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《完結》 看板娘の花言葉 ~緑の乙女は家族とのんびり暮らしたい~  作者: 芽生 1/15『裏庭のドア』3巻・コミックス1巻発売!


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第27話 淑女のイヤリング 5

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

あと数話でラストなので、毎日更新の予定です。

よろしくお願いいたします。


 

「これはアガパンサス。凛として美しいですよね。もうじき開花すると思います」

「えぇ、凛として華やかで……私には不向きかもしれませんね」

「そうでしょうか? もう少し他のお花もぜひご覧くださいね」


 古い木造の家の裏庭にはシンクレア夫人が見たこともない花々や植物が数多くある。風に揺れる木々の葉が揺れる音、鳥たちの声、花の香り。王都でも見たことがない花々にシンクレア夫人は圧倒される。


「ここの緑はどれも美しいですね」

「ありがとうございます! 私が全て育てているんです」


 称賛の言葉に笑顔を向けるエイミーだが、夫人は木の枝に止まる生き物に気付いたようだ。


「……あれは、黒い……鳥かしら」


 不吉の象徴であると考えられる黒。そんな黒一色である鳥、クロウを見つめるシンクレア夫人だが、その表情には嫌悪は浮かばない。

 どちらかといえば、関心があるようでじっとクロウを見つめている。


「……そのような表情はお控えになったほうがよろしいですよ」

「はっ! す、すみません。嬉しくってつい……」


 この女性がシンクレア夫人であろうことはエイミーにも察しがついている。

 しかし、彼女が名乗らない以上、こちらからそれに触れるべきではないだろう。

 ただ、エドワードの知人であるシンクレア夫人が黒色に対し、偏見のない人物であることがエイミーは嬉しいのだ。

 にへにへとしまらない表情を軽く手で押さえるエイミーにシンクレア夫人は怪訝そうな表情を浮かべる。


「嬉しい? どうしてですか?」

「黒い色を嫌う方も多くいますから。あたしには理解できないですけど」


 なんでもないことのように言うエイミーだが、根付いた考えや価値観を変えることは困難だ。それを変えるには長い時間をかける必要があるだろう。


「それには理由があるんですよ。私の夫、アレックスは緑の乙女の研究をしていたの。かつて、緑の乙女を支えていたのは黒髪黒目の者だったそうです」

「そ、そうだったんですか……」


 初めて聞く情報にエイミーは目を大きく見開く。

 

「でも、緑の乙女は国と教会を裏切ったと言われております。そそのかしたのがその黒髪黒目の従者なのだそうです。それ以来、黒が忌まれてきたらしいんです。ただ、次第に緑の乙女の伝承が薄れていって……黒を嫌う価値観だけが残ったんでしょうね」


 緑の乙女にまつわるこの話はエイミーにとって初耳である。

 王城での緑の乙女の歴史を学んだ際にもこういった話は聞いていない。

 シンクレア夫人の夫であるアレックスの研究が、国や教会に共有されていないのか。あるいは、自分たちにとって不都合だと伝えていないのかは定かではない。

 しかし、アルフィーやクロウと長く過ごしていたエイミーとしては納得できない思いだ。

 そんなエイミーの想いは表情に出ていたのだろう。

 シンクレア夫人が優しく声をかける。


「うちの夫もそんな表情で怒っていました。黒髪黒目は親しみを感じるのに! ってね」

「え?」


 昔を懐かしむように微笑むシンクレア夫人が口にしたのは、エイミーの抱く想いと同じものだ。前世の記憶があるエイミーとしては、黒髪黒目は身近で安心感を与えてくれる。

 この世界では多くの者が抱く黒への忌避、それはこの世界の価値観を持っていないからこそのものではとエイミーは思うのだ。

 

