第368話 長瀞ダンジョンで湊ちゃんと
私は湊ちゃんを呼び出し、いっしょに長瀞ダンジョンの中に入っていた。召喚によって生み出すことのできる、私だけのダンジョンだ。
渋谷の街を壊したことによる賠償請求を恐れた私は、湊ちゃんを連れてここに逃げ込んできた。払えるお金なんてないから、ダンジョンの中に隠れてしまおうと思ったのだ。
足元にはゴツゴツした岩がどこまでも続いている。頭上に天井はなく、暗雲に覆われていた。
周囲には視界を遮る大岩がいくつも転がっており、黒いボロ布を纏ったやせ細ったモンスターがいる。「やせ細った亡霊」という名称のモンスターはすべて動きを止めている。私が命令を出すまでは蝋人形のようになって動かない。
目の前には召喚で呼び出した戦車が鎮座している。自衛隊の装備だった90式戦車だ。
もちろん改造済みで、ゲームのコントローラーで操作できるようになっていた。
湊ちゃんは戦車を見上げている。
「なるほどねえ、春菜。戦車まで召喚できるようになっちゃったんだ」
渋谷での騒動だが、水道管の破裂ということで処理された。そのニュースを知った私は、賠償請求される可能性が低くなったことで胸をなでおろした。
さきほどまで頭を抱えてびくびくしていた私だったが、今は意気揚々と戦車の試運転をしている。コントローラーのスティックを倒して戦車の駆動を確認する。豪快に砂煙を上げて勢いよく走っていった。
「この戦車、思ったより速く動くけどミリアのほうが強そうだなあ。戦闘機にも負けちゃいそうだし」
舞い上がる砂煙に、湊ちゃんは口元を押さえていた。顔の前の煙を払いながら私に答える。
「そりゃあ、戦車と戦闘機だったら、戦闘機でしょ。戦闘機のほうが強いよ」
限界速度で走る戦車はやせ細った亡霊を何体か踏み潰していく。大きく右へ旋回して私たちのもとへと戻って来る。
「しかし、戦闘機は対空砲に弱い」
「対空砲は戦車に弱い」
湊ちゃんはすかさず返してくる。
「なんだかじゃんけんみたいだね」
「ほかには何が召喚できるようになったの? 春菜?」
「ちょっと待ってね」
私は戦車の召喚を解除する。光の粒子となって消えたあとに装甲車両とドローンが出現した。
重々しい灰色の車体は無骨な造りだった。分厚いタイヤが地面を踏みしめている。
「うわあ、ごつい車だねえ」
装甲車両は歩兵などを輸送するための車らしい。ネットで調べたところ、地雷にも耐えるそうだ。
「ねえ、これもコントローラーで動くようにしたの?」
「ううん、これはしてない。車の運転の練習にいいかなって」
「ここで運転するの!? 春菜が!?」
「私じゃないよ。もりもりさんなら運転できそうじゃない? 免許持っていそうだし」
「こっちのドローンは?」
湊ちゃんが指差す先には大きめのドローンがある。4つのプロペラを備え、中央下部には撮影用のカメラが装着されている。
「これはタブレットで操作する。カメラの映像もタブレットで見ることができる」
「他には対空砲とその輸送車両だっけ」
「そうなんだけど、両方を召喚すると2枠を使っちゃうんだよね。盲点だった」
私が召喚できるのは全部で4枠だ。長瀞ダンジョンで1枠使い、ラビちゃんで1枠使っている。ここでの召喚には2枠しか使えない。
「ところで、ラビちゃんってどうしてるの? 春菜の家にいるの?」
「あいかわらず行方不明なんだよね。日本に帰ってきたあと、まだ会っていない」
「神出鬼没だからねえ。春菜が召喚したモンスターだけあって」
「そうだねえ。私が召喚したモンスターだけあるよ」
私はドローンを空に飛ばし、操縦の練習をする。カメラの映像には上空から見た私たちが映っている。タブレットに映るのは小さくなった私と湊ちゃん、そして無数にいるやせ細った亡霊たち。
「ところで、春菜はなにか相談があるって言ってたよね?」
湊ちゃんが尋ねてきた。
「ああ、そうそう。ゲートが出現した時に鉄板で要塞を作った話はしたよね? ああいった要塞を簡単に構築することはできないかと思って」
ゲートで起こった出来事は湊ちゃんにも話していた。
「要塞ねえ。工事現場の重機を壊しまくって、召喚できる機械を増やすとか?」
「ああ、なるほど。ショベルカーとか、ブルドーザーとか」
