第389話 打倒ミランダを決意
私が召喚したのは人員を輸送するための車両で、中は椅子が向かい合わせに配置されている。
片側はスローラビットがごろんと横になって占有している。必然的にお兄ちゃんともりもりさんは隣同士で座ることになるが、人間というものは普段の癖が出るものだ。特に密閉空間など、他人の目がない場合には。
2人ともヘルメットを外して膝の上に置いている。もりもりさんの長い金髪が鎧の胸に流れていた。
私は車内の様子を湊ちゃんと一緒に見ている。隠しカメラの映像を見ながら、湊ちゃんとはビデオ通話で会話を続けている。
「もりもりさんがお兄ちゃんの横に座ったけれど、距離が近い……」
私は口元を押さえながら、複雑な気持ちで2人を見ていた。
「近いというか、完全にぴったり寄り添っているね」
「グローブを外してくつろぐ態勢に入っている……」
グローブとは小手のことだ。腕からグローブを外すと素肌が現れ、もりもりさんはお兄ちゃんのふともも近くに手を置いていた。お兄ちゃんもグローブを外しており、もりもりさんの手の甲はお兄ちゃんの手に触れているようにも見える。
「さりげなく接触しているね」
湊ちゃんの言葉に現実を突きつけられた。手と手が触れ合っているのは見てわかっていたことだが、認めたくない自分もいた。
もりもりさんは手のひらを上に向けた。そこにお兄ちゃんの手が重なる。指と指が絡み合い、固く握られた。
「待って、待って、これは何をしているの!?」
叫びながら、私はタブレットに顔を近づけた。繋がれた手を食い入るように見てしまう。
「恋人つなぎだね」
湊ちゃんははっきりと口にした。私だってそんなことは知っている。知っていても言葉として口に出すことはできなかったのだ。
「黒? 黒なの? お兄ちゃんは黒なの……?」
「春菜、落ち着いて。まだわからないよ」
もりもりさんは自然な感じにお兄ちゃんの肩に頭を乗せていた。幸せそうな笑みを浮かべるもりもりさんに、お兄ちゃんは顔を近づけていった。
「やばいやばい、これはやばい。湊、これは一線を超えちゃうよ。今すぐ作戦を中止しよう」
「中止って、ここに乗り込むの?」
「そうだよ。このままじゃとんでもないことが起きる気がする」
「とんでもないこと?」
しゃべっているあいだに、お兄ちゃんともりもりさんは顔を向け、お互いに見つめ合っていた。そのまま顔を近づけていく。2人の距離がなくなった。
「ああ、遅かった……。手遅れになってしまった……」
唇と唇を合わせたのは軽く一瞬だけ。時間にして0.1秒。
見間違いかと思うほどに刹那の出来事だった。
湊ちゃんはその状況をあっさりと伝えてきた。
「あ、軽いキスだったね。ちゅって感じ。一瞬だ」
何の問題もないように言う湊ちゃんだったが、私は言葉が出なかった。
「ねえ、春菜。やっぱりこれは覗き見みたいでよくないかもね。作戦は終了して、もりもりさんに直接聞いてしまおうか? 春菜のお兄さんとどういう関係なのか」
私は放心状態になっていて、すぐには言葉を返せなかった。
「春菜?」
お兄ちゃんの二股疑惑は確定だろう。お兄ちゃんはミランダさんと結婚し、同時にもりもりさんを愛人にしようとしている可能性がある。
もりもりさんとしてはお兄ちゃんと結婚できると信じているはずだ。しかし、お兄ちゃんはミランダさんと結婚してしまう。
「幸せそうに見えるんだよねぇ。どういうことなんだろう?」
湊ちゃんののんきな声は、逆に私の決意を固めさせることになった。
「ミランダさんがいなければ解決する気がする」
私は喉の奥から低い声を絞り出していた。
「え? 春菜? よくないことを考えていないよね?」
「ミランダさんがいなければ」
私は繰り返す。
「だから、え? ちょっと待って」
私は装備のエンチャントを白から黒に切り替える。全身からは白い輝きが消え、靄のような黒いオーラが立ち上った。
「私、ミランダさんを倒すよ。お兄ちゃんにはもりもりさんを選んでもらう」
「待って、待って。何をするの? 春菜? どういうこと?」
「ミランダさんに決闘を挑む。私が勝ったらお兄ちゃんを諦めてもらう」
「どうしてそうなっちゃうのよ。お兄さんの気持ちもあるでしょ? ミランダさんを好きだから結婚するんだよ」
「お兄ちゃんの目を覚まさせる。私、決めた」
そう言って私は立ち上がった。
「決めたって何をよ」
湊ちゃんが慌てた様子で言ってくる。
「打倒ミランダ・モリス」
「なんでそうなるの」
「私、お兄ちゃん、もりもりさん。この3人で圧倒的に強くなる。お兄ちゃんにもミランダさんよりずっと強くなってもらう。そして私はミランダさんに勝負を挑んで勝つ。そうしたらミランダさんに魅力を感じなくなるはずだよ」
「春菜、恋愛ってそういうものじゃないと思うけれど」
「もりもりさんにはミランダさんよりずっと強くなってもらう。私、決めた!」
拳を強く握り、歯を食いしばった。
「ミランダさんを倒すよ。お兄ちゃんと別れてもらうために」
私は走り出していた。通話の向こうで湊ちゃんが何か叫んでいるが、私の耳には届かなかった。
目標はレベル100ではない。もっと遥かな高みだ。
そのことを伝えるために、お兄ちゃんともりもりさんのいる車両へと向かった。




