第375話 マスター・リッチとの対決
長瀞ダンジョン地上10階。扉を開けると真っ暗で視界が利かない。遠くに小さな光の点がいくつか見えるだけだ。
階層主はマスター・リッチ。
高い知性を持つ魔術師のアンデッドだ。
隊長はあくまでも湊ちゃん。長弓を握っていつでも支援できる態勢にある。後衛だから指示役としても湊ちゃんしかいない。
「出し惜しみはなしです。フル・エンチャントでいきましょう」
湊ちゃんの号令で全員がエンチャントを開放する。
湊ちゃんは虹色に輝き、春日井君は燃えるようなエフェクト。
私の全身は白く輝き、もりもりさんはブーツのみのエンチャントなので、ブーツだけが光る。
「了解、隊長。俺はいつでもいいぜ」
春日井君はレオフレア・ソードを鞘から抜く。両腰に鞘がある二刀流だ。
「指示を出してね、隊長。私も準備できてるよ」
私の持つミスリルの大剣は炎を纏う。
「私のことも年上と思わず、遠慮なく指示を出してください。隊長に従います」
もりもりさんはサタンの大鎌。エンチャントされたブーツの反応を確かめるように、つま先を床で叩いてこつこつと鳴らした。
おそらく湊ちゃんは隊長と呼ばれることをあまりよく思っていない。だが、不満を口にする暇なんてなかった。マスター・リッチはいきなり襲ってきた。
吹き荒れる暴風。飛んでくる石礫。
「ただの風じゃないよ! 自然現象に見せかけているマスター・リッチの攻撃! みんな、注意して!」
湊ちゃんの呼びかけに反応するように、暗闇の奥から声が響いた。
「面白そうな者たちが来たな。ワシも退屈しておったで、軽く相手をしてやろうかの――」
マスター・リッチは階層主だ。私の指示でいつでも行動を止められるとはいえ、倒さない限りは上の階へ上がれない。レベルを100にするという目的がある限り、ここで倒すしかないのだ。
「すぐに魔法攻撃だと見抜かれたようじゃて、小細工は無用ということか」
前方から何本もの雷撃が私たちを襲ってきた。それはまさに水平に飛ぶ雷で、とても避けられるような速度ではない。しかし、私たちは回避する。
「ふはは――。面白い。なぜ避けられる? 普通の者なら今の攻撃で即死じゃというのに」
理由は魔法の初動にある。雷撃が放たれてからでは避けることは難しい。発射の直前に小さな青白い魔法陣が現れる。私たちはそのタイミングで射線上から逃れた。マスター・リッチが正確に私たちを狙っているからこそできることだった。
「私の解析が終わるまでなんとか粘って。残り180秒……」
湊ちゃんの覚醒スキル。ダンジョン・リバース&リゾルブ。ダンジョン構造を逆解析し、改変することができる。ダンジョンだけでなく、そこに存在するモンスターも含まれる能力だ。
そのスキルでマスター・リッチの能力を解析する。
「解析……だと……」
マスター・リッチの言葉がいったん途切れ、直後、雄叫びのような声をあげた。
「お前らあああ!!!! 覚醒スキルの保持者かああああ!!!!! 覚醒レベルはいくつだああ!!!」
耳をふさぎたくなるほどの怒号が空間全体に響き渡った。
「1人かあ!! 1人なのかあ!! まずはお前を喰らってやろうぞ!!」
暗闇の中で何かが動く気配があった。湊ちゃんを狙っていると思われた。
「隊長を狙ってきているぞ。スキル完了まで守れ!」
春日井君は湊ちゃんの前に出る。
私はそれよりも別のことが気になってしまった。
「マスター・リッチが覚醒レベルのことを知っているなんて……」
思わず動きを止めてしまった私に、もりもりさんは活を入れてくる。
「今はそれどころじゃないです、春菜さん。マスター・リッチの攻撃に備えてください」
もりもりさんの言葉とほぼ同時だった。まるで炎を纏ったかのような剣が私を襲った。
私はそれをミスリルの大剣で受け止める。大剣は同じように炎を纏っていた。これはグローブのエンチャントによる魔法強化だ。
「こしゃくな。ワシの魔法を受け止めるか」
マスター・リッチの姿は見えない。暗闇の中に溶け込みながら攻撃を仕掛けてくる。
「春日井君!」
「おう!」
私が声を掛けるまでもなく、春日井君はマスター・リッチがいると思われる場所に切り込んでいった。
手に持つのは二本のレオフレア・ソード。両手に一本ずつだ。二刀流は苦手だと言っていたが、使いこなしているように見える。いつの間に練習したのだろうか。
姿の見えないマスター・リッチに対し、右手の剣で切り上げ、左の剣で切り下ろす。最初の攻撃を避けたと思われる方向にすかさず攻撃を加えていた。
避けることは不可能だと思えるような軌道に対し、マスター・リッチは神業的な体捌きで避けているようだった。それまで姿が見えなかったマスター・リッチの輪郭が、レオフレア・ソードの放つ光で浮かび上がっていた。
「お主らを舐めすぎておったようだな――」
マスター・リッチが暗闇の奥へと逃げていくのがわかった。視線の先、ずっと向こうでは無数の光が点滅していた。私たちはまるで宇宙空間にでもいるようだった。
「マスター・リッチが引いたよ。今のうちに体勢を立て直して。春菜、春日井君」
「おう、隊長!」
「了解、隊長……」
私と春日井君は湊ちゃんを守るようにして三角形のフォーメーションを取った。湊ちゃんの解析が終わればマスター・リッチの能力はわかるはずだ。それまで湊ちゃんを守ること。それが私たちの勝利条件だ。
ここにいる3人の力を結集すれば必ず倒すことができる。とにかく時間まで防衛する。決して勝てない相手ではない。
そんなふうに思ったのだが、どういうわけか違うと思った。何かが欠けている。
大事なピースが抜け落ちているような、そんな感覚――。
私はダンジョン・シミュレーターを起動。この先の展開を予測。しかし、それでも奇妙な違和感が拭えない。
「隊長、春日井君。何かがおかしくないかな……」
「何? なんかあったか? 筑紫?」
「春菜、大丈夫だよ。残り120秒。今は防衛に専念しよう」
いや、違う。
間違いなく欠けている。大切な何かが――。
「マスター・リッチは覚醒レベルのことを知っていた……。それで戦い方を変えてきたのでは……?」
守りに回るのではない。こちらから攻撃しなければいけないと、私の直感は言っていた。




