第374話 長瀞ダンジョン地上10階へ
もりもりさんを先頭にしてダンジョンを進んでいく。隊長こと湊ちゃんは最後尾だ。湊ちゃんが持つサジタリウス・アークは大型の弓で、後方からの支援を担当する。
前回の私たちは地上3階までしか到達していなかった。もりもりさんだけが唯一10階に到達していた。
あれから私たちも強くなった。しかも強さだけでなく、連携も取れている。7階、8階、9階と順当に登っていく。
「みなさんすごいですね。前回の私は本当にぎりぎりの戦いでここまで来ました。今回はこんなに余裕があるなんて」
出現するモンスターはアンデッドばかりだった。スケルトン、ゾンビ、グールおよびそれらの亜種となる。
厄介なのが通常のアンデッドに比べて桁違いの強さを誇るということだ。力があって機動力が高い。おまけに知性まであり、連携を取りながら攻撃してくることもある。
それでも私たちは余力を残していた。エンチャントを完全に開放することなく地上9階に到達した。
9階に出現したのは肉体を持たないレイスと呼ばれるモンスターだ。朽ち果てた魔術師の姿をしているレイスには足がない。腐り煤けた顔はぼろぼろになったローブに覆われている。幽霊のように音もなく近づいてきて、私たちに稲妻や氷の槍で攻撃してきた。すべて魔法による攻撃だった。
レイスには一切の物理攻撃は通用しない。3人とも武器のエンチャントを使用し、もりもりさんは魔法で攻撃をする。
もりもりさんの魔法はアース属性だ。あまり攻撃には向かない。このことはもりもりさん自身も課題だと話していた。
なんとかレイスを倒し、私たちは地上10階への階段を上がっていく。この先には、もりもりさんが手も足も出なかったマスター・リッチがいる。
「意外といけるもんだな。この調子だと20階、30階と登っていけるんじゃないか?」
軽い口調の春日井君に、湊ちゃんも同意して頷く。
「そうだね。春菜のレベル100というのも見えてきそうだね」
先頭にいるもりもりさんは振り返りもせずに、強い口調で言った。
「その慢心が命を落とす結果につながるかもしれません。前回、私が生きて帰ってこられたことは、ある意味で奇跡的なことでした」
実感のこもる言葉に、3人ともごくりと喉を鳴らしていた。
「もりもりさん、脅かさないでくださいよ。俺たちだいぶ強くなりました。それに、筑紫に頼めばモンスターの動きを止めてもらえますから」
春日井君の言う通り、このダンジョンは私が召喚したものだ。いつでもモンスターに停止命令を出すことができる。
「いざとなれば、私が止めるから。思い切っていこう」
みんなを安心させるためにそう言ったのだが、タブレットからはそれを否定する声が流れた。
『主よ。確かにモンスターに停止命令を出すことはできる。だが、モンスターが放った魔法を止めることができるわけではない。また、モンスターには意思がある。命令を受け取り、停止するまでには、その命令を解釈して判断する時間が生じる。戦闘に入ってしまったら、死ぬ可能性があるのだ。それを忘れないことだ』
「なら、私のダンジョン・シミュレーターで、安全を確認しながら進めば……」
『そして主はダンジョン・シミュレーターの限界を知ることになるだろう。ダンジョン・シミュレーターは決して万能ではないのだ』
ダンジョン・シミュレーターは起こることの結果を事前にテストすることができる。負ける相手なら戦わなければいい。
「マスター・リッチに勝てないのなら、9階から下で経験値を貯めればいいだけ。危険を冒す理由なんて何もないし」
『そうだな。そうやってレベル100まで何年もかけるのも悪くない。主がよぼよぼの年齢になる頃には到達できるやもしれない』
「意地悪なことを言うね、タブさんは」
