第29話 移り変わりゆくものと希望 2
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爽やかな風が吹く中、木漏れ日の下でお茶会を楽しむ少女二人。
絵画になりそうなほど美しい光景なのだが、少女達の会話は実は不穏なものだ。
「毒殺疑惑!?」
驚きのあまり、大声を出したエイミーにブリジットが慌てる。
「こ、声が大きいわ。エイミー」
「ご、ごめんなさい。あたしはまったく知らない情報だったから……」
エイミーの言葉にブリジットは不思議そうな表情を浮かべる。
「……お兄様に聞いていらっしゃらないの?」
「うーん。こういうものは教えてくれないのよね」
過保護な兄は危険な情報は一切知らせてくれないのだ。
アルフィーからそれとなく聞いて、知ることも多いのだが、今回はあまりにも衝撃的な内容であり、伝えることを避けたのだろう。
「でも、どうしてそんな疑惑が? 王太子殿下がご体調を崩した。そういう話ではなかったの?」
ブリジットも同意するように頷く。多忙を極めた王太子が体調を崩した。身分の差はあれど同じ人なのだ。時には体調を崩すことも当然ある。
純粋に考えれば、ただそれだけのことである。
「王太子殿下が突然、ご体調を崩されたのが第一、でもそれ以上に大きかったのが花の色の変化だそうよ」
「……花の色の変化?」
突如、現れた花という自分にも馴染みのある言葉にエイミーは小首を傾げる。
「えぇ、私達の国の国旗は青と白でしょう? その色と同じ青に咲くはずの花が赤く咲いたんだそうよ」
「赤く……アウローラ王太子妃殿下の母国の国旗の色ね」
エイミーの言葉にブリジットがこくりと頷く。
青という国を象徴する色に染まるはずだった花が、かつて敵対していたアウローラ王太子妃の国旗の色に染まる――それを不吉だと捉えたのだろう。
「でもそれって、ただの手違いじゃないの?」
「それが……花はアウローラ王太子妃殿下の母国から取り寄せたものなの。だから、より一層不信感が高まってしまったみたい」
「あぁ、意図的に母国の国旗の色の花を送ったと考えられたのね」
苗によって花の色も変わる。それが手違いで間違えた苗を植えてしまった可能性が
他界のではないか。そんなエイミーの考えはブリジットに即否定された。
王太子妃の国からわざわざ彼女をねぎらうために王太子が取り寄せた花。
それがかつて敵対していた国家の国旗の色だったのだ。
なにかしらの意図を感じる者がいるのも当然である。
「えぇ。一部の貴族たちは憤慨しているとも聞いたわ。そんな貴族から守るためにも王太子妃は自室とその周辺しか出歩けない様子なの」
「そんなのおかしいでしょう。彼女は王太子妃殿下なのに……」
他国からきてまだ日が浅いアウローラ王太子妃が、早くこちらに馴染めるように配慮すべきであるのにとエイミーは憤る。
「そうね。でも、おそらくはアウローラ王太子殿下を守る意味もあると思うわ。疑念や敵意は当然伝わるし、逆に社交界では穏やかに話しかけつつ、棘を刺すこともあるもの。自室で過ごすほうが心穏やかかもしれないわ」
王城でもマイペースに過ごしていたエイミーと違って、ブリジットは貴族や教会側の人間とも接点が多かったのだろう。
行動を制限することで、王太子妃を敵対視する者から守る意味があるというのはエイミーにはない視点だ。
「王太子妃殿下への疑惑を解くために、今は魔術師の皆さんが花の毒性の有無などを調べているようよ。少なくとも、王太子殿下の健康を害しているのがアウローラ王太子妃殿下の国の花ではないことは証明されるはず」
赤いブリジットの髪が風に吹かれて揺れる。
どんな色に咲こうともその花が美しいことに変わりはない。
花言葉は色によって意味が変わるが、その花の美しさも育てた者の想いも変わりわけではないのだ。
花に毒性がないとわかっても母国の国旗の色に咲いた事実がある。
アウローラ王太子妃に対する一部の人の不信感が消えるとは限らないのだ。
