第386話 ダンジョンデート?
下の階では余裕だったお兄ちゃんも、7階、8階と登るにつれ、だんだんと本気を出し始めたようだ。
お兄ちゃんの動きに目が追いつかない。まず、初動が速い。私はワンテンポ遅れてしまう。
そして無駄な動作がない。昔の私だったらわからなかっただろうが、肉体も精神も疲労を最小限に抑えた戦い方だ。
春日井君の覚醒スキル、才覚起動は常人離れした動きをしていた。お兄ちゃんの動きもそれに近いのだが、決定的な違いは持続時間と精神的な疲労にあると思う。
才覚起動は短時間の一時的な拡張だ。一方でお兄ちゃんはそれに匹敵する行動を長い時間行えるわけだ。お兄ちゃんが覚醒スキルを得たらいったいどうなってしまうのだろうか。
私はお兄ちゃんの戦い方を褒めようと思って声をかけようとしていたのだが、逆にお兄ちゃんが私のことを褒めてきた。
「戦い方が様になってきたな、春菜」
どうやらお兄ちゃんのほうでも、私のことを観察していたようだ。まったくそんな気配すら感じ取れなかった。
「いや、お兄ちゃんのほうがすごすぎるよ。覚醒スキルを使った春日井君と同じかそれ以上の動きをしていた」
「俺の場合は年季が入っているってだけだ。それに春日井君はまだレベル86だからな。上のレベルの俺が負けるわけにはいかないよ」
お兄ちゃんはそう言うが、春日井君より下のレベルだったとしても、春日井君を凌ぐことは間違いない。
「ダンジョン配信でずっとお兄ちゃんの戦闘は見てきたんだけど、今のお兄ちゃんはそれとはまったく違っている」
お兄ちゃんは優しく微笑みながら、私の頭に手を置いた。
「春菜は小さい頃から配信動画ばかり見ていたよな」
置かれた手の下からお兄ちゃんの顔を見上げる。
「ジャパンランカーに西條美沙さんという人がいるんだけど、美沙さんによると、私は見たものを自分の動きに取り入れることができるみたい。でも、今のお兄ちゃんの真似はできそうにない」
お兄ちゃんは私の顔を覗き込む。
「そんなことないと思うけれどな。そういえば小さい頃に配信動画の真似をしていたのを思い出したよ。段ボールの剣を作って、戦う真似をしていたのを覚えているか?」
「覚えているよ」
「可愛かったな。やたら本物のハンターっぽかったんだよ。子供なのに、大人が戦っているみたいだった。その時の動画も残っているぞ。俺のチャンネルで公開していいか?」
「やめてよ、恥ずかしい」
私は頭に置かれていたお兄ちゃんの手を、ぱっと払った。
そのまま会話をしながら私たちはゾンビやグールを斬っていく。
「ねえ、お兄ちゃん。今のお兄ちゃんを動画に撮っておいてもいいかな?」
「ああ、構わないが。でも、戦闘はどうするんだ?」
お兄ちゃんは私がタブレットで撮影をすると思ったようだ。私は召喚スキルを使ってドローンを呼び出した。ドローンのプロペラが回り、浮上した。
「これで撮影する。あとでお兄ちゃんの動きを復習しようと思って」
「勉強熱心だな。数学もこれくらい熱心になってくれるといいのだが……」
テストの点数は全部お兄ちゃんに見せていた。数学だけは苦手で、いつも赤点すれすれだった。
「ああー、もう! 数学の話はしないで!」
「俺も数学は苦手だったからな。筑紫家の遺伝子かもしれん」
「国語と音楽と体育は得意なんだけどね」
「俺とまったくいっしょだな」
「今回のゲート騒動で学校が休校になっちゃえばよかったのに」
「本当にそうか? 友だちと会えなくなるぞ」
「あ、そうだね」
お兄ちゃんが戦いの手を少し緩めた。
「ところで、腹が減らないか? レーションは持っているか?」
非常食として特殊なレーションがあった。アイテム合成で作られているため、デバイスに格納することができる。
「持ってるけど、あまり美味しくないよね。クッキーを持っているよ、食べる? お兄ちゃん?」
「ああ、貰えるか?」
私は鎧の腰にある収納ボックスからクッキーを取り出した。ミリアも好きなチョコチップ入りだ。
「はいどうぞ」
「おう」
お兄ちゃんが口を開いたので、私はそこへクッキーを運ぶ。お兄ちゃんは半分をかじった。クッキーは半月の状態になった。
「サンキュー」
「どういたしまして」
残りの半分は私が食べた。小さい頃からお菓子を半分にすることはよくあった。
後ろを振り返り、上を見るとドローンが飛んでいた。撮影中だったことを忘れていた。
「春菜、クッキーのかすが付いているぞ」
お兄ちゃんはそう言って、私の口をぬぐい、そのままぺろりと指を舐めた。
「食べないでよ」
私はくすりと笑う。
クッキーは喉の水分を奪っていた。お兄ちゃんも同じように喉が渇いたようだ。
「何か飲みたいな。飲み物もあったら良かったんだけど」
「ポーションしかないね」
「春菜は自動販売機は召喚できないのか?」
「できないよ」
「召喚できるようにする予定はないのか? ダンジョン内に自動販売機を設置したら儲かりそうだな」
「電源を確保できないし、商品の補充が大変だよ」
自動販売機の話をしたら余計に喉が渇いてきた。お兄ちゃんはすでに低級ポーションを取り出して半分ほどを飲んでいた。
「飲むか?」と渡されたので、「飲む」と答えて受け取った。一気に飲み干したところで間接キスだったことに気がついた。相手がお兄ちゃんだからなんとも思わないが、これがもし別の人、例えば春日井君とかだったらどうなんだろうか。
まあ、別になんとも思わないんだろうけど、湊ちゃんの前ではできないなと思った。でも、どうして湊ちゃんの前だとできないのかと考えてしまう。湊ちゃんの目があるからだろうか? 春日井君を意識してしまうから?
私は小さく首を振る。春日井君なんて意識するわけがない。
数学の授業でずっと顔が火照っていたのだって、授業が難解だったのが原因だ。私の頭をオーバーヒートさせてきた授業が、たまたま数学だっただけだ。
ポーションの空き瓶を手に持ちながら考えにふけっていると、お兄ちゃんがにやりと笑った。
「今、学校の友だちのことを考えていただろう?」
心を見透かされたようで、反抗するような態度で否定してしまう。
「別に。考えていないけれど?」
「彼氏でもできたか?」
お兄ちゃんはしたり顔で聞いてくる。だが、お兄ちゃんの予測は完全に的外れだ。
「できていないよ。まだ中学生なんだし」
「好きな人ができたら教えろよ」
「やだよ。言うわけないじゃん」
私は頬を膨らませながら、そっぽを向く。
仮に好きな人ができたとしても、さすがにお兄ちゃんには相談できない。相談できるとしたら――。こんな時は姉でもいたらいいのに、と思った。そういえば、お姉さんのような女性がいたなと思い出す。頭に浮かんだ女性が視界に入った。
その女性に向かって声を張り上げる。
「もりもりさん!」
「春菜さん!」
合流する予定の場所までやってきていた。全身をシルバーの鎧に身を包んだもりもりさんがこちらに走ってきていた。




