第376話 何かが欠けている
それにしても、いったい何が起こっているのか。
私は春日井君と湊ちゃんに問いかける。
「ねえ、2人とも。この階層へは何人で入った? 本当に私たちだけだった?」
「俺たち3人だけだろ? 俺と筑紫と、隊長。3人で連携してマスター・リッチを倒そうって」
「待って。春菜が言いたいことがわかった気がする。ラビちゃんの覚醒レベルが上がっているよね? なら、このマスター・リッチも覚醒スキルを使っているんじゃないかってこと?」
湊ちゃんは相変わらず察しがいい。私たちがマスター・リッチに勝つためには湊ちゃんの頭脳が不可欠だ。
「さすが隊長を任せただけある。私と春日井君で戦闘に専念するから、隊長の湊はマスター・リッチが何を仕掛けてきたかを突き止めてほしい」
「なかなかに荷が重いね。春菜が感じ取ったことを教えて」
「私たちは何か大事なものを失っている。足りないピースがある。欠けている何かがあるはずなの。守りに徹するのではなく、攻めに転じるべきだと感じる」
「了解。春菜の直感を信じている。私は論理的に組み立ててみるね。春日井君はマスター・リッチにまっすぐ向かって。春菜はその周囲を旋回。2人には適宜、指示を与えるから。目的はこちらの戦闘を有利にすること。3対1の利点を最大限に活かすよ」
「了解だぜ。突っ込んでいいんだな。いくぜ!」
春日井君は、マスター・リッチがいると思われる方向に走り出した。レオフレア装備が炎の残像を残している。ここは真っ暗な空間だ。春日井君の通った軌道がくっきりと見えていた。
「春菜はイヤホンをして、タブレットの画面と音声に注意して。私が必要な行動を指示する」
「了解。任せたよ、隊長!」
私は全面的に信頼して走り出す。湊ちゃんは完全に手薄になってしまうが、それがたぶん彼女の作戦だ。
「さあ、マスター・リッチ! 私が覚醒スキルの保持者だよ! 狙えるものなら狙ってみて!」
湊ちゃんはマスター・リッチを挑発するために声を張り上げた。手に持っているサジタリウス・アークは背丈ほどもある長弓だ。弦を引き絞り、暗闇に矢を放った。
サジタリウス・アークから放たれた魔法の矢は、彗星のごとく光を残しながら暗闇に吸い込まれていった。
私のタブレットには情報が表示される。これは湊ちゃんが音声入力で打ち込んだテキストだと思われる。戦いながら、湊ちゃんは小声で伝えてきたのだ。
――マスター・リッチの覚醒スキルについて
――私たちは幻覚を見せられているのか、あるいは精神操作か
――記憶を変更されている可能性もある
――もしくは最悪のケースとして、私たちに干渉するものではない可能性
マスター・リッチには気づかれないようにする必要がある。必要最小限だけを湊ちゃんは伝えてきた。
「悪い。俺はなんだかわからねえ。難しいことは隊長に任せるんで、戦いに専念させてもらう」
まだ今の春日井君は覚醒スキルを使えない。だが、将来獲得するであろうスキルが私にはわかるようだった。
春日井君の向かう未来は剣の達人――自らの技術を高めるだけでなく、空気のわずかなゆらぎからも相手の動きを察知し、切り込んでいく。研ぎ澄まされた集中力で、相手の動きを完全に掌握する。それだけではなく、場を支配し、自分に有利なように局面を運ぶ。
湊ちゃんの挑発により、マスター・リッチはまっすぐ彼女を狙ってくるはずだった。それは湊ちゃんの作戦であり、自らを危険に晒しながらも敵の行動を読みやすくするためのものだった。ところが湊ちゃんは襲われることはなく、春日井君がマスター・リッチと戦っていた。それだけでなく、春日井君の動きは予想以上に頼りになるものだった。
おかげで私は自分の仕事がやりやすかった。
湊ちゃんの指示に従い、配置を行う。私の召喚が空いているのは2枠のみ。この2枠を有効に使わなければならない。
私も小声で湊ちゃんに伝える。音声がテキストに変換されて湊ちゃんへと伝わる。
――戦車と装甲車両の設置完了
物理攻撃は通用しないはずのマスター・リッチ。湊ちゃんは何をしようというのだろうか。
「春菜! 車両のライトを点灯させて!」
まぶしい光が前方を照らし出す。春日井君と交戦中だったマスター・リッチの姿がはっきりと見えた。
それだけではない。
その奥に鎮座していた装置。まるで宇宙の星のきらめきのように、無数の光が点滅しながら走っている。光の粒が縦と横に垂直に飛び交い、人工的に作られた道の上で正確な軌道を描く。
タブさんが教えてくれた。ラックに収められた何枚もの板はブレードと呼ぶそうだ。ブレードを流れるその光は、まさに宇宙の星だった。