「そもそも緑の瞳にそこまで入れ込むことがおかしいと彼は言っていましたね」

「違うんですか?」


 エイミーの問いかけにシンクレア夫人はこくりと頷き、風に吹かれる木々を見つめながら口を開く。


「大事なのは緑を育む力、慈しむ心――だけど、緑の乙女は形骸化されてしまったんです。ですが、それ自体が問題ではないんですよ」

「でも、緑の乙女がいなければ、大地の力は弱まってしまうんですよね」


 そういった理由で、緑の瞳を持つ少女たちが王城へと集められたはずだ。

 

 「ええ、そうよ。問題は大地の力が弱まってしまうことですね」


 シンクレア夫人の言葉にエイミーは困惑してしまったようだ。

 緑の乙女がいることで、大地の力が強まり、今の状況が改善するとエイミーは信じてきたのだ。


「ここは本当に素敵ですね。夫がいた頃を思い出します。あの人も緑が好きで、よく王城の植物の手入れをしていたんですよ。研究職なのにね」


 くすくすと品よく笑うシンクレア夫人の耳元できらりと何かが光る。

 木漏れ日の中、イヤリングが揺れ、輝くのを見たエイミーはハッとする。

 

「あの、あなたに似合う花がわかりました」


 嬉しそうに笑うエイミーはまるで花がほころんだようだとシンクレア夫人は思う。

 同時にシンクレア夫人は心地よい緑の中で、久しぶりに心穏やかに過ごせていることに気付くのだった。

 

 

「……これがそうなのですか?」


 エイミーが用意した花は鉢植えである。

 てっきり、花束だと思っていたシンクレア夫人は少々驚いたようだ。

 見たことのない植物は小さな花が連なるように咲く愛らしいものである。

 

「フクシアというのですがその形から、淑女のイヤリング、そう呼ばれる花なんです」


 シンクレア夫人はエイミーが自分のことを知っているのだと気付く。

 彼女が名乗らないため、エイミーもまた自ら名乗ることをしないのだ。

 おまけに今回、エイミーは花屋としてここにいるのだ。


「花言葉は慎ましい愛、信じる愛です」

「――そうなんですか」


 地味で目立たぬ少女だったが、礼儀作法や所作だけは他の令嬢より優れていたとシンクレア夫人――カトリーナ・シンクレアは自身を振り返って思う。

 それを認め、称賛してくれたのが夫のアレックスであった。

 初めて贈られたプレゼントのイヤリングは今の彼女の耳元で輝く。

 

「夫が認めてくれて、自信が持てたんです。私は私のままでいていいのだと。そして、そんな私を必要としている御方がいる」


 服が汚れるのも気にせず、カトリーナはフクシアの鉢を抱きよせた。

 風が吹き、フクシアの花が揺れる。かすかに首を傾けたのだろう。カトリーナの耳元のイヤリングも揺れた。

 “淑女のイヤリング”はどちらも美しく、カトリーナに良く似合う。

 



 王都で育てるためにカトリーナはフクシアの花を地植えにした。

 これは苦渋の決断でもあった。

 大きくなるためには鉢で育て続けるより、地植えのほうがいい。

 しかし、王都の土の力は弱まっている。

 迷った末、カトリーナはフクシアを花壇に植えた。


 それから数週間、気付けばフクシアの周囲の植物も青々しく、艶が出てきたように思える。

 

「――これは……どうしたことなのかしら」


 王都の土壌は大地の力が弱まっているという情報であった。

 だが、目の前の植物はフクシアを中心にどれもいきいきと育っているのだ。

 カトリーナが思い出したのは、先日ブリジットに自らが口にした言葉。

 本来は緑の価値を知る子が緑の乙女になることが好ましい――アレックスが口にしていた言葉でもある。


「あの子なら……エイミーなら、あの御方を救えるかもしれない……」


 驚きでかすかに震える唇から紡がれた言葉は、今後のエイミーたちにとって大きな変化をもたらすものとなるのだった。



 

今回、淑女のイヤリング(耳飾り)を選んだのですが、

女王のイヤリング・貴婦人のイヤリングなどとも呼ばれるそうです。


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