第26話 淑女のイヤリング 4
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「――あなたも緑の乙女候補だったのですか?」
礼儀作法を教わった後、不意にシンクレア夫人から投げかけられた言葉に、ブリジットはどきりとしたのだろう。一瞬、表情が固まった。
だが、すぐに微笑みを浮かべるとこくりと頷く。
「はい。私も候補にはなったんです」
「そう……。では王城ですれ違っていたかもしれませんね」
緑の瞳を持ちながら、ディルグの村にいる。つまりは最終候補からは漏れているということだ。ブリジットは夫人の視線から避けるように目を逸らす。
必要とされたと思い、必死に努力を続けたが、最終候補に残ることが出来ず、結局は不要になった――それはブリジットの心の傷だ。
黙っていることに耐え切れなくなったのだろう。ブリジットは口を開く。
「残念ですが、私では力不足だったようです」
「あなたは緑の乙女になりたかったのですか? それはなぜ?」
シンクレア夫人の問いかけに、視線を戻したブリジットだが、心なしか夫人の眼差しが先程より鋭いものに変わった気がする。
なぜ、そう問われたブリジットは戸惑いつつも、正直に打ち明ける。
「初めは周囲の人……父親に言われたことがきっかけです。父の期待に応えたかった。父の元から離れた後は、そうならなければ許されない環境になりました――自分に力がないことは一番自分でわかっているのに」
実際、同じような状況の少女は他にもいたのではとブリジットは思っている。
辛く当たる貴族の少女の中には、家からの重圧を受けているのだと感じる者もいた。
シンクレア夫人にとっても周知の事実なのだろう。
ブリジットの言葉に驚いた様子はない。
「――けれど、今でも緑の乙女になれていたらと思ってしまうんです」
その言葉にシンクレア夫人の眉がかすかに上がる。
しかし、そんな彼女にひるむことなくブリジットは微笑む。
「これはこの村に来てからの想いです。村長の孫娘として、受け入れてくれる人たちがいるのに、私は何も出来ない。それが不甲斐ないんです。緑は癒しの力だけではなく、人々が生きていくために必要なものだから」
そう言ってブリジットは寂しげな表情を浮かべる。
もしも自分が植物魔法に長けていたなら、緑の乙女であったなら。
育ちの悪い植物を前に佇む人々、そしてそんな村民の様子に心を痛める祖父の姿をただ見ているようなことにはならないとブリジットは思うのだ。
「悪くない考えね。本来は緑の価値を知る子が緑の乙女になることが好ましいとあの人も言っていましたから」
驚いたブリジットは下げていた視線を上げる。
「でも、一点だけ間違っています」
「え?」
つい、問うような声を上げてしまったブリジットは口元を押さえる。
礼儀作法に厳しいシンクレア夫人が気付かないわけがないだろう。
けれど、そのことには触れず、彼女はブリジットを見つめた。
「村のために、そこに住む人に何かしたい――そんな気持ちを持っているあなたなら、何も出来ないなんてことはないでしょうから」
「――っ! ありがとうございます……!」
かけられた声の優しさにブリジットは安堵したかのように笑う。
それは少女らしさがあり、自然なものだ。
そんなブリジットに目を細めたシンクレア夫人だが、表情を引きしめるとブリジットに尋ねる。
「じゃあ、あなただけがこの村では候補だった少女なのですね」
「あ、あの……そうです」
慌てて回答するブリジットだが、シンクレアは困ったように首を横に振る。
「あなたはいい子だけれど、嘘が下手ですね。淑女は時に嘘をつくものですよ。鮮やかに美しくね。大切なものを守るためにも、嘘ももっと上手くなりなさい」
そう言って優しい笑みを浮かべるシンクレア夫人はドアを開け、部屋を去っていく。
ぱたりとドアが閉まったのを確認した後、ブリジットは大きなため息を溢す。
令嬢らしからぬ行動だが、それ以上に気がかりなのがエイミーのことだ。
問われたときに咄嗟に嘘をつく器用さなど、ブリジットは持ち合わせていないのだ。
「シンクレア夫人の旦那様は緑の乙女にお詳しい方だったのかしら」
そうであれば、緑色の瞳を持つ少女に関心を持つのも自然なことかとブリジットは思う。
ブリジット自身も緑の乙女という存在に縛られてきたのだ。
そんな彼女は先程のシンクレア夫人の言葉を思い出す。
「――緑の乙女でなくとも、村の人の役に立つこと。おじいさまのお役に立つことはきっと出来るんだわ。私にだって……」
友人であるエイミー、そしてシンクレア夫人の言葉、そして祖父の愛情は否定され続けたブリジットの心を変化させていくのであった。
突然現れた来客だが、エイミーはにこやかに微笑む。
花屋に訪れる人たちは皆、突然訪れるものなのだ。
なにかお祝い事があって事前に依頼されることも最近は増えたが、突然思い立ち、花を必要とすることもあるだろう。
花が身近にある日々とはそういうものだ。
「なにか気になったお花はありますか?」
その問いかけに、少し考えるように視線を下げた女性はためらいつつ、エイミーに問う。
「……私に似合う花はあるかしら?」
シンクレア夫人のそんな言葉に「もちろんです!」そう答えたエイミーは、彼女を中庭へと案内するのだった。
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