第33話 エイミーは家族とのんびり暮らしたい
本日、最終話です。
紫陽花の花が似合うような雨の日が続いていたが、今日は晴れ上がり、青空が広がる。
そんな空の下、エイミーは弟のルークと共に庭でのお茶会を楽しんでいた。
あの王城での出来事から一週間、魔導士であるエドワードと共にエイミーも土壌の問題に対し、説明を求められた。
やっと一息つけるようになったところなのだ。
「でも、今回のことであたしの前世の知識が役に立ったなら嬉しいな。花の知識も花言葉も、皆を楽しませられたらいいなって思っていたんだ」
エイミーの言葉にルークはにっこりと可愛らしく微笑む。
「知識は持つだけでは意味がありません。それをどう生かすかはその人にかかっています。だから姉さまは凄いんですよ」
「大変! ルークがますます可愛いわ!」
王太子の体調は改善しつつある。どうやら、体調不良の理由は疲労とアウローラ王太子妃の状況への心労が大きかったようだ。
そんな王太子の元に王太子妃アウローラが毎日足を運ぶ姿を、王城の者たちは見かけているそうだ。
それを見た周囲の評判も自然に変わっていく。
黒髪黒目の敵国から嫁いだ姫君――先入観が実際のアウローラの姿を曇らせてしまっていたのだ。
「でも、姉さま。緑の乙女の選定はどうなったのですか?」
「それがね、シンクレア夫人の旦那さんの研究が日の目をみそうなの!」
シンクレア夫人の亡き夫の研究は緑の乙女に関する独自のものだ。
緑の乙女は能力の過多だけで決まっていたものではないという。
かつては植物魔法を持つ者を中心に大地を育んでいた。大地に触れ、その力を使い土壌を改善していたというのだ。
「でね、ブリジットや他の緑の乙女候補を中心に、この国の状況をまず変えていこうってなっているみたいなの。ブリジットは村の人の役に立てるって張り切っているわ
」
「……おまえはどうするんだ?」
クロウの言葉には心配する響きがある。
エイミーもまた緑の乙女候補であり、今回の件で注目を集めた。
そんな彼女が国や教会に取り込まれないかとクロウは案じているのだろう。
それはアルフィーやルークも同じようでエイミーに注がれる視線が真剣なものに変わる。
「そうだね。あたしの知識を元にお兄様と魔導士の人たちが協力して、薬品を作ることになっているの。植物魔法を持つ人たちと同時に薬での改善を促していくみたい。シンクレア夫人がおっしゃるには、誰かがではなく、皆が自然に関心を持った方が効果が大きいそうよ」
エイミーの口にした内容を聞いて、アルフィーやルークはほっとした表情を浮かべる。クロウもエイミーの回答に納得した様子だ。
「しかし、土壌の色で花の色が変わるとはなぁ」
「そうだね。紫陽花自体がこの国にはないし、あたしも前世の知識がなかったらわからなかったと思う」
紫陽花は土壌のpHで花の色が変わるという前世の知識は大きく役立った。
しかし、それだけではエイミーも自分の判断に自信を持つことは出来なかったであろう。
その背中を押したのが父ジョセフたちと共に植えたブルーベリーの成長だ。
苗は植物魔法に長けたエイミーが育てたことで村でも順調に育った。
だが、ブルーベリーはただ皆で植えただけである。
それにもかかわらず、村の土壌でも育ったのは土壌が酸性であるためだとエイミーは気付いたのだ。
同時にシンクレア夫人の説である皆で育くむことは大地の力を活かしたのだろうというのがエイミーの今の考察である。
「まぁ、でもよ。今回はお前の力がでけぇよな。それがなきゃよ、混乱は続いてたろうし、王太子妃の疑惑も溶けねぇままだろ? そういうのはよ、偏見のねぇお前だから出来たんじゃねぇかって……まぁ、言えるな」
「……クロウ、ありがとう」
気恥ずかしそうに称賛の言葉を口にするクロウに、エイミーは笑みを浮かべる。
前世の記憶を持つために、どこか拠り所のない想いで過ごしていたエイミー。だが、家族を得たことでエイミーは自分の居場所を見出したのだ。
そして、そんなエイミーがいたことでクロウとアルフィーにも居場所が見つかった。クロウの言葉に、アルフィーもまた優しい眼差しでエイミーを見つめた。
「――じゃあ、姉さまは王都に行ってしまうの?」
植物魔法を持つ少女たちが国に貢献する。そうなれば、エイミーもまたこの村を離れなければならないのではとルークは不安を抱く。
「あたしは王都とこの村を行き来する形になるそうなの。ブリジットと交代でね。だから、今までとそんなに変わらないはずよ。あたしは皆と一緒に過ごしたいもの」
エイミーのその言葉でルークの表情はぱっと明るくなる。
「よかった! あ、姉さま。見て! あっちに可愛い鳥が巣を作ったんです」
