第356話 vsリザードマン
「お姉様、リザードマンが2匹、近づいてきているのです。大丈夫なのですか?」
「わかってるよ!」
私は背中に担いでいたミスリルの大剣を引き抜き、勢いよく振り回した。
沼に生えていた草陰から飛び出してきたリザードマンを一刀両断にする。リザードマンはトカゲを人型にした半獣のモンスターだ。
リザードマンが持っていた幅広のブロードソードごと切り裂いた。
「こんなの敵じゃない」
「もう1匹いるのです」
「わかってる」
私は魔法を唱えた。メタル属性のその魔法は金属製の柱を生み出す。
――神殿の柱
高さは水面ぎりぎり。私たちを中心として8本の杭が沼地に打ち込まれた。剛力ハンターと鈴原ハンターを回り込むように配置されている。
水面から少し顔を出す柱を足場にして、背後にいたリザードマンへと走る。
本当は足蹴にしていいような柱じゃなかった。神々が住まう厳かな神殿の柱。悪しき者に鉄槌を下すための攻撃手段だが、今のレベルだと攻撃力は低い。なので、足場として使わせてもらう。
「肩車少女はメタル属性か!!」
剛力ハンターが驚きの声を上げる。メタル属性はハンターの中でも私だけが持つ属性だった。
そしてこれはリザードマンを倒すことが目的ではない。肩の上にいる自堕落娘を振り落とすことが目的だ。
金属の柱の上を走り、ステップを4歩。
沼から突然顔を出したリザードマン。
私はすでにミスリルの大剣を背中に収納済みだった。最後の柱を蹴った勢いで飛び上がり、リザードマンの胸元にキック。
そのままの勢いを利用して、後方に大きく宙返り。ミリアと一緒にぐるりと回って柱の上に着地。
のけぞったリザードマンの体に向かって、とどめとなる魔法を撃ち出す。
「――ミスリル・スピアー!!」
前方に手をかざすと、私の手からミスリル製の槍が5本生成された。
出現した黄金色の槍がリザードマンへと飛んでいく。槍はすべてリザードマンに命中し、串刺しにした。リザードマンに5つの風穴が空いた。
「すごいです! 肩車少女さん!」
鈴原さんが歓喜の声を上げる。
「俺達なら集団でも苦戦するリザードマンをこれほどあっさりと倒すとは! やるな、肩車少女よ!」
剛力ハンターも目を丸くして驚いていた。
私はミスリル・スピアーを撃ち出した手を前に、もう一方の左手を水平に掲げている。柱の上で膝を曲げ、姿勢を低くしてポーズを決めていた。
体軸はまっすぐにせず、あえて右に傾けた。
失敗だ。
私の作戦は失敗に終わった。
肩にいる自堕落娘は平然と言い放った。
「お姉様。オーバーキルなのです。オーバーキルとは、無駄に多様な攻撃を行うこと。最初の蹴りもいりませんし、宙返りもただのパフォーマンス。ミスリル・スピアーに関しては1本でじゅうぶんだったのです」
――お前を振り落とすためだよ!!
