第385話 お兄ちゃんとダンジョンを進む
理科室での話を湊ちゃんにしてみた。
そうしたら、「3人でダンジョンに行って、それとなく2人きりになる場面を作ればいいじゃない。隠れてこっそり観察したら?」という回答をもらった。
確かにそうだ。非常にシンプルな答えだった。
ちなみに、春日井君の「本物カップルになる」うんぬんは伝えていない。そんなこと、伝えられるわけがない。
ということで、もりもりさんとスケジュール調整をし、お兄ちゃんと3人でダンジョンに入ることになった。
◆ ◆ ◆
長瀞ダンジョン地上1階。
お兄ちゃんと2人で中に入った。先に入ったもりもりさんとは後ほど合流する予定だ。もりもりさんは地上10階付近で待っている。
黄金に輝く神王装備を纏っているお兄ちゃんの姿は、配信動画を通して見たことはあったが、こうして直接目にするのは初めてだった。
お兄ちゃんは周囲を見回している。
「話には聞いていたけれど、こうして見ると通常のダンジョンとはまったく景色が違っているな……」
呟くようにお兄ちゃんは口にした。
足場は悪く、ゴツゴツした岩が転がっている。通常のダンジョンとは違って天井はなく、頭上は暗雲で覆われていて薄暗い。
この階層に出現するモンスターは『やせ細った亡霊』だ。停止した状態で何体も立ちつくしていた。私が指示を出すまでは蝋人形のように動かない。
『やせ細った亡霊』は黒いボロ布を纏ったモンスターだが、そのレベルは100に近い個体もいる。見た目に反してかなりの強さだが、お兄ちゃんには怯えるような様子は見られなかった。
「試しに1体を動かしてみようか?」
お兄ちゃんに問いかけると、「ああ、頼む」と軽く頷いて返してきた。
お兄ちゃんは神王の長剣を抜いているが、右手で軽く前に出しているだけだ。足元もほぼ棒立ちの状態だった。
私が指令を出すと、やせ細った亡霊はお兄ちゃんの姿を捉えて一直線に向かってきた。亡霊は移動が遅く、地面を滑るようにして近寄ってくる。攻撃は手刀のみだ。
お兄ちゃんはわざと相手に攻撃させているようだった。繰り出される手刀を2度にわたって回避し、剣を振るって横薙ぎに胴体を一閃した。やせ細った亡霊は腰から両断され、黒い霧になって消えた。
「まあ、こんなものか」
落ち着き払ってお兄ちゃんは言った。
私は頭を掻く。このダンジョンで一番弱いモンスターとはいえ、ここまで余裕のある対応をしたハンターはいなかった。
もりもりさんと情報を共有していたとしても、映像で見るのと実際に戦うのとでは全く違う。こうも簡単に順応できるものだろうか?
「もっと上の階層へ行ってみる?」
お兄ちゃんは軽く首を振る。
「その前にパーティ登録をしておこう」
私ともりもりさんはすでにパーティとして設定されている。タブレットを取り出し、お兄ちゃんをメンバーとして加える操作をした。タブレット画面に表示されたリストにお兄ちゃんの名前が追加された。
【筑紫春菜 LV90】
【筑紫冬夜 LV93】
お兄ちゃんのレベルが開示状態で表示されていた。
その数値を食い入るように見てしまう。
「お、お兄ちゃん……。レベル93だったの!?」
私は驚きの声を上げてしまう。ちょっと前まではワールドランク1位のミランダさんのレベルが90だった。当然それより下だと思っていた。すでにお兄ちゃんより強くなったものと思い込んでいたのだが、お兄ちゃんは先を行っていた。
「もともとミランダとの差はほとんどなかったんだ。別に驚くようなことでもないだろう?」
「驚くよ! だって、覚醒レベルは上げていないんでしょう? これでもし、覚醒レベルを上げたなら……」
上げたなら、私よりずっと先へ行ってしまうのではないだろうか? 私なんて手の届かない、ずっと先へ。
「買いかぶりすぎだ。このダンジョンのことは知っていたんだから、これくらいはできて当然だ。むしろ初見の敵に勝ち続けているお前のほうがすごいぞ」
お兄ちゃんは兜越しに私の頭を撫でてくる。褒められながらも子供扱いされているわけだが、兄と妹の年の差が縮まることがないように、実力の差も埋められない気がしていた。
「私ね、お兄ちゃんより強くなったと思ってた」
「もう少ししたら、本当に追い抜くんじゃないか?」
「まだ難しいかな」
私は身につけているアストラル装備のエンチャントを発動させる。全身の装備がシルバーから真っ白な輝きへと変化する。
お兄ちゃんは私の装備を上から下まで見てきた。
「それがフル・エンチャントか。アストラル装備のフル・エンチャントは初めて見るな」
「この状態で神王装備の9割の性能だと思う。神王装備のお兄ちゃんより強くなるにはレベル差は10くらい必要だよ」
「俺より強くなるとか、そんな小さな目標でいいのか? 春菜たちはレベル100のさらに先を目指しているんだろ?」