「待って、ルークったら」
お茶会のテーブルから、姉弟はどんどん遠ざかっていく。
微笑ましい姉弟の背中を見つめながら、クロウはアルフィーに問いかける。
「おい。エドワードとシンクレア夫人の話は本当なのか?」
「半分は事実、半分は優しい嘘ですね」
穏やかな笑顔のアルフィーだが、クロウはそんなことだろうとため息を溢す。
過保護なエドワードがエイミーに不利になる状況を作り出すはずがないのだ。
「植物魔法を持つ者の中で圧倒的な力を持つ者を、緑の乙女と呼んだそうです。ですが、その事実を国や教会に知られればお嬢さまの自由がなくなりますから」
「国に忠心を誓えねぇやつを魔導士として使うなよ。そういうとこだぞ」
エドワードが優先するのは常に家族、そこは決してブレることはないのだ。
ぶつぶつとエドワードの在り方をぼやくクロウだが、アルフィーは微笑んだまま尋ねる。
「……そもそも、あなたは我々より詳細に知っているんじゃないですか?」
「あん?」
意味ありげなアルフィーの言葉にクロウは彼を睨む。
だが、その眼差しで事情を把握されていると観念したらしい。
はぁと大きなため息を溢した。
「俺は詳しいことは知らねぇ! その犬だろ!」
「わふ!」
熱心に土を掘り返していたルディをクロウは羽で指し示す。
その様子にくすりとアルフィーは笑った。
エドワードが夫人から聞いた話では、緑の乙女の元にはこの世界では見たことのない不思議な生物が顕現したという。
アルフィーはルディがかつての緑の乙女同様にエイミーの元に現れたと考えているのだ。
「仮初めの姿で現れるそれは大地の精霊の化身ではと、シンクレア夫人の夫は考えていたそうですよ」
「……わふ」
土を掘っていたルディは動揺したのか、視線を逸らす。
「おい。もうしらばっくれても仕方ねぇみたいだぞ? まぁ、いいじゃねぇか。とりあえず、問題は解決したんだしよぉ」
「おや、他人事のようですね。クロウ」
しょげたようにしっぽを下げつつ、再び土を掘り始めるルディをクロウがフォローする。そんなクロウにもアルフィーは笑みを浮かべつつも鋭い視線を向けた。
そう、秘密を抱えているのはルディだけではないのだ。
「緑の乙女と共に国や教会を裏切った黒髪黒目の男は魔術で姿を変えられたという文献があるそうです。喋れる鳥は南国にいるといいますが、自分の意志で流暢に話すなんて――おかしなことですよね」
ぐっと言葉に詰まったクロウは逃げるために羽を開くが、その首をアルフィーが抑える。黒をまとう二人は互いの瞳を見つめるが――そこに溌剌とした声が届く。
「ねぇ、皆。これを見て! 綺麗でしょう?」
そう言ってエイミーが持って来たのは紫陽花の花だ。
青系から赤系と同じ紫陽花でも色が変わる。今回の王太子妃の疑惑に繋がった紫陽花だが、同時に彼女への不信を取り払うきっかけにもなったのだ。
「花言葉は紫陽花にもあるんですか?」
ルークの問いかけにエイミーが頷く。
「もちろん。移り気、辛抱強さとかだね」
「……なんか、あんまりいい意味じゃねぇなぁ」
クロウの言うとおり、確かにその愛らしい姿に反して、花言葉には華やかさはない。しかし、紫陽花にはもう一つ花言葉があるのだ。
そして、それはこれからのエイミーにとっても重要な意味がある。
「ふふ、紫陽花には“一家団欒”なんて花言葉もあるのよ。……これからも、家族皆でのんびり暮らしていけたらいいよね」
そう言って微笑むエイミーにルークも嬉しそうににこにこと笑う。
「できるだろ。なぁ、アルフィー?」
「わふ!」
これ以上余計なことを言うなと言わんばかりのクロウ、それに同意するように鳴くルディだが、アルフィーも当然この日々を壊すつもりなどない。
「緑の乙女の問題も、不作の問題も対策が取られています。今後、王太子妃殿下のお姿を王国民が拝見することでまた、なにかが変わっていくかもしれませんね」
黒を忌む――そんな価値観もまた、次代の王と王妃によって変化していくはずだ。
エイミーの持つ前世の記憶はアルフィーやクロウに居場所を作っただけではなく、そんな新たな王と王太子妃の関係をも改善したのだ。
この世界にはない植物を生みだし、育てるエイミーだが、彼女の知識や考え方もまたここにはないもの。だからこそ出来ることがある。
緑色の瞳を輝かせ、エイミーは今日も人々に花の美しさと育てる楽しみを伝える。丁寧に育てた花に花言葉を添えて、その人の日々に彩りを与えるのだ。
家族とのんびり過ごしたい――そう願うエイミーは今日も温かな家族と共に懸命に生きている。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!




