第32話 移り変わりゆくものと希望 5
読んでくださり、ありがとうございます。
本日2回目の更新でした。
明日、6時に最終話UPします。
その言葉に皆の驚き、そして希望を込めた視線がエイミーに注がれる。
植物の不作によって民の不安も高まり、国に対する不満の声も大きくなっているのだ。そんな状況を改善できる可能性を緑の瞳の少女は口にしたのだ。
エドワードが満足そうに妹を見つめ、優しい眼差しで微笑む。
兄の視線に背中を押されたのだろう。エイミーは再び話し出す。
「あたしの兄、そしてシンクレア夫人が抱いている花。それは紫陽花ですね。紫陽花は土壌によってその色を変えるんです」
花の色が変わると言われ、その場にいた人々は花を交互に見る。
青い花と赤い花、そのどちらも形は同じだが色ははっきりと異なっているのだ。
突然、変化すると言われても信じられないのだろう。
「紫陽花は土壌が酸性ですと赤く、アルカリ性ですと青く咲くんです。この花の大きな特徴で花言葉にも移り変わりというものがあるほどです。おそらく、隣国ではあっても我が国と王太子妃殿下の母国の土壌の性質は異なるのではないでしょうか」
エイミーの発言に王太子妃殿下アウローラの侍女やメイド達がお互いの顔を見合わせる。隣国であれば、似たような気候で同じような植物を目にするのだ。
しかし、土壌が違えば当然育つ植物も異なってくる。どうやら、彼女達にも思い当たる違いがあるのだろう。
「これは不幸な行き違いです。妃殿下にはもちろん、植物にだって敵対する想いはないうはずです!」
「……植物っておい」
「しっ! クロウ黙りなさい。ただでさえ、私達は目立つんですよ」
力強く断言するエイミーの後ろでクロウとアルフィーが小声でやりとりをする。
ルディはというと嬉しそうにエイミーを見つめ、しっぽをぶんぶんと降っている。
そんな様子に呆れた視線を向けたエドワードだが、すぐににっこりとよそゆきの笑みを浮かべた。
「妹の申している通りかと。先程も申し上げましたが、そちらの赤い花も私の持つ青い花も無害であると魔導士である我々が調べたところ無害でした。魔導士として私もそれは断言できます」
エドワードの言葉を聞き、皆黙るが、お互いに視線を交わす姿にはまだ戸惑いが残る。そのとき、それまで耳を傾けていた王太子妃がシンクレア夫人の前に足を踏み出す。
そしてアウローラ王太子妃はシンクレア夫人が抱いていた赤い紫陽花をそっと手に取った。
「……綺麗ね。この花もそちらの花も。この花は晴れの日にも雨の日にもとても美しく咲くの。切った枝からも育ち、また花を咲かせる。あなたもこの花のように、こちらの国に根差し、愛される存在になりなさいと言われ、この国に嫁ぎました。――ですが、私では力不足だったのかもしれませんね」
寂しげに目を伏せたアウローラ王太子妃の言葉に侍女は悲痛な表情を浮かべる。
本来、上に立つ者が感情をあらわにするのはアウローラ達の国では良しとされない。それにもかかわらず、現れたアウローラ王太子妃の辛そうな表情には彼女が抱えてきた痛みが感じられた。
王太子妃であるアウローラがこの国に訪れる前から、傍で見守ってきた侍女にはその苦しみが痛いほど伝わるのだろう。
そのとき、廊下からバタバタとこちらへと向かってくる足音が響く。
「何があったのですか⁉ 王太子妃殿下の前ですよ」
騒々しく走ってくる者たちを侍女が叱責するが、近付いてきたその顔に気付き、言葉を控える。
そこに現れたのは王太子付きの使用人達だったのだ。
息の上がった男たちだがその呼吸を整える間もなく、侍女に告げる。
「王太子殿下が……、王太子殿下がお目覚めになりました!」
「なんと……!」
歓喜と驚きの入り混じった声を皆が上げる。
エドワードとエイミーは視線を交わして微笑む。シンクレア夫人はホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。
人々がそれぞれに感情を表す中、ただ一人感情を表さない者がいる――王太子妃殿下アウローラだ。
「アウローラ王太子妃殿下……ようございましたね」
これで王太子妃殿下の疑惑も晴れるだろう。そう思った侍女がそっと話しかけた侍女が固まる。
アウローラの表情は大きく変わらないが、その頬には涙が伝う。
次々と零れ落ちていく涙に周囲は静寂に包まれる。
ぽろぽろと流れる涙を拭うこともないアウローラの口から小さく開いた。
「よかった……ディビット様はご無事なのですね。よかった……本当に」
彼女の言葉はアウローラ自身の疑惑が晴れた喜びではなく、純粋に王太子の回復を喜ぶものだとこの場にいる全員に伝わるものだ。
その瞬間、使用人や護衛の者達の疑いも霧が晴れるように消えていく。
まだ若い彼女が他国で背負っていた不安と孤独を思い、疑いを抱いていた自分たちを彼らは恥じた。
わふ! というルディの声でハッとしたのだろう。辺りはまた騒がしくなる。
エイミーはエドワード達と共にその場を後にするのだった。




