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9.エドと一緒に華やかな服飾店へ

 久しぶりの街歩きだ。


 エドアルドの馬車で街中へ移動して、そこから歩いて店へ行く。


 彼の言う『知り合いの店』は一流店だった。いや、彼は魔塔に預けられていたとはいえ、第二王子なのだ。一流店に決まっている。


 そして、その店はかつてアリーシアもドレスをオーダーしていたことがある。二年も顔を出さなかったのに、今更行くのは気恥ずかしかった。


 エドアルドは通常の入口ではなく、特別な客のための入口に向かう。一瞬だけ警備員に止められたが、エドアルドの顔を見て、はっとしたように姿勢を正した。


「ご来店いただき、まことにありがとうございます。どうぞ中へお入りになってください」


 胸に手を当てて頭を下げる警備員の前を通り過ぎ、店内に入る。そこは優雅なサロンだった。


 壁には美しい絵画が飾られ、ゆったりとしたソファが置かれている。壁際にあるガラスケースには小物が並べられていて、そこが貴族の応接室ではないことを示していた。


 え? なんだか部屋が妙に明るいんだけど……?


 見上げると、天井には何か円盤状のものが取り付けられていて、そこからまばゆい光が放たれていた。


「こんな明るいものがあるなんて……。もしかして、これは魔道具……?」


「ああ。僕が開発したものだ。試作品をいつもこの店に置いてもらって、客の反応を聞いているんだ。この店では評判上々みたいだよ」

「素晴らしいわ! 貴族ならみんな欲しがるんじゃないかしら」


「いずれ、貴族だけじゃなく、みんなが気軽に購入できるものにしたいんだが。貴族向けにはもっと装飾を施すべきだね」


「でも、ランプよりずっと明るいから、それだけでも価値があるわ。明るく見えるだけで商品に高級感が出るわね。すごいわ」


 そんな話をしていると、四十代くらいの美しいマダムがやってきた。久しぶりに見る顔に、アリーシアは少し緊張してしまったが、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。


「エドアルド王子殿下にご挨拶いたします。イルディオン公爵令嬢アリーシア様……お懐かしいですわ。そろそろ学園をご卒業なさる頃ではありませんか?」


「ああ、それで、彼女の卒業パーティーのドレスが欲しいんだ。オーダーするのは間に合わないだろうけど、いいドレスがあったら……」


「ちょうどいいものがございますわ! 新しいデザインで見本として製作したものですが、アリーシアお嬢様にきっとお似合いになると思います」


 勧められたソファに座ると、助手が紅茶やお菓子を持ってくる。


 紅茶のいい香りが漂ってきて、いい気分になってきた。こんなふうに接待されるのは二年ぶりだ。屋敷の中でさえ、自分のほうが接待する側になってしまっていたからだ。


 ほどなく、最新のデザインのドレスを着たトルソーが何体も持ち込まれた。他に、装身具や扇、靴などもいくつも運ばれてくる。


 そういえば、この二年間、ドレスどころか他に何も新調したものはなかったわ……。


 改めて、屋敷で自分がどんな扱いを受けていたか、よく分かった。いつの間にか、使用人扱いされることに慣れてしまっていて、以前の自分の暮らしが分からなくなっていたのだ。


 ドレスを試着してみた。


 たっぷりと布を使ったオーバードレスが特徴的なデザインで、腰から下に何重にもチュールが重ねられている。色とデザインが少し違うものを何着も着てみた。


 普通は男性にそんなところは見せないものだけど、エドアルドは特に気にしていないようだ。ドレスについて、素直な感想を口にする。


「さっきの薔薇色のドレスのほうが似合うな。これに装飾をつけ足したりできるかな?」

「はい、なんなりとおっしゃってください」

「チュールで薔薇のコサージュを作って、チョーカーにしたら……どうかな? リシアはどう思う?」


 急に愛称で呼ばれて、ドキッとする。急に暑くなったのか、頬が上気してしまう。


「……すごくいいと思うわ。エドはセンスがいいのね」

「どうせなら、綺麗な君を見たいからね。マダムはどう思う?」


「そうですね。チョーカーのコサージュは小さめのものにして、お揃いのコサージュで大きめの髪飾りを作ったらどうでしょう」


 マダムはその場でデザインをさっと描いてくれた。自分が卒業パーティーでこんな素敵な格好で、エドアルドと登場するところを思い描き、うっとりしてくる。


 まるで夢みたい……。


 階段から落ちたあの日より前は、卒業パーティーに自分が出られるなんて思いもしなかった。しかも、パートナーまで現れてくれて……。


「これに合う靴と、それから小物も欲しいんだ」

「かしこまりました。こちらなどいかがでしょう?」


 気がつけば、自分より彼のほうが積極的に買うものを決めていた。一瞬、そんなに買ってもいいものだろうかという考えが頭を過ぎった。だが、自分は公爵令嬢なのだ。なんの遠慮がいるだろうか。


「そ、そうね。このデザインの靴が好きだわ」


 靴も試してみて、決めていく。小物も選び、気がつけば、いろんなものを注文していた。


「殿下のご衣装はいかがいたしましょうか? いつも新しい魔道具を置いていただけてお世話になっていますから、殿下のためにすでに何着かご用意しております」


 注文も受けていないのに製作しているとは驚きだ。


 エドアルドとマダムは親しい関係にあるのだろう。彼が魔塔に行くもっと前から、彼の母親の御用達の店だったのかもしれない。


 今度は彼の試着の様子を見た。


 彼は何を着ても格好よくて、目の保養になる。背が高く、すらりとしていて、姿勢がいいせいだろうか。光沢のある黒いマントをつけると、銀色の長い髪が映えて、もうそれ自体が飾りみたいに見えてきた。


「リシア、どれがいいと思う?」

「どれも素敵だけれど、今着ているのが一番いいみたい」

「じゃあ、マダム、これで頼むよ」


「はい、パーティーまでにはすべて補正も済ませて、お屋敷にお届けします。アリーシアお嬢様の分は……」

「ああ、彼女の分も僕の屋敷のほうに頼む」


 彼はこちらを向いて、にこっと笑った。


「パーティーには一緒に行こう」

「あ……そうね。気遣ってくれて、ありがとう」


 イルディオンの屋敷に届けられても困る。幻想魔法でどうにかなるかもしれないが、卒業パーティーまでは目立たないようにしておきたい。それに、あのドレスで歩いていくのはつらい。


「請求書は彼女の分もすべて僕のほうに回してくれ」

「えっ、それは……よくないわ」


 彼にドレスを買ってもらう理由がない。婚約者とかならともかくとして、彼はただのクラスメートなのだ。パートナーになるくらい親しくなったとしても、せいぜい友人でしかない。


「お父さんへの恩返しと思ってくれないかな。もしくは罪滅ぼしだ。君が二年も苦しんでいたのに、なんにもしあげられなかった……」


「あなたのせいじゃないんだし、罪滅ぼしだなんて……そんなふうに考えないで。でも……父への恩返しなら……ありがたく受け取るわ。その代わり、もしあなたが何か困ったことがあったら、協力するからなんでも言って。こう見えても、わたし、役に立つのよ」


 実際、幻想魔法はとてつもなく役に立つのだ。


 彼が正体を現せば、また命を狙われるかもしれない。もう無力な子供ではないし、魔法も使うだろうが、危険なことに変わりはなかった。


「うん、頼むよ」


 彼は冗談のように軽く言ったけれど、アリーシアは本気で助けたいと思った。


 だって、ユスティスなんかよりずっと立派だもの。


 彼のほうが王太子になるべき……と口には出せないけれど。

 心の中ではそう思っていた。

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