「あとは、アメリカ軍とかロシア軍の巨大戦艦を倒して、それを召喚できるようにしてしまう。さらに、改造を加えるとか?」
どこまで本気なのか、湊ちゃんはいたずらっぽくにやりと笑った。
「湊、それいい。巨大戦艦なら要塞っぽい」
「問題は高い確率で怒られるってことだよね」
湊ちゃんは肩をすくめて見せる。
「怒られるね、間違いなく」
「怒られるだろうね、さっきの戦車とかのことも」
まるで私が怒られることを期待するかのように、ちょっと意地悪そうな顔をした湊ちゃんが顔を寄せてきた。
「……」
私は少し無言になってしまったが、手を振ってそれを否定する。
「待って、待って。戦車を壊したことは怒られるかもしれない。だけど、召喚できるようになったことは湊しか知らないよ」
「じゃあ、大丈夫か」
湊ちゃんはわざととぼけたような口調で返してくる。
「大丈夫」
私は小さく控えめに頷く。
「そんなわけ、あるか」
湊ちゃんはすかさずツッコミを返してきた。
「やっぱり謝らないとまずいかな?」
「謝るだけはしておいたほうがいいと思うよ」
深刻な私の声に、湊ちゃんの返しは軽い。
「誰に謝るの? 自衛隊員?」
「自衛隊の偉い人じゃない?」
湊ちゃんは空を見上げて手を振っていて、ドローンが映し出す映像にも手を振る湊ちゃんが映っていた。
「偉い人って誰だろう?」
「自衛官の最高位は統合幕僚長だけど、命令を出すのは総理大臣だから、総理大臣に謝るんじゃないのかなあ?」
「じゃあ、やっぱり大和君か」
「大和君?」
上を見ていた湊ちゃんが急に私に顔を向けた。
「大和総理大臣だよ」
「どうして君呼び? 春菜、知っているの?」
「別に仲がいいわけじゃないけれど、そう呼んでいいって言ったから。湊だって会っているよ」
「え!? いつ!?」
さきほどまで気楽に答えていた湊ちゃんは驚いた声を上げた。
「緑のパスポートを渡された時。アメリカへ行くときだよ」
「ええ!? あのときのおじさんが!?」
目を丸くして本気で驚いた顔をしていた。
「おじさんって……」
私は湊ちゃんの驚き方が大げさだったので苦笑してしまう。
「あの時のあの人が総理大臣!? え、まったく顔とか気にしてなかったし。え? どっかで見た顔かなとは思っていたけど。まさか総理大臣だなんて思うわけないよね!? 本人!? 本人だったの!?」
早口でまくしたてる湊ちゃんに、私は仕返しとばかりに意地悪っぽく言った。
「残念、本人でした」
「なんなのー。もうー」
湊ちゃんはほっぺを膨らませて怒っている。ぷっくり顔の湊ちゃんも可愛いものだ。
ところが湊ちゃんの顔を愛でている余裕もなく、私のスマホに着信が入った。
「あ、ごめん。電話だ」
スマホを耳に当てる。
「もしもし」
噂をすればなんとやら、当の本人からの電話だった。
「はい、わかりました。すぐにお伺いします。はい……」
苦笑いを浮かべながら、私は電話を切った。
「どうしたの、春菜? 誰からだったの?」
「いや、大したことじゃないんだけど……」
私はもごもごと口ごもりながら返した。
「ねえ、湊。これからちょっと暇があったりする?」
「え、まあ暇といえば暇だけれど」
「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってもらってもいいかな? すぐ終わると思うんで。今から大人の男の人と会うんだけど、女子中学生が1人だと怖いでしょ? だから」
「もちろん、そういうことならいいよ。でも、大人の男の人とか言うからドキッとしちゃったよ」
湊ちゃんは自分の胸に手を当てている。
「ありがとう。湊が来てくれると心強い」
「気になるから、なんの用事なのか聞いてもいいかな?」
「ああ、もちろん。でも、別に大した用事じゃないよ」
「そうなんだ」
「大したことじゃない。たぶん怒られに行くだけ」
「怒られに?」
少しだけ湊ちゃんの顔が曇った。
「電話の相手って誰だったの?」
「さっき話してた大和君」
しばし、私たちは目を合わせて無言になる。微妙な空気が2人のあいだに流れた。先に口を開いたのは湊ちゃんだった。
「え、やっぱりやめていい?」
私は召喚を解除し、湊ちゃんといっしょに長瀞ダンジョンの外に出た。湊ちゃんの肘に腕を回し、がっちりと掴んでいる。逃がすわけにはいかない。




