、それじゃ……危険なんじゃない?」
「そうなんだ。もし、あれが君の屋敷にあったとしても、絶対に飲んではいけないよ」
「分かったわ……」
あの薬は高価だったし、もし屋敷にあっても、自分の口には入らないだろう。
しかし、叔父一家のことはどうでもいいが、間違って使用人が飲んでしまったらいけない。マルガに話しておけば、上手く処理してくれるはずだ。
「魔石もやはり粗悪品だった。王妃の実家――メルテンス侯爵家は魔鉱石の鉱山を持っている。今まで良品を出していたのに、どうしてあんなものを流通させているのか分からない。それから、屋台で売っていたあの薬も、気になったから、後で隠蔽魔法を使って買ったんだが……」
「え、あれは……ただの偽物の薬じゃなかったの?」
何も効かないものを万能薬と称して売っているだけだと思っていた。
「中身は店で売っていたミュラー商会のものと同じだった」
「えっ、そんな……」
ミュラー商会が販売しているものは価値があると思われて、それで高い値段で売れるのだ。屋台で売っていたものは庶民向けとしては高価だったが、貴族向けの店で売っているものに比べるとずいぶん安かった。
「あまり利益にならないだろうに、いったいどうして屋台でも売るの?」
「屋台の主人に訊いてみたんだ。外国産と言ってただろう? だから、どの国なのかって。そうしたら、ボステン王国だっていうじゃないか」
ボステンは隣国になるが、昔、この国とは戦争になっている。アリーシアの祖父の時代だ。
祖父の暗躍もあり、戦争はこちらの勝利で終結し、和平条約を結んだ。表面上は仲良くしているが、今でもボステンは仮想敵国であることに変わりはない。
彼は話を続ける。
「もちろん、あの男が売ろうと思って、デタラメを口にしている可能性もある。だが、外国産として箔をつけたいのなら、普通はボステンの名を出さないだろう。かつての敵国なんだから」
「そうね。魔道具店の薬もボステンのものだったとして……ミュラー商会はボステンとの商売の許可を取っているの?」
現在、ボステンと商業的な関わりはあるが、範囲は絞ってあり許可制だと聞く。
「さすがに許可は取っているはずだ。ただ、中毒性の高い薬を輸入していて、なおかつ秘密裏に庶民にも流通させようとしているとなると、いろいろ疑いを持ってしまうな」
いくら祖父の年代の戦争だったとしても、今も禍根は残っているだろう。
王妃の実家であるメルテンス侯爵家がボステンと繋がる意味はないように思うが、メルテンス侯爵家とミュラー商会の目指すところは同じではないかもしれないし、ボステン側もそうだ。
どこがどう繋がり、怪しい薬が流通するようになったのか、もっと調査をする必要があるように思えた。
「これからどうするの? あの薬は早急に回収すべきだけど……」
薬を調べたのは魔塔だから、やはりそちらから王都警備隊に連絡してもらったほうがいいだろうか。
だが、エドアルドは首を横に振った。
「いや、メルテンス侯爵家がバックにあるとなると、もっと証拠を集めなくては、この件は握り潰される可能性がある。それに、先に薬が怪しいと騒ぎ立てれば、証拠も消されてしまうかもしれない。だから、薬に中毒性があることは、今のところ秘密にしておいてくれないか?」
「そ、そうね。でも、どうしたらこの件は追及できるの……?」
「まず、ミュラー商会に忍び込む」
「ええっ?」
彼はとんでもないことを簡単に口にした。
しかし、隠蔽魔法は恐らく役に立たない。隠蔽魔法は元の顔が分からなくする作用はあるが、透明人間になれるわけではないのだ。
「ま、待って。それなら、わたしも協力するから。幻想魔法なら、姿を消すこともできるし」
「姿を消す……? 幻想魔法はそんなことができるのか!」
魔法が好きな彼はそこに食いついてきた。
「イメージ的には『幻で創った透明の布をまとう』……そんなふうに見せるのよ」
正しくは『見せる』のではなく、精神そのものに作用させている。
それが幻想魔法の真髄だ。だからこそ、秘密にするのだ。精神に干渉する魔法を持つ者なんて、恐れられるに決まっている。
「そうか……。できれば頼みたい。いや、本音を言えば体験したい。だけど、君を危険に晒すわけにはいかないよ。僕は一応、この国の王子だ。国民に影響がある件を見逃すわけにはいかないが、君は一般貴族だから……」
彼は王族だけど、幻想魔法を利用しようとは思わないんだわ……!
アリーシアは彼の気持ちが嬉しかった。イルディオン公爵家は今までさんざん国王に利用されてきた。けれど、彼は幻想魔法の利点を知っても、同じことをしようとはしないのだ。
胸の中に温かい光が灯った気がした。
「いいのよ。わたしもこの国の貴族として……イルディオン公爵家の娘として、国のために働きたいわ。幻想魔法があると間違いなく便利だから、どうぞわたしを連れていって」
アリーシアは自分を売り込んだ。
彼は迷っているようだったが、やがて微笑んだ。
「じゃあ……頼むよ。ただ、決行は夜中になるけど……大丈夫かい?」
「ええ。夜中のほうがわたしもこっそり出やすいわ」
叔父夫妻もイザベラも寝静まった頃であれば、用事を言いつけられる心配もないからだ。
「だけど、鍵の開け方なんかは分からないわよ」
「それは……大丈夫」
力強くそう言うからには、何か秘策があるのだろう。
「何かあれば、必ず僕が君を守るからね」
エドはアリーシアの手を取り、はっきり宣言する。
いきなり手を握られて、ドキッとするが、きっと彼はこの件にアリーシアが関わることに、責任を感じているだけなのだろう。
でも、それが分かっていても、なんだかドキドキしてくる。
アリーシアは自分の頬が赤らむのを感じていた。