レベル100は日本政府の援助を受けるための目標だ。政府の援助で巨大要塞を作るつもりだった。
「そのレベル100だけど、壁があって行き詰まっている。お兄ちゃんが手伝ってくれたら超えられるんじゃないかと思ってる」
お兄ちゃんと並んでダンジョンを歩いていく。お兄ちゃんは向かってくる亡霊たちを容易く斬っていく。
「地上28階が突破できないらしいな。仮に突破できたとしても29階で苦労するだろう。その先には30階の階層主がいる。単純なレベル上げは頭打ちかもしれないな」
「お兄ちゃんは28階を突破するだけじゃ駄目だと思っているの?」
「正攻法で行ったら、レベル100になるまでには何年もかかると思う」
「通常のダンジョンのように大人数での攻略が必要?」
「大人数でも無理な気がするんだよな、このダンジョンの場合」
「このダンジョンの場合?」
お兄ちゃんの言葉には何らかの意味が込められているようで、私は聞き返していた。
「通常のダンジョンとは違う点があるよな。上へ登っていくことやモンスターの動きを止められること、アイテムがドロップしないこと。だけど、経験値は入り、レベルは上がる。一種のトレーニングジムのようなものなんじゃないかな?」
「トレーニングジム?」
「ハンターの目的は、あくまでもダンジョンの攻略にあるわけで、長瀞ダンジョンはそのためのトレーニング場所じゃないかと思う。自分の強さを試したり、召喚のテストを行ったり、そういう場所なんだろう」
「ここでトレーニングして、一般のダンジョンを深く潜って、またトレーニングして、またダンジョンへ行って、ってこと?」
「そういうことだと思う。ずっとここにいたら行き詰まることになるんだよ」
「なるほどねえー」
「でも、レベル97まではここで上げられるらしい。さあ、2階へ行こうか、春菜」
私たちは話をしながら、すでに階段の前まで来ていた。
「わかった。危なくなる前に声かけてね。いつでもモンスターを止めるから」
「了解。しかし、緊張感のないダンジョンだな」
「そう言っていられるのは低層だけ。地上10階を超えたら地獄が待っているよ」
「楽しみだ」
階段を上がり、私とお兄ちゃんは順調にダンジョンを登っていく。その先にはもりもりさんが待っている。私の目的はあくまでお兄ちゃんともりもりさんの関係を確かめることだ。
戦闘に余裕があるうちにお兄ちゃんに聞いてみる。
「ねえ、まだミランダさんを紹介してもらっていないけれど、理由とかあったりするの?」
「ん、ああ、理由か……」
お兄ちゃんはジェネラル・オブ・スケルトンファイターを3体同時に相手にしていた。さらには遠方からジェネラル・オブ・スケルトンアーチャーの弓矢が何本も迫っていた。
「圧倒的に強くなって認めてもらいたいんだってさ。今の自分じゃまだ足りないって」
「お兄ちゃんに認めてもらいたいってこと? だって、ワールドランキングは1位だし、十分だと思うけれど?」
「いや、そうじゃなくて。春菜にだよ」
意外な答えに、思わず聞き返してしまう。
「私? どうして?」
「さあ? 俺の結婚相手として認めさせたいんじゃないのか?」
「そんなこと言っても、会ってもいないのに無理でしょう。それにワールドランキング1位というだけで十分にすごいと思うよ。大丈夫、結婚はちゃんと認めるよ。私が認めなくたって結婚すると思うけどさ。私は噂通りにゴリラのような女の人だってかまわないよ。選ぶのはお兄ちゃんなんだし」
「いや、ゴリラって……」
お兄ちゃんは苦笑する。
「顔は美人だって噂もあるよね。美人の顔に屈強な肉体。だいたい想像はできる。心の準備はできている」
お兄ちゃんは困ったように肩をすくめていた。
「とにかく俺は紹介しようとしていたんだよ。でも最近の春菜は急に強くなっただろ? 原因はそれなんだ。このあいだまでレベル1だった春菜が今やレベル90だ。あいつも焦っているみたいだな」
「私? 私が原因だったの? しかもレベルを上げたことが?」
「俺もどうしたものかと思っているよ。本当に結婚できるのかな? ミランダと……」
「私なんて気にせず、結婚しちゃえばいいと思うよ。妹なんて関係ないじゃん」
「関係あるだろ。義理の姉になるんだからな」
義理の姉だろうが、会ったこともないのだからどうでもいい。私なんて気にしないで結婚してしまえばいいのだ。
そう、さっさと結婚してしまえばいい。そうすれば、もりもりさんもお兄ちゃんと結婚する、なんて勘違いは起こらない。というか、そもそも勘違いが発生しているのかどうか、それを確かめに来ているのだった。
もりもりさんとの合流地点が近づいていた。お兄ちゃんのレベルを上げるつもりが、私のレベル上げになってしまっていた。レベル91が目前に迫っていた。