とは、私の心の声。
「肩車少女よ。これは作戦なのだな。あえて過剰な攻撃をして、相手の警戒心を煽る。知力のあるモンスターと戦い慣れているのであろう」
剛力ハンターは感心するように深く頷いていた。
実力差を見せつけることで、他のリザードマンを寄せつけないためだと思ったようだ。
そうではない。ただ、ミリアを振り落としたかっただけだ。
私は今、水面ぎりぎりの高さの柱の上でポーズを決めていて、体は右に大きく傾けている。
ミリアが肩から降りようとしないのなら、この体勢からなんとかミリアだけを泥に沈める方法はないものかと考えていた。
柱を右手で掴みながら、さらに右へ右へと体を傾ける。
角度が45度を過ぎても、ミリアに変化はない。このまま逆さまに泥へ突っ込んでもいいのだが、ミリアの身体能力を考えると簡単に離脱してしまうだろう。私だけが泥に頭を突っ込むという無様な結果が待っている。
45度からさらに、じわりじわりと傾けていく。
「お姉様、お姉様。傾いているのです。沼地が近づいているのです。泥に落ちてタブレットが汚れたら大変なのです。画面が汚れたら動画が見えなくなるのです」
そのとき、私にひらめきが降りた。
なるほど、その手があったか。
ミリアを振り落とそうと考えていたが、動画を見られなくしてしまえばいいのだ。
左手を上に上げ、魔法を唱えた。
「金属の板!」
私が魔法で創り出したのは、ただの金属の板だ。Wi-Fiを妨害するためだった。
ミリアをまるごと金属の箱に入れてしまってもいいのだが、それで肩から降りてくれるほど甘くはないだろう。
Wi-Fiの入りが悪くなったミリアは、狙い通りにタブレットを持つ腕をめいっぱい伸ばした。
「電波の入りが急に悪くなったのです……。ミリアは電波がほしいのです。電波、電波……。電波はどこなのです……」
ミリアはWi-Fiが入りやすくなるようにタブレットの位置を探っていた。
私は狙いすましてタイミングよく体を捻り、タブレットだけが泥に沈むようにした。
――とぷん
小さな水音がして、体を元に戻すと、狙い通りにタブレットだけを泥に沈めることができたようだ。
「お姉……様……。お……姉……様……」
ミリアが絞り出すのは蚊の鳴くような細い声。
私は柱の上にまっすぐ立ち直し、腰に手を当てて胸を張った。
「剛力ハンター、鈴原ハンター。先へ進みましょう」
ミリアが持っていたタブレットから、泥がぽたぽたと垂れてくる。
泥はヘルメットに落ち、私の顔へと流れてくる。何筋かの泥水が垂れてくるのが感じられた。
「肩車少女よ。顔に泥の筋ができておるが……」
顔はあとで洗えばいい。ミリアを降ろすことのほうが先決だ。
「私の顔はお気になさらず。先を急ぎましょう」
私の肩の上で、ミリアはわなわなと震えている。そして予想通りのセリフが飛び出した。
「ミリアのタブレットが見られなくなってしまったのです。お姉様のタブレットを貸してください、なのです……」
私はその言葉を聞いて、天使の微笑みを作る。ここ最近ではもっとも完璧な、もっとも自信のある、最高に慈愛に満ちた表情だ。
――世界最高峰のエンジェル・スマイル。
ミリアから見えないのが残念だ。
「もちろんいいよ。ほら、私のタブレット」
私が差し出すタブレットは腰の位置だ。当然ながらミリアは肩から降りないと受け取ることができない。
かくして、私の作戦勝ちだった。
ミリアは肩から降りて私のタブレットを受け取った。受け取るとすぐに動画を見はじめた。
私は代わりにミリアのタブレットを受け取る。これは後で洗い流せばいい。
「ミリア、スパチャはできないからね。自分のタブレットじゃないんだから」
「はい、なのです。ミリアは動画が見られたらそれでいいのです」
沼地に入ってしまったのでミリアのワンピースは泥で汚れてしまった。これもゲートから出たら洗ってあげよう。
私は剛力ハンターと鈴原ハンターに向けてお辞儀をする。
「肩車少女ではなくなってしまいましたので、改めて自己紹介します。筑紫春菜です。いちおうランク7に該当しますので、お役に立てると思います」
剛力ハンターは私とミリアを交互に見て、少し戸惑っていた。
「春菜殿とお呼びしてよろしいか?」
「はい。構いません」
鈴原ハンターも戸惑っている様子だった。
「私は……。それでは春菜さんとお呼びすればいいでしょうか?」
「はい、もちろんそれで構いません」
私の顔を流れていた泥は、何本かの筋になって乾き始めていた。
2人ともまじまじと私の顔を見ていたから、戸惑いは私の顔に原因があったのかもしれない。




