第369話 首相官邸に向かう
「い~や~だ~~~」
ごねる湊ちゃんを引きずるようにして長瀞駅から電車に乗った。
電車の中はすいていた。座っている人も少なかったので、座席を広々と使えた。
学校は臨時休校になっていたし、ゲートが発生していることもあって外出を控える人もいる。
ゲートの発生は緊急ゲート速報が教えてくれるが、いつどこで発生するかまではわからない。どうしても不要な外出は控えてしまうのだろう。
私たちが向かっているのは千代田区にある首相官邸だ。千代田線の国会議事堂前駅を出たところで迎えが待っているらしい。
私は走る電車の窓から外の景色を眺める。
「それにしても、本当に人が少ないね。出歩いている人もまばらだよ。走っている車もほとんどないし。ねえ、湊。外を見なよ。閑散としているよ」
「私、帰るからね。関係ないし。いっしょに怒られたくないし」
「まだ怒られることは確定していないじゃない。湊は心配しすぎだよ」
「どうして春菜はそんなに余裕なの? さっきまで賠償させられるかもってびくびくしてたじゃない」
「私が心配してたのはお金だけ。謝るだけなら、ただ頭を下げちゃえばいいからね。しかも、湊がいっしょに行ってくれるから怒られるのも半分で済む」
「なんで私が半分背負うのよ。絶対やだよ」
「でもほら、総理大臣に怒られるってなかなかない機会だと思うよ。めったにできない経験だよ。将来、大人になって同窓会とかで思い出話として語れるよ。昔、渋谷の街を破壊して総理から怒られちゃったんだよ、なんて」
「だから、私は壊してないし。壊したのは春菜だし」
「まあまあ。私も、もし湊がいなかったら電話に出なかったと思うし、長瀞ダンジョンにずっと隠れてたと思うよ。そうなったら総理大臣も私を探さなきゃいけないわけだから、湊は総理大臣の時間を節約したんだよ。つまり、国益に大貢献したの。誇っていいと思うんだよね」
「どんな理屈だよ」
湊ちゃんにしては珍しく、口の悪い言葉が返ってきた。私は湊ちゃんの手を握る。
「私だって、本当は逃げちゃおうかなとか今でも思っている。乗り換えで反対方向の電車に乗って、そのまま逃避行してしまいたい」
「さすがにそれはだめだよ。そっか……。私は今回、そういう役目なんだな……」
「役目?」
私が聞き返すと、湊ちゃんは電車の中吊り広告を見ているようだった。
「ちゃんと春菜を首相官邸まで連れて行く役目。これから日本は大変なことになる。しばらくは混乱が続くと思うんだけど、少しでも早く政府は対策をしないといけない」
湊ちゃんの視線の先には週刊誌の見出しがあった。そこにあるのはやたら読者の不安を煽るような言葉だ。
「海外避難が急増! 止まらぬゲート危機の波紋」「政府が隠す〝真実〟――なぜゲートは日本に現れたのか?」「初動ミスは都市崩壊の引き金か!? ゲート危機管理の実態」
他には「終末世界」だの「日本終了」だの物騒な単語も目につく。
私はそれらを見ながら呟いた。
「どこにゲートが出現するかわからないから、怖いところはあるよね」
「春菜みたいな強いハンターがすぐに駆けつけられればいいのかもね」
湊ちゃんは私が握った手をぎゅっと握り返してきた。
「私なんて、まだまだ――」
複雑な笑みを浮かべながら、私は湊ちゃんへと顔を向ける。湊ちゃんはきりっとした顔で真剣に言葉を返してきた。
「だから、本当のことを言うと、今回の呼び出しは怒られに行くんじゃないと思っている」
「どういうこと?」
「だって、春菜のことを怒るだけなら、わざわざ首相官邸に呼び出さないよ。総理大臣だってそんなに暇じゃない。むしろ、今はものすごく忙しいはず」
「だよね。忙しいと思うよ、大和君」
「たぶん厄介事を頼んでくると思うんだよね。あーあ。巻き込まれるだろうな、私も」
湊ちゃんはスマホで何かを調べていた。私とは比べ物にならないほど、湊ちゃんは深く物事を考えている。
地下鉄に乗り換え、国会議事堂前駅に到着する直前だった。
湊ちゃんがぼそっと言った。
「ねえ、春菜。巨大要塞の件だけどさ、本気で考えてみようか?」
私は「え?」と思って湊ちゃんに何か言おうとしたが、電車の扉が開いて湊ちゃんが先に降りてしまった。そのまま話を切り出す雰囲気にならず、地下から地上に出た。巨大要塞の話どころか、会話のないまま、私たちは迎えに来ていた政府関係者と合流した。




