第355話 沼地
ゲートの中に入ると、いきなり足元が水にはまった。
どうやら屋外タイプのようで、空は薄曇りだ。灰色の雲が頭上を覆っている。
あたり一面が沼地になっているが、水は膝下までなのでそれほど深くはない。
ざぶざぶと水音を立てながら前に進む。
「お姉様。偶然ではありますが、肩車したことが見事に吉と出ましたです」
「ミリアにとってはね……。下は大変なんだよ……」
「今おみくじを引いたならば、きっと大吉なのです」
「私は凶だよ……」
遅れて剛力ハンターと鈴原ハンターが入ってきた。
剛力ハンターは全身が鎧姿だが、鈴原ハンターはローブを着ていてブーツは革製だった。
剛力ハンターは沼地に足を取られないように、慎重にこちらへ歩いてくる。
「これは……。沼地か……」
鈴原ハンターはローブが濡れないように裾を持ち上げていた。この水位ではブーツの中に水が入るのだろう。不快そうな顔をしている。
「沼の中には高い草があって視界が遮られています。モンスターに襲われないように注意していきましょう」
私たちの目的はポーションを届けること。
桜川さんの恋人である柳井ハンターは重傷だった。急いでポーションを届けなければならない。タイムリミットは5分といったところだ。
「急ぎましょう。幸い、たいして強いモンスターもいないようです。先発隊と合流しなければなりません」
ダンジョン・タブレットにはモンスターの位置がドットで表示されている。このゲートはおそらくダンジョンの地下90階か、せいぜい100階くらいが転送されている。
私のマッピングアプリに表示されているドットはすべて青色だった。
「慎重に行くのだ、肩車少女。ここのモンスターはみな強敵だ。マッピングアプリをちゃんと見たのか? 俺のデバイスだと真っ赤だ」
私たちはパーティ登録をしていない。モンスターの強さはお互いのデバイスごとに異なる色で表示されることになる。
「私なら対処できます。私から離れないでください。お二人のことは私とミリアで守りますから」
私はミリアの足をがっちりと持っている。両手が塞がっているが、戦闘が始まったらミリアに構ってはいられない。ミリアを振り落としてでも、モンスターを倒すことを優先する。
……というか、落ちてほしい。この状態だと戦いにくくて仕方ない。
「肩車少女よ。どう見ても我々より強そうには見えないし、その状態で戦えるようにも見えないのだが」
「ミリアはなんとかしようと思います。ですが、この沼も厄介ですね……」
私は鈴原ハンターに尋ねる。
「鈴原ハンターは回復師とのことですが、もしかして水属性の魔法を使えるのではないですか?」
「ええ、私の魔法は水属性です」
以前に泥の海で戦ったことがある。あの時は大変だった。泥に足を取られながら、マッドスライムとマッドエイプと戦った。
「水の抵抗を減少させることはできますか? 前に土魔法の使い手が泥の中を歩く時に使ってくれました」
「いや、無理ですよ」
「固めて上を歩くことは?」
鈴原ハンターは強く首を振った。
「無理無理、無理ですって。土魔法でそれをやったのですか?」
「はい。もりもりさんという知り合いが魔法を使いました」
「そういった魔法があったように記憶していますが、使えるのは一握りのハンターだと思います。広範囲に影響を与えることのできる大規模魔法ですよ、それ」
「ああ、そうなのですか」
「魔法は局所的であるほど消費MPが少なくて済みます。範囲が広がると必要なMPが多くなります。もし、その話が本当であれば、もりもりさんという方はとんでもない強さですね。少なくともレベル80台の後半だと思います」
「確かに、もりもりさんは規格外なところがあったからなあ……」
「ところで、上に乗られている方はミリアさんとお呼びしていましたか? ミリアさんは何をしておられるのですか?」
鈴原ハンターに聞かれたので、私がミリアを見ようとして頭を上げると、ミリアが急に怒りだした。
「お姉様、急に頭を上げないでください! 頭を動かさないでください!」
ミリアが上から押し返してくる。
「何をしていたの? ミリア?」
「タブレットで動画を見ているのです」
「何の動画?」
「ミリアが推している配信者のまとめ動画なのです。ドッキリ企画が面白いのです」
私はがくっと頭をうなだれる。
「ミリア、これから戦闘することになるんだけど?」
「戦闘はお姉様に任せるのです。ミリアは、お姉様の頭の上で動画を見てるのです。がんばってください、なのです」
「私の頭の上で動画を見るなああ!」
私が頭を振ると「揺れて画面が見えないのですぅぅ」とミリアがしがみついてきた。
「お姉様、いじわるはやめるのです……」
「ったく。緊張感がないんだから」
「ゲートの中はWi-Fiが届くのです。これでおやつがあったら最高なのです」
「私の頭の上で自堕落な生活をするなぁ! くつろぐなあぁ!」
もう、振り落としていいよね?
このままだと私の肩の上に住み着くよ、この子。




