第377話 マスター・リッチとダンジョン・コンピューター
私はそのフォルムに見覚えがあった。
「ダンジョン・コンピューター!?」
「ちぃ! ワシの研究成果を! 手を出すでない!」
マスター・リッチは守るように手を伸ばしていた。
装甲車両のライトに照らされてよく見えている。すぐに春日井君との交戦が始まった。両者の間で激しい攻防が繰り広げられていく。
湊ちゃんは冷静に告げてくる。
「本物のダンジョン・コンピューターほどの性能はないはず。それに、あれには物理攻撃こそが有効」
「ふわあ! はっはっはっ!! お主らごときでは破壊などできぬわ!!」
マスター・リッチにはまだ余裕があった。二刀流の春日井君の剣さばきを、とんでもない動きでかわしていた。
マスター・リッチは空中を浮遊しながら90度横向きになったり、逆さになったり、かと思えば飛び上がったり、人間ではとてもできないような動きをしていた。生身の肉体を持っていれば体を反らせたり捻ったりする必要がある。だが、マスター・リッチにはその必要がなかった。非常に厄介な、物理法則を無視した動きだった。
「隊長、私は何をすればいい?」
私は湊ちゃんに指示を仰ぐ。
「今は春日井君の援護をして。この状況が記憶操作なのか、精神干渉なのか、正体を突き止めないと。それまでダンジョン・コンピューターの破壊は待とう」
「でも、どうやって突き止める?」
「この状況での違和感を探すしかない」
「違和感といっても……」
どう考えても違和感はあのコンピューターだ。あれが私たちを惑わせているに違いなかった。
私は春日井君とマスター・リッチとの攻防に援護射撃を行いつつ、ダンジョン・コンピューターを破壊するチャンスを狙っていた。しかし、それはマスター・リッチに見抜かれてしまっていた。
「防御性能も最大限に高めておる。ワシの可愛い我が子はお主らごときでは壊せぬわ」
確かにダンジョン・コンピューターは頑丈そうで、壊せそうな感じがしなかった。仕方がないので、私はマスター・リッチを攻撃することにした。炎を纏ったミスリルの大剣で斜めに斬り込んだ。
「くわっはっはっは。小娘のお遊戯ではワシに触れることすらできんぞ」
マスター・リッチは浮き上がってひらりとかわす。
「筑紫! じゃまだ!」
私の剣と春日井君が振るった剣とがぶつかってしまう。その隙をマスター・リッチは逃さなかった。両手から炎の玉が放たれた。燃え盛る炎の玉は重かった。2人同時に被弾して、そのまま弾き飛ばされてしまった。
「ぐわっ」「うわぁっ」
後方に飛ばされ、そのまま背中から地面に叩きつけられてしまう。私も春日井君も態勢を立て直すことができないまま、電撃が私たちを襲った。
「うわあっっっ」
雷撃に包まれ、全身をしびれが襲う。
湊ちゃんが心配そうに叫んだ。
「大丈夫!? 2人とも!!」
マスター・リッチは腕を前に伸ばし、魔法を詠唱した。
今度は湊ちゃんを雷の槍が襲った。槍は湊ちゃんの左肩を貫通し、射手座ローブでは防ぎ切ることができず、ローブには穴が空く。そこから血が流れる。
「ぐぅぅっ……」
湊ちゃんは苦悶の表情を浮かべながら、肩を押さえてその場にうずくまった。
マスター・リッチは空中に浮遊しながら、私たちを見下ろす。
「ワシに勝てるはずがないのだ。お主らはここで死ぬ。最後に言い残すことはないか? 遺言くらいは聞いてやろうぞ」
「くそっ……。ここまでか……」
春日井君は満身創痍の様子で、よろよろと立ち上がっていた。私も立ち上がることができないでいた。電撃の影響で体が言うことを聞かない。
私はマスター・リッチの言葉を繰り返すように呟く。
「……遺言……?」
この階層へ入る時のことを思い出していた。マスター・リッチを倒して、無事に帰ることができたなら……。そんなことを言った気がする。
「筑紫、絶対に勝つんだ。言っただろ? 無事に帰ったら、って……」
春日井君もここへ来る前のことを思い出しているようだった。それは湊ちゃんも同じだった。血が流れる肩を押さえながら、懸命に上半身を起こしていた。
「そうだよ、春菜。無事に帰るんでしょ。そして……」
私……。なんて言ったんだっけ……。
「俺は絶対に死亡フラグだと思ったけどな」
「私も思ったけど言わなかったよ。死亡フラグだって感じたけど」
「2人とも、何を言って……。私、何を言ったの?」
なんだか嫌な汗が流れる。
私は何を言ったんだっけ。ここへ来る前に。
懸命に思い出そうとする私に、湊ちゃんがその答えを告げた。
「春菜はこう言ったんだよ。――私、無事に帰ったらお兄ちゃんと結婚するんだから。忘れていないよね? 春菜。無事に帰るんでしょ?」
「そうだ、筑紫。結婚するんだろ? マスター・リッチを倒して帰ろう。こんなところで俺達は死ぬわけにいかない」
しばし、呆然としてしまう。
……は?
なんだ、それ?
私がそんなことを言ったことになっているのか?
お兄ちゃんと結婚?
誰が?
……
私が?
自分でそんなことを言った?
そんな恥ずかしいセリフ、私が言うはずもなく……
私はゆっくりと立ち上がり、淡々と言葉を発する。
「隊長……。ここは現実でもなんでもない。ダンジョン・コンピューターが作り出した仮想の世界……」
「え、どうしてわかったの? 春菜……?」
「決まってるよ! 私はブラコンじゃないからだあ!!」
お兄ちゃんと結婚したいなんて、思うわけねえだろー!
絶対に私の口から出るはずのないセリフだ。
つまり、この世界の存在自体がありえないんだ。
「隊長! ダンジョン・コンピューターだよ! 元凶は!」
マスター・リッチは私たちの頭上をふわふわと漂う。
「無駄だ。無駄だ。ワシのダンジョン・コンピューターは破壊などできぬ」
マスター・リッチはダンジョン・コンピューターの近くに移動し、我が子の頭を撫でるようにぽんぽんと手を置く。
「強度を高めておるのだ。硬い鉄板で覆ってな。破壊できるはずもない。それこそ、お主らの地上から戦車でも持ち込まぬ限りはな! ふわっはっはっはっはっは」
もはや私は躊躇せず、予定通りの行動を取る。
タブレットを操作し、冷静に告げる。
「なんということでしょう。こんなところに戦車が――」
言われたことの意味がわからないようで、マスター・リッチはぽかんとした顔をしていた。
装甲車両のライトは死角を生み出していた。闇に潜みながらダンジョン・コンピューターのすぐ間近まで接近させていた。
完全に至近距離。絶対に回避は不可能。
「お兄ちゃんと結婚するなんて恥ずかしいセリフを言わせた罪は……」
戦車の砲塔が旋回し、目標を定める。
「重いぞ!!」
90式戦車が火を噴いた。




