第371話 総理と湊ちゃんの密談(後半)
「1つは単純に総理が春菜のことを特別だと思っているからです。ドラゴンを召喚したり、戦闘機を召喚したり、まさに破天荒です。このことはお耳にも入っていると思います」
「もちろん報告を受けています」
「2つ目の理由。これは完全に私の推測です。当たっていてほしくないと思う推測でもあります」
気のせいか、総理の表情が少し曇ったように思えた。
「聞かせてもらってもよろしいか?」
「この国の総理大臣であっても、ハンター事務局の局長より下の立場だからです。渋谷のゲートにはハンターと自衛隊が派遣されていました。大和総理は自衛隊に命令を下す権限はある。しかし、ハンターは違う。ハンターに対する権限をお持ちでないのです」
「ほう……」
総理は完全に真顔になって湊ちゃんの言葉に耳を傾けていた。
「ワールドランカーの方々にも直接指揮をすることができないのではないでしょうか? 一国の総理であっても」
「確かに命令を出す権限はありませんね。いまだに法律も整備されておりません」
「つまり、その法律を作れない。そして、今回ゲートが日本に集中することになりました。こんなことを日本の総理大臣が認めるわけがないのです。おそらく反対はされたのではないでしょうか? しかし、意見は通らなかった。あるいは、総理大臣の決定なんて歯牙にもかけられなかった」
「ははは、南波さんはなかなか手厳しい」
「総理の本当のお気持ちを聞かせてほしいです。春菜に何を望むのか。そして教えてもらえるのならば、ゲートが日本に集中することになった理由、そしてハンター事務局の目的も――」
「南波さんはとかく深く物事を考える性格のようだ。私も刺激を受けます。いやあ、勉強になりますね。これからの日本の防衛に関して……」
湊ちゃんは手を上げ、総理の言葉を遮りながら口調を強めた。
「今の政府にはダンジョンを統括するだけの権限がない。今はハンター事務局とダンジョン管理協会の2つの団体に頼るしかない。違いますでしょうか? 今の日本は、主体的に国民を守る手段を持っていないということです」
「手厳しいご意見だが、その通りかもしれないな。これはまいった。南波さんに見抜かれてしまっているようだ」
困ったような顔を作り、総理は自分の頭に手を置いた。
湊ちゃんはそれを見て、言葉に苛立ちを乗せた。
「総理、私のことを値踏みしておられますよね。本当のことを語っていい人物かどうか。私なんてただの中学生です。私がそれにふさわしいかどうかはわかりません。ですが、もし総理がお望みであれば、春菜を規格外のハンターに育てることができると私は思っています」
総理の目つきが急に変わった。
「なぜ、あなたにそれができると?」
「駆け引きなしに、お互いさらけ出しませんか? 春菜もどう? これはもう個人の問題ではなく、国家の防衛にも関わる話だと思うんだ」
湊ちゃんは私の方に顔を向けて問いかけてくるが、私はまったく話についていけていなかった。
「戦車のこと。総理に話してもいいかな?」
湊ちゃんは優しく言ってくる。私は戦車を召喚できるようになっていた。そのことについて、私の許可を得る必要があると思っている。
「うーん。まあ、いいんじゃないのかな? 戦闘機のことはもう知られているわけだし、遅かれ早かれ、いつかは知られるんだし」
でも、覚醒レベルのことまでは話していいのだろうか? 湊ちゃんにそれとなく目で合図を送ると、理解してくれた様子で頷いていた。
湊ちゃんは総理に向けて話し出す。
「総理が知り得ていることをこちらにも教えてほしいのです。それと春菜に望むことです。総理が思っている以上に、実現が可能かもしれません」
「残念ながら、話せることと話せないことがある」
大和総理の口調は重いものになっていた。
「それはこちらも同じです。今の政府はダンジョンに対する影響力が弱すぎる。総理は春菜にその強化を期待しているのではないでしょうか?」
これについて、大和総理は何も答えなかった。
ここで湊ちゃんはいきなりとんでもないことを言い出した。
「政府の機密費、そして防衛費の一部を回していただけませんか? だいたい5兆円ほど。どうでしょうか?」
なんてことを言い出すんだと、私は最後に取っておいたイチゴを皿から滑らせてしまうところだった。フォークの先に引っ掛けてなんとか持ち上げた。
「湊~。いくらなんでもそれは……」
「春菜のレベルを100にまで持っていきたいのです」
イチゴを食べようとしたが、皿の上にぼとりと落としてしまった。
前を見ると、「にっ」と笑った総理の顔があった。
「5兆円はさすがに無理だ」
初めて見る子どものようないたずらっぽい総理の顔だ。
大和総理は湊ちゃんに手を伸ばす。湊ちゃんもその手を取り、二人は固く握手を交わしていた。
「ディール成立ですね」
湊ちゃんはソファーに深く座り直し、フォークを手にしてケーキに向かった。
「やっとケーキを美味しく食べられる」
ほっと息をつきながら、イチゴにフォークを刺す。湊ちゃんは最初にイチゴを頬張っていた。私とは違って、イチゴを最初に食べる派だった。
私はまったく意味がわからない。ディール? 取引のこと?
5兆円を出してくれなんてとんでもないことを言ったが、当然のように断られた。それなのに、二人は握手を交わしていた。
「さて、総理。まず私としては春菜に巨大要塞を持たせたいと思っています」
「ははは。面白いな。いったいどこからそんな話に?」
「今の春菜は戦闘機だけでなく、戦車までも召喚することができます。対空砲や装甲車もです。これはつまり、戦艦や空母すら召喚できる可能性を秘めているということです」
「だから5兆円などと言い出したのか。春菜さんの手で兵器をつぶしまくるのか。いくら金があっても足りなそうだな。しかし、巨大要塞か……」
総理は腕組みをしながら考え込んでいる。私は湊ちゃんの袖を引っ張った。小さな声で囁きかける。
「ねえねえ、湊。巨大要塞なんて存在しないと思うよ」
「なかったら作ればいいんだよ」
私以上に小さな声で湊ちゃんは返してきた。そして同じ声の大きさで総理に向かって囁いた。非常にか細い声だった。
「ねえ、総理?」
この時の湊ちゃんの顔を私は一生忘れないだろう。国の運命を決める、いや、運命を変える選択を湊ちゃんは総理に迫ったのだ。