『主よ。運命を打破するのだ。ダンジョン・シミュレーターは単なる可能性の予測でしかない。それはこの次元で起こることの可能性なのだ。その裏側には不可能と言われる領域がある。不可能を可能にする領域だ。主《《たち》》はいつかそのことに向き合うことになるだろう』
10階へ到達する直前には扉があった。その取っ手に手をかけながら、もりもりさんは振り向いた。
「どうしますか、みなさん。マスター・リッチとの戦いはおそらく死闘となります。いままでのモンスターとは桁違いの強さです。全知全能に近い高度な知性を持った魔術師が相手です。しかもアンデッドとなることで不老不死の存在となりました。そんな相手と戦うのです」
もりもりさんには迷いがないようだった。私たちが進むことを拒んでも1人で行ってしまいそうだった。
「もりもりさんはなぜ戦うのですか?」
私は暗い声で問いかけた。もりもりさんには私の表情からも伝わっているはずだ。ダンジョン・シミュレーターの結果は芳しくなかった。
「決まっているじゃないですか」
もりもりさんは静かに微笑んでくる。
「幸せな結婚をするためですよ。ダンジョンをクリアし、世界からモンスターの脅威をなくさない限り、私たちの幸福はないんです。だから戦うんです。自分の幸せのためですね」
自分の幸せのためというのは建前だ。もりもりさんは命を賭けて私を助けに来てくれた。もりもりさんは純粋に世界を救おうと思っている。
私は振り向いて、湊ちゃんと春日井君に声をかけた。
「私は行く。湊と春日井君は9階に残ってもいいよ」
言葉の意味を2人は理解してくれたはずだ。それなのに2人は、私を背後から押し上げてきた。
「春菜。ここまで来て進まないという選択肢はない。ロサンゼルスダンジョンで覚醒レベルを上げてしまった時、あの時に私たちの運命は決まっているんだよ」
「南波の言うとおりだ。あの時の俺達は命を賭けていた。それは今も同じだし、今後も続く。それに、無謀に挑むわけでもない。タブさんの話で思ったんだけど、本当に不可能であれば止めてくる。切り開ける何かがあるはずだ」
春日井君はそう言うけれども、私は甘いと思った。ダンジョン・シミュレーターの結果を覆すのはそんなに簡単なことではない。
『春日井隼よ。残念ながらお主の考えには問題がある。我はAIだ。人間の命などに重きを置いていない。総合的に見た結果を重視し、合理的な判断をする。それがお主たちにとって残酷な結果になろうとも』
タブさんの言いたいことが理解できた。AIの言葉はただの判断でしかない。自分たちで覚悟を決めろというのだ。
すべて私たちが自分の意志で決めなければならない。そこには覚悟が必要だった。そしてその覚悟はこれまでの戦いを通して生まれ、少しずつ熟成されていた。
「ふふふ……」
私はつい、含み笑いをしてしまった。
「まっすぐ向かわなきゃいけないんだね。いちいち躊躇したり迷ったりするのではなく」
そうなんだ。私たちはいつの間にか変わっていた。それを成長と呼ぶのかはわからない。
ここでマスター・リッチを倒すことが運命を変えることになる。それはダンジョン・シミュレーターでは決して見えないことだ。倒さなければ先が見えない。
「不可能を覆さなきゃいけないんだね。もりもりさんに幸せな結婚をしてもらうために」
呟きのような私の言葉に、湊ちゃんと春日井君も賛同してくれる。
「私たちが圧倒的に強くなったあかつきには、もりもりさんにはぜひ結婚式に呼んでもらいたいですね」
「どんな人と結婚するんだろうな。相手の人を見る前に、俺も死ぬわけにいかねえな」
どこまで本気なのか、私たちは命を賭けた死闘に臨もうとしていた。もりもりさんが扉の取っ手に手をかけた。
「では、行きますよ。私、無事に帰ったら結婚しますので」
私と湊ちゃん、春日井君の3人はその取っ手に手を添えた。ゆっくりと扉が開いていく。