「花はただそこにあるだけで綺麗で心を癒してくれるのにね」
「エイミー……」
育てた花を人々が手にして喜ぶ姿にやりがいを感じていたエイミーの言葉には悲しみがある。
そんな友人の手にそっと手を添え、労わるようにブリジットはエイミーを見つめるのだった。
*****
面会を許された人物を見て、アウローラはため息を溢したいのをぐっと抑えた。
感情を容易く他者に見せるものではない。そう育てられたのもあるが、一番の理由は目の前の人物を自身の面倒事に巻き込みたくはないからだ。
シンクレア・カトリーナ――アウローラの教育係を任された彼女は厳しいが、同時に先入観なく接してくれた数少ない人物である。
そんな彼女が共にアウローラの元を訪ねてきたのだ。
彼女と同行しているのは王太子妃の私室の前の護衛たち、名目上はアウローラを守るためなのだろうが、その一方で情報収集のためだろう。
部屋に置かれた調度品は瀟洒で美しい。
母国とは異なる文化に馴染むのは難しいが、それもまた当然の試練だと思っていたアウローラだが、今の状況は想定外だ。
「不躾だとは重々承知しております。ですが、なにか私にお役に立てることはございませんか」
アウローラを見つめるシンクレア夫人の瞳には真摯さが見える。
おそらく、彼女の真意なのだろう。
しかし、その厚意を素直に受けることはアウローラには難しい。
彼女に他意はなくとも、彼女がここに訪れることを許した者たちは気心の知れたシンクレア夫人を前にアウローラの口が緩むのを期待しているのだ。
だが、これ以上自分に何ができるのだろう。そんなやるせない想いはアウローラの心に暗雲をもたらす。
母国からの助けも得られないだろう。周囲に付いている者とて、何かあれば裏切る。アウローラはもはや全てに疲弊していた。
「――この国では私は不幸の象徴。そんな私をディビット様は娶るべきではなかったのです」
小さく掠れるようなその呟きに、シンクレア夫人と共に訪れた護衛たちが驚きの声を上げる。王太子妃を前に無礼ではあるが、驚きのあまり堪えられなかったのだろう。
「それはご自身が本件にかかわっているとお認めになるということでしょうか……」
王太子の侍従もまさか、そんな言葉がアウローラから出るとは思っていなかったのだろう。戸惑いの表情を浮かべている。
けれど、アウローラの表情は変わらない。
「今、この状況も含め、私がいなければ全て起こり得なかったと言えるでしょう」
部屋はアウローラの言葉に騒然とする。
怒りを抱く護衛たち、突然のことに戸惑うアウローラ付きのメイド、そんな中でシンクレア夫人だけは悲し気な瞳でアウローラを見つめる。
「王太子妃殿下はご気分が優れないのご様子。ご退室を……皆さま、ご退室をお願いいたします!」
侍女が慌てて取り繕うが、このドアの向こうに人々を追いやったとしても、その口に戸は立てられない。
アウローラの発言は王城中に広がっていくことだろう。
「これは……、なにかご事情があるはず! 王太子妃殿下、もう少しお時間を! お願いいたします!」
悲痛なシンクレア夫人の声だが、王太子妃の私室のドアが無情にも閉じる。
部屋の外に出た者達は動揺しつつもそれぞれのすべきことへと行動を移す。
先程、王太子妃が口にした言葉を上の者に伝えるためだ。
だが、シンクレア夫人は茫然と立ち尽くしたままだ。
礼儀作法を教える側の彼女としては珍しい行動、それには理由がある。
「……違う、違うわ。先程のアウローラ妃殿下の眼差しがそうおっしゃっているもの」
王太子はまだ体調を崩し、寝込んでいる。
手を差し伸べる者がいない今、アウローラ王太子妃は失意の中、なげやりになっているのだろう。
夫を失い、日々の生きがいを失ったシンクレア夫人にはその気持ちが痛い程わかるのだ。
ぎゅっと唇を噛んだシンクレア夫人は、今自分が何が出来るのだろうと歯がゆく思うのだった。
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